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決めたはずなのに。
胸の奥に残るざらつきは、なかなか消えなかった。
それでも――戻るつもりはない。
私は、静かに息を吐く。
「……どうすればいいですか」
雨宮先生に問う。
決意だけじゃ足りない。
これからどうするかを、ちゃんと決めないといけない。
先生は少しだけ考えるように間を置いてから、淡々と答えた。
「簡単よ」
その一言が、やけに重く聞こえる。
「関わらなければいい」
分かっていた答えだった。
でも、こうして言葉にされると、逃げ場がなくなる。
「接触を減らす。会話を避ける。印象を残さない」
ひとつひとつ、確認するように続けられる。
「記憶に残る行動を取らないこと」
静かな説明。
まるでマニュアルみたいに、感情が抜け落ちている。
だからこそ、現実味があった。
私は小さく頷く。
「……はい」
もう一度、胸の中で整理する。
――告白しない。
――関わらない。
――痕跡を残さない。
たったそれだけ。
それだけのことなのに。
どうしてこんなに、難しく感じるんだろう。
(でも、やるしかない)
私はゆっくりと立ち上がる。
足が少しだけ重い。
それでも、一歩踏み出す。
頭の中に、神代の顔が浮かぶ。
何気なく笑って。
何気なく話しかけてきて。
理由も分からないまま、隣にいることを選んでくれた人。
――その全部から、離れる。
(もう、話しかけない)
朝も。
昼も。
放課後も。
たとえ近くにいても、声をかけない。
(目も、合わせない)
視線が交われば、それだけで“引っかかり”になるかもしれないから。
(何も残さない)
名前も。
言葉も。
記憶も。
全部。
最初から存在しなかったみたいに。
――自分で、自分を薄くしていく。
それが、選んだ道だ。
教室の扉を開ける前に、一瞬だけ足が止まる。
向こう側には、いつもの日常がある。
そしてその中に、あの人もいる。
ほんの少しだけ。
ほんの一瞬だけ。
迷いが胸をよぎる。
――本当に、これでいいのか。
でも。
(いいんだ)
静かに、言い聞かせる。
これは、逃げじゃない。
終わらせるための選択だ。
ゆっくりと扉を押し開ける。
光の中に足を踏み入れながら。
私は、何もなかった人みたいに。
静かに、日常の中へと溶けていった。




