116話
翌日の昼。
いつものようにユイが家へ遊びに来ていた。
レイカは仕事らしく来ていない。
リビングでは相棒が紅茶を飲み、シエルは日本語の本を読んでいる。葵はソファで寝転がりながらスマホをいじっていた。
そしてユイがふと気になったように口を開く。
「そういえば前から気になってたんですけど」
「ん?」
俺はコーヒーを飲みながら顔を上げる。
ユイは少し悩むような顔をした。
「異世界の人って、みんなそんなに長生きするんですか?」
部屋が少し静かになる。
葵がスマホから顔を上げた。
相棒も紅茶を置く。
シエルは本を閉じた。
ユイは慌てて手を振る。
「あ、変な意味じゃなくてですね」
「皆さん数百年とか普通に言うので」
「そう思うよな」
俺は苦笑した。
実際、普通の人間ならそう思う。
数百年生きる。
そんなの物語の中だけの話だ。
ユイは恐る恐る聞く。
「やっぱりエルフだからですか?」
シエルを見る。
シエルは首を横に振った。
「違う」
まだ少し片言だが、十分通じる。
「エルフ、長生き」
「でも私たち違う」
ユイが首を傾げる。
「どういうことですか?」
その質問に答えたのは相棒だった。
「本来なら、人間は百年も生きれば長寿じゃ」
「異世界でも変わらぬ」
ユイは驚く。
「じゃあ皆さんは?」
相棒は少し考える。
「例外じゃな」
葵が補足した。
「レベル」
「あと魔力」
「それが原因」
ユイはますます分からない顔になる。
当然だ。
日本で生きていればレベルという概念自体が存在しない。
俺は説明する。
「異世界では強くなるほど身体も変化する」
「寿命も伸びる」
「病気にもかかりにくくなる」
「老化も遅くなる」
ユイは目を丸くした。
「そんなゲームみたいな……」
「ゲームみたいな世界だったからな」
葵が笑う。
「私なんか途中から年齢数えるのやめたし」
「お主は元から適当じゃろ」
「否定できない」
少しだけ笑いが起きる。
だがユイはまだ気になっているようだった。
「じゃあ数百年生きてる人って結構いるんですか?」
その言葉で空気が少し変わった。
今度は誰もすぐには答えなかった。
ユイもそれに気付いたらしい。
「あ……」
何かまずいことを聞いたかもしれないと思ったのだろう。
俺は首を振る。
「いや、気にするな」
そして静かに答える。
「いない」
「え?」
「ほとんどいない」
ユイが固まる。
俺は窓の外を見る。
青空、平和な街並み。
そして、少しだけ昔を思い出した。
「強い奴はいた」
「長く生きる奴もいた」
「でも」
言葉が止まる。
何百年も旅をした。
何百年も戦った。
仲間もいた、友人もいた。
知り合いも大勢いた。
けれど。
「みんな死んだ」
静かな声だった。
誰も喋らない。
「戦争で死んだ奴」
「魔物に殺された奴」
「寿命で死んだ奴」
「病気で死んだ奴」
「色々いた」
相棒も黙っている。
シエルも、葵も皆同じものを見てきた。
「最初は何とも思わなかった」
「でも何十年も経つと顔見知りが減っていく」
「百年経つと知り合いがほとんどいなくなる」
「二百年経つと昔を知る人間が少なくなる」
ユイは黙って聞いていた。
俺は苦笑する。
「気付いたら取り残されてる」
その感覚、説明するのは難しい。
自分だけ時間の流れが違う。
昨日まで一緒に笑っていた相手が老いていく。
子供が生まれる。
孫が生まれる。
そして死んでいく。
それを何度も見る。
何度も、何度も何度も相棒が静かに呟く。
「慣れはせぬな」
「ああ」
俺も頷く。
葵が天井を見る。
「だから仲間が死ぬの嫌なんだよな」
軽い口調でも本音だった。
シエルも小さく頷く。
「嫌い」
短い言葉だが重かった。
ユイは少し俯く。
「……ごめんなさい」
「何で謝る」
「嫌なこと思い出させたかなって」
俺は首を横に振る。
「別にいい」
「もう昔のことだ」
完全に吹っ切れているわけではない。
それでも今は違う。
相棒がいる、シエルがいる、葵がいる。
数百年一緒に生きた仲間達が。
まだ隣にいる。
それだけで十分だった。
その時、シエルが当然のように隣へ寄ってくる。
そして腕を掴む。
「?」
「どうした」
「確認」
「何を」
「いる」
短い言葉。
意味は分かった。
相棒が苦笑する。
「相変わらずじゃな」
葵も笑った。
「まぁ生存確認は大事」
ユイも少しだけ笑う。
重かった空気が少し和らぐ。
俺はそんな仲間達を見ながら思った。
数百年生きるのは、決して良いことばかりじゃない。
失うものも多い。
取り残されることもある。
それでも今こうして笑えるなら少なくとも今は悪くない。
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