86話
ダンジョン内部。
静かだった。
敵を倒したあとも、妙な空気が消えない。
湿った魔力、肌に張りつくような感覚。
普通のダンジョンではない。
「……気持ち悪いですね」
ユイが小さく言う。
レイカも周囲を警戒していた。
「空気が重い」
「ああ」
俺は短く返す。
そのまま、一行はさらに奥へ進む。
石造りの通路、古い壁。
時々、崩れた柱。
まるで遺跡。
そしてどこか、向こうに似ている。
「『この感じ……』」
相棒が静かに呟く。
「『昔の砦に近いの』」
シエルも壁を見る。
「『石の削り方も似てる』」
葵が顔をしかめる。
「『嫌だなこれ』」
「『思い出す』」
レイカが四人を見る。
「……そんなに似てるのか」
「かなりな」
俺が答える。
その時だった。
――ゾワッ。
全員の背筋に悪寒が走る。
止まる。
「……っ」
ユイが息を呑む。
何かいる、遠く奥。
だが、それだけで分かる。
強い。
シエルの表情が硬くなる。
「『……いる』」
「『ああ』」
葵も笑みを消していた。
「『これ、雑魚じゃない』」
レイカが槍を構える。
「敵か」
「分からん」
俺は前を見る。
だが確実に視線を感じる。
見られている。
その瞬間。
――声。
『にげろ――』
遠くから響く。
異世界の言葉、掠れている。
だが今度は聞き取れた。
シエルの目が見開く。
「『……逃げろ、って』」
空気が止まる。
ユイが困惑する。
「え?」
「何て……?」
相棒が静かに言う。
「『今、逃げろと言った』」
レイカの目が細くなる。
「敵が、か?」
「……分からん」
だが次の瞬間。
空気が揺れる。
重圧。
魔力が膨れ上がる。
「下がれ!」
俺が即座に叫ぶ。
全員が後ろへ飛ぶ。
直後。
前方の通路が消し飛ぶ。
轟音。
石壁が崩壊。土煙。
ユイの顔が青ざめる。
「な、なんですか今の……!」
レイカも表情を変える。
「……今の攻撃」
「見えなかったぞ」
その煙の奥、何かがいる。
ぼんやりとした影。
人型だが、輪郭が不安定。
そして赤い瞳だけが浮かんでいた。
シエルが小さく呟く。
「『……向こう側の存在』」
葵が舌打ちする。
「『最悪だ』」
影がこちらを見る。
その瞬間、また声が響く。
『――帰れ』
異世界の言葉。
今度は、はっきり理解できる。
だがその声には敵意だけではない。
どこか警告のような響きがあった。
レイカが低く聞く。
「……何を言った」
少し間、俺は答える。
「帰れだ」
沈黙。その間にも、空気は重くなる。
ダンジョン全体が脈打っているような感覚。
普通じゃない。
完全に何かがおかしい。
そして四人は理解していた。
これはもうただのダンジョンではない。
向こう側が、近づいている。
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