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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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8

その言葉が、静かに落ちたあと。


 雨音だけが、少しだけ大きく聞こえた気がした。


 胸の奥で、何かがほどける。


 同時に、きつく締め付けられる。


(……やっぱり)


 思う。


 消えても。


 全部なくなっても。


 こうして、また――出会ってしまう。


 視線を上げると、神代がこちらを見ている。


 答えを待つみたいに。


 でも、深くは踏み込まない距離で。


 それが、少しだけ懐かしい。


(言えば、楽になるのかな)


 全部。


 あの時間も。


 繰り返した日々も。


 何度も名前を呼んだことも。


 全部、伝えてしまえば。


 きっと――


 一瞬だけ、迷いがよぎる。


 けれど。


 すぐに、小さく息を吐いた。


(……だめだ)


 それは、選ばなかった方だ。


 あの時、自分で決めた。


 残さないって。


 知らないままでいいって。


 それがきっと、一番優しい形だって。


 だから。


 少しだけ、笑う。


 昔と同じように。


 でも、ほんの少しだけ違う意味を込めて。


「……うん、私も」


 静かに、そう返す。


 短い言葉。


 それだけなのに。


 胸の奥にしまっていた全部が、少しだけ震えた。


 本当は。


 “私も”なんて、軽いものじゃない。


 初めてなんかじゃ、ない。


 何度も会って。


 何度も笑って。


 何度も――失った。


 それでも。


 もう、それを伝えることはしない。


 この人は、知らなくていい。


 知らないまま、また笑えばいい。


(それでいい)


 そう思うのに。


 ほんの少しだけ。


(……やっぱり、寂しいな)


 心の奥で、小さくこぼれる。


 けれどその感情も、表には出さない。


 ただ、静かに。


 今、この瞬間だけを選ぶ。


 雨は、まだ止まない。


 でも。


 その音はもう、さっきよりも優しく聞こえた。

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