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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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3

昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室の空気がふっと緩む。


椅子を引く音、弁当箱のふたを開ける音、誰かの笑い声。

どこにでもある、ありふれた昼の景色。


「今日、購買行く?」


隣から声が落ちてくる。


顔を向けると、神代がパンフレットみたいな紙をひらひらさせていた。


「新作出たらしい」


「昨日も言ってなかった?」


「昨日は売り切れてた」


「じゃあ今日も無理じゃん」


「可能性はゼロじゃない」


「楽観的すぎるでしょ」


そう言いながら立ち上がると、神代も当然みたいについてくる。


廊下は少しだけ騒がしくて、すれ違う生徒たちの声が混ざり合っている。

その中を並んで歩く距離が、妙にしっくりくる。


購買はやっぱり混んでいて、結局目当てのパンはなかった。


「ほらね」


「いや、これは想定内だから」


「言い訳」


「戦略的撤退」


どうでもいい言葉の応酬に、小さく笑いがこぼれる。


結局、適当に選んだパンと飲み物を持って、教室に戻る。


席に座って、机をくっつける。

それももう、言葉にしなくても自然にそうなる。


「それうまそう」


「そっちの方がうまそうだけど」


「交換する?」


「しない」


「即答かよ」


神代が少しだけ不満そうに顔をしかめる。


その表情が、妙におかしくて、また笑ってしまう。


パンをかじる音。

ストローでジュースを吸う音。

周りのざわめき。


全部が混ざって、穏やかな時間が流れていく。


「てかさ」


神代が、ふと思い出したみたいに口を開く。


「この前のやつ、どうなったんだっけ」


「どれ」


「ほら、なんか……」


少しだけ考えて、神代は首を傾げる。


「……あれ、なんだっけ」


「知らないよ、それじゃ分かんない」


「だよな」


すぐに諦めたように笑う。


その軽さが、いつも通りで。


(……やっぱり)


胸の奥が、ほんの少しだけ沈む。


忘れてる。


でも、それを気にしていない顔をしている。


それでも、こうして一緒にいる。


(……いいか)


パンをもう一口かじる。


味がちゃんとする。

甘さも、少しの油っぽさも、ちゃんと分かる。


(覚えておこう)


ふと思う。


この味も、この音も、この空気も。


神代が今、どんな顔で笑ってるかも。

どんな声で、どんな調子で話してるかも。


全部。


一つ残らず、頭の中に刻み込むみたいに。


「なにぼーっとしてんの」


「してない」


「してたって」


「してないって言ってるでしょ」


軽く肩を小突くと、神代が「痛っ」とわざとらしく言う。


そのやり取りすら、愛おしいと思ってしまう。


(でも)


分かっている。


これをどれだけ覚えても、

どれだけ大事にしても、


――どうせ、消える。


神代の中からも、

世界の中からも。


(それでも)


視線を少しだけ上げる。


目の前で、神代がまた何か話している。

どうでもいい内容で、でもちゃんと楽しそうに。


(今だけは)


今、この瞬間だけは、確かにここにある。


消える未来を知っていても、

この時間が嘘になるわけじゃない。


「聞いてる?」


「聞いてるって」


「絶対聞いてないだろ」


「聞いてるってば」


適当に相槌を打ちながら、また一口パンをかじる。


その間にも、時間は静かに進んでいく。


何も起きない。

何も壊れない。


ただ、穏やかに過ぎていく。


(……このままでいいのに)


心の中で、言葉が零れる。


願っても意味がないことを、分かっていながら。


それでも、思ってしまう。


この昼休みが、

このどうでもいい会話が、


ずっと続けばいいのに、と。

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