110話
広間の空気が、止まったまま動かなかった。
白い花、石板。
そして、たった一文。
『次に会う時は、酒でも持ってこい』
レイカが眉をひそめる。
「……ふざけてる場合じゃないよな?」
ユイは石板を覗き込みながら、恐る恐る言う。
「これ……どういう意味なんですか」
葵は頭をかきながら、珍しく真面目な顔をしていた。
「普通に読めば生きてるか、何か残ってるかだな」
相棒が石板に触れずに見つめる。
「『あやつの字じゃ』」
シエルも静かに頷く。
「『間違いない』」
俺は花を見る。
月白花。
「……死んだとは限らない、か」
呟くだが、すぐにレイカが首を振る。
「いや、あの状況だろ?」
「普通は死んでる」
「残ってるのがおかしい」
その通りだ。
だが残っている以外の可能性もある。
葵が結論を濁すように言う。
「……深層側に取り込まれた時点で、普通の生死のルールじゃないからな」
ユイが不安そうに聞く。
「じゃあ……このメッセージって」
俺は石板を見る。
少しだけ間を置く。
「警告か」
「それとも」
言葉が詰まる。
相棒が続ける。
「『呼びかけじゃな』」
静かに確信のある声だった。
シエルが小さく息を呑む。
「『……向こうから見えている?』」
誰もすぐに否定できない。
その可能性が、ゼロじゃないからだ。
レイカがため息をつく。
「最悪だな」
「封印したはずの場所から手紙ってなんだよ」
ユイは顔を青くしている。
「ホラーじゃないですか……」
葵が乾いた笑いを漏らす。
「いや、あいつの場合ホラーというより」
「生存報告だな」
その言葉に、一瞬だけ空気が緩む。
だがすぐに戻る。
俺はもう一度、花を見る。
折れていない、枯れてもいない。
ここに置かれたばかりみたいに新しい。
そして気付く。土が違う。
この世界のものじゃない。
「……持ち込まれてる」
小さく言う。
相棒が目を細める。
「『つまり』」
「誰かがこっち側に来ているか」
沈黙。
その瞬間ダンジョンの奥。
ごく小さな音がした。
カツ……。
全員が振り向く。
誰もいないはずの通路。
そこに影が一瞬だけ揺れた。
だが次の瞬間には消えている。
ユイが震えた声で言う。
「今の……見えました?」
「見えた」
レイカが槍を構える。
「全員警戒」
空気が一気に張り詰める。
そして葵が低く言う。
「……終わってなかったな」
俺は一歩前に出る。
石板を拾い上げる。
花はそのまま残る。
まるで何かを待っているみたいに。
「……もう一回だ」
静かに言う。
レイカが横目で見る。
「何がだ」
「確認だ」
俺は通路の奥を見る。
暗い、静か。
でも確かに何かがいる。
「今度は」
「ちゃんと終わらせる」
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