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昼休みのチャイムが鳴ると同時に、教室の空気がふっと緩む。
椅子を引く音、弁当箱のふたを開ける音、誰かの笑い声。
どこにでもある、ありふれた昼の景色。
「今日、購買行く?」
隣から声が落ちてくる。
顔を向けると、神代がパンフレットみたいな紙をひらひらさせていた。
「新作出たらしい」
「昨日も言ってなかった?」
「昨日は売り切れてた」
「じゃあ今日も無理じゃん」
「可能性はゼロじゃない」
「楽観的すぎるでしょ」
そう言いながら立ち上がると、神代も当然みたいについてくる。
廊下は少しだけ騒がしくて、すれ違う生徒たちの声が混ざり合っている。
その中を並んで歩く距離が、妙にしっくりくる。
購買はやっぱり混んでいて、結局目当てのパンはなかった。
「ほらね」
「いや、これは想定内だから」
「言い訳」
「戦略的撤退」
どうでもいい言葉の応酬に、小さく笑いがこぼれる。
結局、適当に選んだパンと飲み物を持って、教室に戻る。
席に座って、机をくっつける。
それももう、言葉にしなくても自然にそうなる。
「それうまそう」
「そっちの方がうまそうだけど」
「交換する?」
「しない」
「即答かよ」
神代が少しだけ不満そうに顔をしかめる。
その表情が、妙におかしくて、また笑ってしまう。
パンをかじる音。
ストローでジュースを吸う音。
周りのざわめき。
全部が混ざって、穏やかな時間が流れていく。
「てかさ」
神代が、ふと思い出したみたいに口を開く。
「この前のやつ、どうなったんだっけ」
「どれ」
「ほら、なんか……」
少しだけ考えて、神代は首を傾げる。
「……あれ、なんだっけ」
「知らないよ、それじゃ分かんない」
「だよな」
すぐに諦めたように笑う。
その軽さが、いつも通りで。
(……やっぱり)
胸の奥が、ほんの少しだけ沈む。
忘れてる。
でも、それを気にしていない顔をしている。
それでも、こうして一緒にいる。
(……いいか)
パンをもう一口かじる。
味がちゃんとする。
甘さも、少しの油っぽさも、ちゃんと分かる。
(覚えておこう)
ふと思う。
この味も、この音も、この空気も。
神代が今、どんな顔で笑ってるかも。
どんな声で、どんな調子で話してるかも。
全部。
一つ残らず、頭の中に刻み込むみたいに。
「なにぼーっとしてんの」
「してない」
「してたって」
「してないって言ってるでしょ」
軽く肩を小突くと、神代が「痛っ」とわざとらしく言う。
そのやり取りすら、愛おしいと思ってしまう。
(でも)
分かっている。
これをどれだけ覚えても、
どれだけ大事にしても、
――どうせ、消える。
神代の中からも、
世界の中からも。
(それでも)
視線を少しだけ上げる。
目の前で、神代がまた何か話している。
どうでもいい内容で、でもちゃんと楽しそうに。
(今だけは)
今、この瞬間だけは、確かにここにある。
消える未来を知っていても、
この時間が嘘になるわけじゃない。
「聞いてる?」
「聞いてるって」
「絶対聞いてないだろ」
「聞いてるってば」
適当に相槌を打ちながら、また一口パンをかじる。
その間にも、時間は静かに進んでいく。
何も起きない。
何も壊れない。
ただ、穏やかに過ぎていく。
(……このままでいいのに)
心の中で、言葉が零れる。
願っても意味がないことを、分かっていながら。
それでも、思ってしまう。
この昼休みが、
このどうでもいい会話が、
ずっと続けばいいのに、と。




