121話
休日の昼。
珍しく全員家にいた。
ダンジョンもない。
呼び出しもない。
平和そのものだった。
景斗はソファに座り、本を読んでいる。
相棒は紅茶。
シエルは景斗の隣。
葵は床に転がっていた。
いつもの光景である。
そんな中、葵が突然言った。
「そういやさ」
「ん?」
「最近思ったんだけど」
「何だ」
葵は少し笑う。
「相棒って名前呼ばれなくなったよな」
その瞬間、相棒が固まった。
景斗も本から顔を上げる。
「そうか?」
「そうだろ」
葵が指を向ける。
「景斗なんか何百年も相棒って呼んでるじゃん」
「ああ」
「否定しないのかよ」
景斗は普通に頷いた。
実際その通りだからだ。
最初に出会った頃。
まだ名前を知らなかった。
戦場で偶然共闘した。
そして気付けば相棒と呼ぶようになっていた。
そのまま数百年。
一度も変わらなかった。
シエルも頷く。
「相棒」
「お前もか」
「相棒」
それしか呼んだことがない。
葵が笑う。
「本人の名前忘れそうだな」
「忘れてないぞ」
景斗が即答する。
「ほう?」
「しぐ――」
「待つのじゃ」
相棒が止めた。
全員が見る。
相棒は何故か少し恥ずかしそうだった。
「何だ」
「急に言われると変な感じじゃ」
「何でだよ」
「何百年も聞いておらん」
確かにそうだった。
景斗も少し考える。
最後に呼んだのはいつだろう。
思い出せない。
百年以上前かもしれない。
「そんなレベルか」
葵が笑う。
その時、玄関のチャイムが鳴った。
ピンポーン。
「お」
「ユイかの」
相棒が立ち上がる。
玄関を開けると予想通りユイだった。
「こんにちはー」
「いらっしゃい」
ユイは慣れた様子で入ってくる。
そしてリビングへ来るなり首を傾げた。
「何の話してたんですか?」
「相棒の名前の話」
葵が答える。
「名前?」
ユイは相棒を見る。
「そういえば一回しか聞いたことないです」
「……」
相棒が黙る。
景斗が言う。
「景斗とかは言わないからの」
「何て名前でしたっけ?」
ユイが聞く。
相棒は少しだけ悩み。
そして観念した。
「しぐれじゃ」
「へぇ!」
ユイが目を輝かせる。
「そうでした!」
「久しぶりに聞いたな」
いつの間にか来ていたレイカが言った。
「お前いつ入った」
「今」
自然すぎて気付かなかった。
レイカも少し驚いている。
「本当にその名前だったんだな」
「失礼じゃな!?」
今日一番大きな声だった。
葵が腹を抱えて笑う。
「ははは!」
「いや、だって誰も呼ばねぇじゃん!」
確かにそうだった。
景斗は少し考える。
「しぐれ」
試しに呼んでみる。
一瞬、部屋が静かになった。
相棒が固まる。
「……」
「どうした」
「いや」
相棒は視線を逸らした。
「何か落ち着かん」
「何でだよ」
「慣れておらん」
それもそうだ。
何百年も呼ばれていない。
むしろ違和感しかない。
シエルも試す。
「しぐれ」
相棒がさらに固まる。
「やめるのじゃ」
「何で」
「恥ずかしい」
即答だった。
レイカとユイが吹き出す。
葵は笑いが止まらない。
景斗も思わず笑った。
その様子を見て相棒は小さくため息を吐く。
「やはり相棒で良い」
「俺もその方がしっくりくるな」
「私も」
「相棒」
「相棒じゃな」
満場一致だった。
結局本名はある。
だが数百年積み重ねた呼び方は変わらない。
そして相棒もその方が嬉しそうだった。
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