10
翌朝。
教室のドアが開く音と、ざわついた朝の空気。
いつもと同じ時間。
いつもと同じ光景。
――ただ一つだけ、違うことがある。
「ねえ、この席って誰のだっけ?」
誰かが、窓際の一角を指さす。
そこには、机と椅子が一組。
けれど。
「え? 最初から空いてたくない?」
別の誰かが、首をかしげる。
「そうだっけ」
「うん、転校生来るって話も聞いてないし」
あっさりと、会話は終わる。
誰も深く考えない。
その席は、“最初からそこにあった空席”として処理される。
出席簿が回る。
名前が順番に呼ばれていく。
一人分、間が空くことはない。
綺麗に整った名簿。
抜けも、違和感もない。
教師も、生徒も、誰一人として疑問を持たない。
配られるプリント。
机の上に置かれていく紙。
その枚数は、きっちり人数分。
――余りは、出ない。
昼休み。
中庭のベンチ。
誰かがそこに座る。
「ここ、空いてる?」
「いいよ」
何の躊躇もなく、使われる場所。
そこに“いつも座っていた誰か”の気配は、どこにも残っていない。
放課後。
教室に残る数人。
机の上には、教科書とノート。
けれど。
あるはずだった“もう一つ分”は、どこにもない。
ロッカーの中も。
靴箱の中も。
廊下の掲示物も。
――何一つ、痕跡が残っていない。
神代は、いつもの席に座っていた。
窓の外をぼんやり眺めながら、頬杖をつく。
「……」
ふと。
視線が、隣の席に向く。
そこは、空いている。
最初から、ずっと。
そういうことになっている。
「……なんだろ」
小さく呟く。
理由は分からない。
ただ、その空席が。
妙に、気になる。
何もないはずなのに。
誰もいなかったはずなのに。
――ほんの少しだけ。
そこに“何かがあった気がする”なんて、思ってしまう。
「……まあ、いいか」
すぐに、視線を外す。
深く考えるほどのことじゃない。
そう、自分で納得する。
世界は、何事もなかったみたいに続いていく。
最初から――
誰もいなかったかのように。
その中で。
ただ一つだけ。
誰にも気づかれないまま。
空席だけが、静かにそこに残っていた。




