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放課後の教室。
人の気配が少しずつ消えていく中で、私はひとり、席に残っていた。
スマホの画面を開く。
新規メッセージ。
宛先の欄には、何も入っていない。
本当は、分かっている。
入れるべき名前は、ひとつしかない。
指が、ゆっくりと動く。
――「神代」
そこまで打って、止まる。
画面に浮かんだ文字が、やけにくっきり見えた。
まるで、それだけが現実に繋がっているみたいに。
少しだけ迷ってから、本文にカーソルを移す。
『明日さ――』
そこまで打って、また止まる。
続きは、いくらでも思いつく。
「一緒に帰ろう」とか。
「昨日の続き話そう」とか。
たったそれだけの言葉で、また“何か”が始まってしまう。
――でも。
(……残さない)
ゆっくりと、息を吐く。
画面を見つめたまま、指を戻す。
一文字ずつ、消していく。
「明日さ――」が消えて。
「神代」が消えて。
最後に、空白だけが残る。
送る相手も、言葉も、何もない画面。
それを、しばらく見つめていた。
――これでいい。
これが、選んだやり方。
静かに画面を閉じる。
そのとき。
「――あ」
背後から、聞き慣れた声がした。
反射的に振り向きそうになる。
心臓が、強く跳ねる。
でも。
私は、動かなかった。
視線も、向けない。
椅子に座ったまま、ただノートに目を落とす。
「……なんでもねえ」
少しだけ間があって、そんな声が続く。
足音が遠ざかっていく。
その音を、じっと聞いていた。
――今、確かに呼ばれた気がした。
もしかしたら、違うかもしれない。
ただの偶然かもしれない。
それでも。
もし振り向いていたら。
もし目が合っていたら。
また、何かが始まってしまったかもしれない。
胸の奥が、じわりと痛む。
でも、それを押し込める。
(これでいい)
誰にも届かない言葉。
誰にも残らない行動。
そうやって、少しずつ。
私は、自分を消していく。
机の上に置いたスマホは、もう何も映していなかった。




