119話
ギルド本部。
休憩スペース。
景斗が買い物袋を持って入ってきてから数分。
さっきまで話していた内容など無かったかのように空気は普段通りに戻っていた。
誰もその話題には触れない。
景斗自身も知らない。
だからこそいつも通りだった。
「何買ってきたんだ?」
レイカが聞く。
景斗は袋を机の上に置いた。
「飲み物」
「お菓子」
「後はシエル用の本」
その瞬間、シエルの耳がぴくりと動いた。
分かりやすい。
「本?」
「ああ」
景斗が袋から一冊取り出す。
日本語学習用ではない。
普通の小説だ。
「前に本屋で見てただろ」
「続き」
シエルが目を丸くする。
数秒固まる。
そして。
「……景斗」
「ん?」
「好き」
即答だった。
ユイが吹き出しそうになる。
レイカも危うかった。
景斗は慣れた様子で答える。
「そうか」
「うん」
シエルは満足そうに本を抱える。
相棒が紅茶を飲みながら苦笑する。
「相変わらずじゃな」
「何がだ」
「お主らじゃ」
景斗は首を傾げる。
意味が分からないらしい。
その横でシエルが当然のように景斗の隣へ座った。
距離が近い、かなり近い。
肩が触れている。
本人は気にしていない。
景斗も気にしていない。
慣れすぎている。
ユイはそれを見て思う。
(これで家族判定なんだ……)
感覚が完全に違う。
数百年一緒にいた結果なのだろう。
その時、シエルが本を机へ置いた。
そして当然のように景斗へ寄りかかる。
「疲れた」
「まだ何もしてないだろ」
「疲れた」
全く説得力がない。
だが景斗は自然に頭を撫でる。
シエルが目を細めた。
猫みたいだった。
「……」
ユイが黙る。
「……」
レイカも黙る。
「何だ」
景斗が二人を見る。
「いや」
「別に」
レイカが目を逸らす。
ユイも慌てて頷く。
説明しろと言われても難しい。
景斗にとっては当たり前なのだろう。
だが第三者から見るとかなり特殊だ。
その時、葵が笑う。
「昔からだぞ」
「そうじゃな」
相棒も頷く。
「シエルがお主に懐いた頃から変わらぬ」
「そんな昔か?」
「百年以上前じゃな」
「昔だな」
感覚がおかしい。
ユイはもうツッコまないことにした。
その方が楽だ。
シエルは頭を撫でられながら本を開く。
そして少しだけ日本語を読む。
数行読んで止まる。
「難しい」
「どこだ」
景斗が覗き込む。
シエルが指差す。
すると二人で本を読み始めた。
分からない単語を説明する景斗。
真面目に聞くシエル。
その様子を見ながらユイは何となく思った。
さっき聞いた昔の話。
恋人、亡くなった人。
きっと景斗にも色々あったのだろう。
数百年も生きていれば当然だ。
それでも今の景斗はちゃんと前を向いている。
だからこそ相棒もシエルも葵もこうして隣にいるのだろう。
その時、景斗がふと顔を上げる。
「そういえば」
「ん?」
レイカが返事をする。
「何で今日集まってたんだ?」
一瞬、全員が固まる。
さっきまでしていた話を思い出したからだ。
だが葵が即座に答えた。
「暇だったから」
「なるほど」
景斗は普通に納得した。
相棒が小さく笑う。
「平和じゃな」
「ああ」
景斗も頷く。
シエルは相変わらず隣にいる。
葵はソファで寝転がる。
相棒は紅茶。
レイカとユイはそれを眺める。
昔の話も失ったものも全部消えたわけではない。
それでも今はこうして笑っていられる。
少なくとも今日くらいは。
もし「面白かった」「続き読みたい」と思ってもらえたら、ブックマークや評価(☆☆☆☆☆→★★★★★)してもらえるとめちゃくちゃ嬉しいです!次の更新のやる気になります。




