6
夕焼けは、さっきよりも深くなっていた。
オレンジは薄れ、空の端から夜の色が滲み始めている。
帰り道。
いつもと同じ道を、いつもと同じように並んで歩く。
だけど――
どこか、少しだけ違う。
「今日さ、結局数学当てられてたよな」
神代が軽く笑いながら言う。
「ちゃんと答えてたじゃん」
「半分勘だけどな」
「最低」
「正解したからセーフ」
「そういう問題じゃないでしょ」
軽いやり取り。
いつも通りのテンポ。
何も変わらない会話。
でも、それは長く続かない。
言葉は、少しずつ減っていく。
無理に続けようとは、しない。
沈黙が、間に落ちる。
――それでも。
嫌じゃなかった。
むしろ、その静けさのほうが自然で。
隣にいること自体が、会話みたいに感じられる。
靴音だけが、一定のリズムで続く。
風が、少しだけ冷たい。
制服の袖が、かすかに揺れる。
(……あと、どれくらいだろう)
考えてしまう。
この時間が、どこまで続くのか。
いつ終わるのか。
分かっているはずなのに。
それでも、どこかで――
もう少しだけ、と願ってしまう。
「……なあ」
神代が、ぽつりと呟く。
「ん?」
顔を向けると、神代は前を見たまま、少しだけ首を傾げた。
「さっき、なんの話してたっけ」
一瞬。
胸が、きゅっと締まる。
(……もう)
来ている。
ゆっくりじゃない。
確実に、近づいている。
「数学の話」
できるだけ普通に答える。
「あー、それか」
神代はすぐに納得したように頷く。
でも、その表情はどこか曖昧で。
完全には思い出していないのが、分かる。
(……早い)
昨日よりも。
今日の朝よりも。
明らかに。
でも――
「ちゃんと聞いてなかった証拠だよ」
わざと軽く言う。
「ひどくない?」
「事実」
「反論できないのが悔しい」
小さく笑い合う。
その一瞬だけ、いつも通りに戻る。
何も壊れていないみたいに。
(……これでいい)
言わない。
何も。
本当のことも。
終わりが近いことも。
全部、胸の中にしまったまま。
沈黙が、また落ちる。
でも今度は、それを埋めようとはしない。
言葉にしない時間が、増えていく。
それがむしろ、自然で。
必要なもののように思えた。
空は、もうほとんど夜の色だった。
街灯が、一つずつ灯り始める。
二人の影が、少しずつ長く伸びていく。
(……終わる)
その実感だけが、静かに胸に落ちてくる。
でも。
足は止めない。
隣も、離れない。
何も言わないまま。
ただ、同じ速度で歩き続ける。
――それだけで、よかった。




