105話
深層側が崩れていく。
黒い空、赤い月。
全部が砕け始めていた。
封印は成功した。
巨大結晶は光に包まれ、境界が閉じていく。
だが。
「……ガルド!」
返事はない、黒い光の中。
男は立ったままだった。
剣を地面へ突き立て。
静かにまるで、役目を終えたみたいに。
俺は走る、崩れる地面、瓦礫。
無理やり飛び越える。
その間にも空間が壊れていく。
時間がない。
「っ……!」
ガルドの前へ辿り着く。
近くで見ると酷かった。
身体の半分以上が侵食されている。
鎧も砕け、魔力もほとんど残っていない。
それでも男は小さく笑った。
「『……成功か』」
「ああ」
「『そうか』」
静かな声。
昔と変わらない。
俺は拳を握る。
「帰るぞ」
「『無理だ』」
「やってみないと分からない」
「『分かる』」
即答だった。
少し苛立つ。
「ふざけんな」
「『景斗』」
名前を呼ばれる。
ガルドは静かに空を見た。
「『俺は長く深層側に居過ぎた』」
「『もう、人間じゃない』」
「……っ」
「『帰っても、侵食が止らない』」
静かな事実、否定できない。
異世界の深層。
その魔力は、人を壊す。
何百年も浴び続けたら尚更だ。
ガルドは小さく笑う。
「『だからここで終わりで良い』」
空間がさらに崩れる。
門が閉じる。
時間切れが近い。
だが俺は動けなかった。
まただまた、仲間を置いていく。
その時ガルドが小さく笑った。
「『……変かわらんな』」
「何がだ」
「『おまえ』」
「『昔から仲間が死ぬ時は同じ顔をする』」
静かな声。
「『だから言っただろ』」
「『失なうな』」
空気が止まる。
昔、何人も死んだ。
魔王軍。
深層。
古代遺跡。
長い戦い。
その度に誰かを失ってきた。
ガルドは剣へ体重を預ける。
「『……相棒』」
「『シエル』」
「『葵』」
「『今度は置いていくな』」
その言葉、重い。
そしてガルドは、少しだけ笑う。
「『そっちの世界は良いところか?』」
突然の問い。
少し間。
「ああ」
「平和だ」
「飯もうまい」
「『そうか』」
ガルドが目を閉じる。
「『……良かったな』」
崩壊が加速する。
空間が砕ける。
もう本当に限界だった。
門が閉じる。
戻らなければ、俺も巻き込まれる。
それでも足が動かない。
ガルドは最後に言った。
「『帰れ』」
「『勇者』」
昔と同じ声。
昔と同じ背中。
だから俺は歯を食いしばって振り返る。
門へ走る。
崩れる世界。
轟音。
黒い空間。
そして門へ飛び込む瞬間。
後ろを見る。
ガルドは立ったまま静かにこちらを見ていた。
少し笑って。
まるで昔の戦場みたいに。
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