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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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2

教室の扉を開けた瞬間、空気が少しだけ変わる。


ざわめきの中に混ざる、聞き慣れた声。


「お、やっと来た」


顔を上げると、そこに神代がいた。

いつも通りの席に座って、いつも通りの顔で、こっちを見ている。


まるで、何も変わっていないみたいに。


「遅いって。今日、当番だろ」


「遅れてないし。まだチャイム鳴ってない」


「いや、体感的に遅い」


「知らないよ、その体感」


自然に返すと、神代は軽く笑った。


そのやり取りが、あまりにもいつも通りで――

一瞬だけ、本当に何もかも元に戻ったんじゃないかと思いそうになる。


鞄を置いて、椅子を引く。

隣に座ると、神代がちらっとこっちを見る。


「……眠そうだな」


「普通」


「いや、絶対寝てただろ昨日」


「寝てない」


「嘘つけ。前もそう言ってテスト中に死んでたじゃん」


「死んでない。ちょっと意識飛んだだけ」


「それを死んでるって言うんだよ」


小さく笑い声がこぼれる。


こんな会話、何度もした。

何度も繰り返してきた。


――それが、全部ここにある。


「てか今日、数学あるぞ」


神代が何気なく言う。


「マジで?」


「マジで。小テスト」


「聞いてない」


「いや、言ってたから。先週」


「覚えてない」


「だと思った」


呆れたように肩をすくめる仕草も、見慣れている。


ふと、ノートの端に視線が落ちる。

そこには、前に神代に突っ込まれて書き直した字が残っていた。


『字、汚すぎ』って言われて、無理やり丁寧に書いたやつ。


思い出して、少しだけ口元が緩む。


「なにニヤけてんだよ」


「別に」


「こわ」


「そっちこそ」


軽く肘でつつくと、神代が「やめろって」と笑いながら避ける。


その距離感も、ちょうどいい。


近すぎず、遠すぎず。

気を使わなくていい、でもちゃんと隣にいる距離。


――これが、完成形なんだと思う。


誰かに見せるためじゃない。

特別なことをするわけでもない。


ただ、こうして隣にいて、くだらないことを言い合って、

気づいたら時間が過ぎている。


それだけでいい関係。


それが、ちゃんとここにある。


授業が始まって、先生の声が教室に広がる。

チョークの音が黒板をなぞる。


神代は途中で少しだけ姿勢を崩して、ノートに適当な線を引いている。

やる気があるのかないのか分からない、いつもの感じ。


(ほんと、変わらないな)


そう思って、少しだけ視線を逸らす。


窓の外は、朝と同じ光だった。

風でカーテンが揺れて、教室の空気がゆっくり動く。


全部、普通だ。


何一つ特別じゃない。


でも――


(これで、いい)


心の中で、静かに言葉が落ちる。


特別じゃないからこそ、ここまで来た。

特別じゃないからこそ、壊れずに残った。


だから、このままでいい。


この距離のままで。


この関係のままで。


チャイムが鳴る。


短い休み時間。

神代が伸びをしながら、こっちを見る。


「なあ、次の授業さ――」


その言葉に、自然に返す。


いつも通りに。

何も知らないままの、いつもの顔に。


(これが最後でいい)


そう思いながら、また一つ、

何でもない会話を重ねた。

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