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――離れればいい。
そう思ったはずだった。
用もないのに声をかけて、会話までして。
これ以上はさすがに不自然だ。
適当に切り上げて、「じゃあ」とでも言えばいい。
それで終わるはずなのに。
「……あの」
気づけば、また口を開いていた。
自分でも、何をしているのか分からない。
彼女が、少しだけ首を傾げる。
「はい?」
その一言だけで、なぜか安心してしまう。
――なんでだよ。
神代は小さく息を吐いて、言葉を探す。
「いや、その……」
続かない。
話す理由なんて、本当に何もない。
なのに。
このまま終わらせるのが、どうしても嫌だった。
胸の奥に、引っかかるものがある。
言葉にできない違和感。
でも確かに、そこにある感覚。
(なんで……)
視線が、彼女から離れない。
離そうとしても、気づけばまた戻っている。
(なんでこんなに気になる?)
初めて会ったはずだ。
名前も知らない。
それなのに――
知らないはずが、ないような気がしてしまう。
神代は、少しだけ苦笑した。
「変なこと言うかもしれないけどさ」
前置きして、それでも止められなかった。
「……初めて会った気が、しないんだよな」
言ってから、心臓が少しだけ強く打つ。
馬鹿みたいな台詞だ。
でも、それしか言えなかった。
彼女は、一瞬だけ黙った。
ほんのわずかに、呼吸が止まる。
そして。
「……そう、ですか」
静かに返す。
それだけなのに。
どこかで――“やっぱり”と思ってしまう自分がいた。
否定されなかったことに、理由もなく安堵している。
おかしい。
本当に、おかしい。
でも。
足は、動かない。
帰ろうと思えば帰れるのに。
会話を終わらせようと思えば終わらせられるのに。
それでも、離れられない。
雨の中で、ただ立ち尽くす。
時間だけが、ゆっくりと流れていく。
沈黙が落ちても、不思議と気まずくない。
むしろ――
このままでもいいと、思ってしまう。
神代は、少しだけ視線を落としてから、また彼女を見る。
「……もうちょっと、話してもいい?」
理由なんて、やっぱりない。
それでも。
終わらせたくなかった。
この繋がりを、今ここで切ってしまうのが――
どうしても、嫌だった。




