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君は何度も僕を忘れる  作者: 南蛇井


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9

 ――残すか、残さないか。


 雨宮先生の言葉が、頭の中で何度も反響する。


 静かに、でも確実に。


 逃げ場を塞ぐみたいに。


(残す……)


 その選択を考えた瞬間、浮かぶのは一人だけだった。


 神代。


 教室での何気ないやり取り。

 放課後の、少し長くなった会話。

 帰り道、並んで歩いた距離。


 何度も、何度も繰り返してきた時間。


 全部、私だけが覚えている。


 ――あの人は、何も覚えていないのに。


「なんでか分かんないけどさ」


 ふと、あの声が蘇る。


「お前、放っておけないんだよな」


 あの時の、少しだけ困ったような顔。


 理由も分からないまま、私を選んでくれた瞬間。


 ……あれは、たしかに“残っていた”。


 記憶じゃなくて、感情だけが。


 何度消えても、少しずつ積み重なっていったもの。


(じゃあ、もっと関われば)


 もっと強く。


 もっと深く。


 そうすれば――


 一瞬だけ、そんな考えがよぎる。


 でも。


(……それで、どうなるの)


 すぐに、現実がそれを打ち消す。


 たとえ一日長く残ったとしても。


 たとえ、ほんの少しだけ思い出してくれたとしても。


 最後は、同じだ。


 全部、消える。


 積み重ねたものも。


 感じてくれた気持ちも。


 私という存在ごと。


 跡形もなく。


(だったら)


 胸の奥で、何かが静かに落ちていく。


(意味、ないじゃん)


 言葉にすると、驚くほどあっさりしていた。


 あんなにしがみついていたものが。


 あんなに欲しかった“記憶”が。


 こんなにも、簡単に否定できてしまうなんて。


 ――いや、違う。


 否定しているんじゃない。


 分かってしまっただけだ。


(残しても、意味がない)


 あの人は、また忘れる。


 きっと、もっと早く。


 もう、“違和感”すら残らなくなっている。


 今日の神代の目を思い出す。


 あの、完全に初対面だった視線。


 引っかかりも、迷いもない。


 ただの“他人”を見る目。


(あれが、最後なんだ)


 ここから先は、もっと速くなる。


 残そうとすればするほど。


 関われば関わるほど。


 その分だけ、消えるときの落差が大きくなる。


 ……私だけじゃない。


 相手も。


(また、ゼロになる)


 何度も繰り返してきた。


 そのたびに、少しずつ傷ついて。


 少しずつ期待して。


 少しずつ、壊れてきた。


 そして今。


 その終わりが、はっきり見えてしまった。


(だったら)


 静かに、息を吐く。


 胸の奥にあったはずの熱が、ゆっくりと冷めていく。


(これ以上、増やさないほうがいい)


 思い出も。


 期待も。


 全部。


 これ以上、積み重ねないほうがいい。


 どうせ消えるなら。


 最初から、何もなかったみたいに。


 ――静かに終わらせたほうがいい。


 そう考えたとき。


 不思議と、涙は出なかった。


 ただ、少しだけ。


 胸の奥が、空っぽになっただけだった。


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