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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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2

講義が終わると、神代はそのまま人の流れに乗って外へ出た。


 春にしては少し冷たい風が吹いていて、思わず肩に力が入る。キャンパスの中庭には、ところどころにベンチが置かれていて、何人かがそこで談笑していた。


 特に理由もなく、足がそっちへ向かう。


 ――静かだから、だろうか。


 自分でも曖昧な理由をつけながら、空いているベンチに腰を下ろす。


 不思議と、落ち着いた。


 騒がしくもなく、かといって完全な無音でもない。遠くで誰かが笑っていて、風が木の葉を揺らす音がして――その全部が、ちょうどいい距離にある。


「……なんだろな」


 ぽつりと呟く。


 こういう場所は、別に珍しくもない。

 似たような中庭なんて、どこの大学にもあるはずだ。


 なのに。


 ここに座っていると、妙に安心する。


 まるで、ずっと前から知っている場所みたいに。


 肘を膝に乗せて、ぼんやりと地面を見る。


 視界の端に、二人分の影があった気がして――


 顔を上げる。


 当然、そこには誰もいない。


「……はは、またかよ」


 小さく笑って、額を指で押さえる。


 最近、こういうことが増えた。


 何でもない瞬間に、ふっと“何か”が引っかかる。


 理由もなく、胸の奥がざわつく。


 その正体は、まるで掴めないのに。


 しばらくして立ち上がり、そのまま帰路につく。


 夕方の空は、ゆっくりと色を変え始めていた。


 オレンジ色が街を包み込んで、建物の影を長く引き伸ばしていく。


 ――その光景を見た瞬間だった。


 胸の奥が、きゅっと締め付けられる。


「……っ」


 思わず、足が止まる。


 見慣れたはずの夕焼け。

 特別なことなんて、何もない景色。


 それなのに。


 どうしてか、目を逸らせなくなる。


 ――隣に、誰かがいた気がした。


 言葉を交わしていた気がした。


 でも。


 その“誰か”が、どうしても思い出せない。


「……なんだよ、それ」


 苦笑しながら、無理やり視線を外す。


 胸に残る感覚だけが、妙に生々しい。


 懐かしいような。

 切ないような。


 それでいて、どこか温かい。


 全部が混ざったような、説明のつかない感情。


「……なんだろな、この感じ」


 ぽつりと漏れる。


 答えは出ない。


 出るはずもない。


 ただ、その感情だけが、確かにそこにある。


 やがて日が沈み、街に夜の気配が降りてくる。


 帰り道、すれ違う人の声がふと耳に入った。


「じゃあ、また明日」


 何気ない、ただの別れの言葉。


 どこにでもある会話。


 ――なのに。


 その一言が、胸の奥に強く引っかかった。


「……また、明日……」


 無意識に、同じ言葉を繰り返す。


 その響きが、やけに重く感じられた。


 嬉しいはずの言葉のはずなのに。


 どうしてか、少しだけ怖い。


 何かを終わらせてしまうような――そんな感覚すらある。


「……変なの」


 小さく首を振って、歩き出す。


 理由なんて分からない。


 分からないままでも、日常は続いていく。


 それでも。


 夕焼けと、中庭と、「また明日」。


 その三つだけが、なぜか心に残り続けていた。


 まるで――


 忘れてはいけない何かの、欠片みたいに。

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