夜の如く
俺は敵の間を縫って高速でシュアナスの森の方へと向かっていた。
【シェイド】を【影踏み】で次々と渡り歩いていく。
もちろんあまりに邪魔な敵を葬ることも忘れない。今も《ヴァルトヴォルフ》にまたがったゴブリンたちを【二の刃】で切り払ったばかりだ。
しかし…と、俺は考える。
不思議なことにこうやって血にまみれても、目の前で仲間が死ぬのを見てもなんら心動かないのだ。
むしろ、日常よりも心が落ち着いているぐらいだった。
こういう所がエリス様に選ばれた理由なんだろうな…と思いつつ、地中へ向かって【ジャベリン】を発動する。
キュウウ…という音が地中から聞こえて、やがて静かになった。こいつが【死の虫】だ。
なかなかに厄介魔物だが、こいつの処理にもアイゼスとの訓練で培われたセンスが生かされていた。
「…そろそろ最後方か…?」
俺がそう判断した理由はまだまだ戦意旺盛そうな《オーク》の上位種、《オーガ》がフル装備で何かを守るように円状に並び、立っていたのが見えたからだ。一見突破は難しいように思えるが…
さてさて…そろそろ俺の外道テクニックをご覧にいれようか。
まずは【シェイド】を発動します。次にそれをできるだけ細長くする。イメージはニュクス様が俺に治癒魔法を使ったときみたいな感じだ。
それを人数分…今回なら八つか…を用意する。
あとは全神経を集中させ、そいつらを操ってオーガたちの鎧と、肌の間にそれを潜り込ませるだけ。いやー…簡単簡単。
「よし、準備完了…【心臓潰し】」
そう唱えるとオーガたちは一斉に苦しみ始めた。
からくりは簡単。さっき潜り込ませた【シェイド】が針のように硬くなってからオーガたちの皮膚の中に潜り込み、心臓に巻き付いているのだ。そりゃもう熱烈に。
輪の中の奴の恐怖感を煽ってと…
手をギュッと握りしめると次々にオーガたちは倒れて行った。
強力そうな装備も何も無駄になって残念しきりだろう。
ただこの魔法、コントロールが死ぬほど難しいので静止している相手にしか使えない。さらに言えば相手から二十メートル以内からじゃないととどかないだの間に遮蔽物があればそれに邪魔されるのだのとデメリット満載だ。
まぁこの状況じゃ…と俺は口を歪める。いい鴨だった。さて、悪魔様とのご対面だ…
オーガが倒れるとすぐに変化が起こった。
そこら中から黒い靄みたいなものが集まってきたのだ。
それが収まると、人影がむくりと起き上がる。
攻撃をしたのが誰なんてのはお見通しらしく、こちらへ迷いなく歩いてきた。
「誰かと思えばお仲間の雰囲気を漂わせてる君じゃないか!『この街にはもう悪魔が入り込んでるのか―…』なんて思って気になってたから会いに来てくれて嬉しいよ。さぁ、武器を下げて?あと本当の姿と、名前を教えておくれよ」
しかしいきなり友好的な姿勢でそんなことを言ってくるもんだから俺は面食らった。
…一応強気で返しとくか…
「…なんのことだ?俺はお前を倒しにきた冒険者だ」
「またまたぁ!そんなに悪魔の匂いさせておいて滅多なこと言うもんじゃないよ?姿を見せてってば」
そいつが近づいてくるにつれて段々容姿がわかってきた。
カラーリングは緑の髪に、赤い眼。おとぎ話に出てきそうな王様が来ているような真紅のマントを羽織り、頭には小さい王冠がちょこんと乗っていた。…よく落ちないな…
さらにそれに似合うようなお子様体型に、顔だった。バカにしてやってるんだろうな…
さすがにマントの下は物騒だ。顔以外の皮膚が一切見えないほどがっちりと真っ黒な鎧で覆われていた。その黒い鎧からはなんとなく俺の鎧、《アラクノフォビア》に似たモノを感じる。
そして肝心の武器だが…
どこにも見当たらない。まぁイヴのような場合もあるし、油断は禁物だ。
その間にも悪魔はこちらへと近づいてき、俺から五メートルほど離れた地点で止まった。
しばらく、見つめ合う。
…先に折れたのはこっちの方だ。悪魔って言うぐらいだからベルフェを出せば話が早いだろう。
「【ベルフェゴール】」
そういうと俺の身体から黒い靄が出ていき、フクロウを形作った。
というか今気づいたんだがあいつの『黒い靄』と俺の『黒い靄』はなんだか違う気がする。
遠目にしか見れなかったので見間違いかもしれないが…
「…アバドン…だっけ…元気にしてる?…マンモン」
珍しく起きていたベルフェがそう話しかけると、非常に面白いことが起こった。
アバドンが急に跪いたのだ。
「ハ…ハハァ!ベ、ベルフェゴール様でいらっしゃいましたか!」
「…そう。伝えることは…一つ。…この街が欲しければ…このツジウラカナタと戦って…勝って。じゃあ…おやすみ」
言いたいことは言ったのか数秒で俺の中に帰って行ってしまった。おいおいいいのか…
アバドンは手のひらを返したように立ち上がり、言った。
「フハハハ!驚いたよ!なんせベルフェゴール様が出てきたんだから!君を倒せばこの街をくれるんだってさ。久しぶりに本気が出せそうで嬉しいよ」
調子よくペラペラと御託を並べていくその姿に思わず口元が歪んだ。
それを見てアバドンが眉を顰める。表情豊かな奴だ…
「…何がそんなにおかしいいんだい?」
「…いや、俺も初めて本気が出せそうだと思ってな」
そう初めて。
アイゼスと訓練しているときも、イヴと訓練しているときも、クエストに行ったときも見せられなかった本気だ。
見せられなかった理由はただ一つ。それがあまりに『死』に特化しているから。
クエストで使ってもよかったが『戦うこと』を純粋に楽しむ二人の邪魔をしてはまずいと思って遠慮した。俺が死に兼ねない。
それじゃあまずは一つ、小手調べといこうか。
「…【メメントモリ】」
魔力を込めてその言葉を宙に放つ。
するとただでさえ少なくなっていた魔力がさらに減っていくのを感じた。
しかし、その不足分を補う感触が伝わってくる。
(ありがとうな、ベルフェ…)
そう心の中で礼を言った。
そして手にしていたメメントモリに魔力が通い始めた。
まずは柄の部分にびっしりと掘られた模様の溝をなにか黒いものが埋めていく。
それは絵をよじ登り、刃に達するとその刃をもすっぽりと覆った。
手に持っている俺は、メメントモリがトクン、トクンと脈動し始めたのを感じた。
そして閃きのようなヴィジョンが俺の頭の中を駆け巡る。
一つは【フラウガラック】というスキルとそれの使い方。
さらに先ほど雑魚共を何百か葬ったおかげでもう一つ新たな力も目覚めていたみたいだ。
その内容は…
そう使い方を確認しようとしたところで邪魔が入った。もちろん、アバドンだ。
「魔力を武器に込めたってことは戦闘開始でいいだろ?さあ、僕を楽しませておくれよ!」
そう言いながら殴りかかってきたので、メメントモリの刃の腹でガードする。
そしてすぐさまメメントモリをぐるりと回転させ、アバドンを打ち払った。
「グゥッ…!」
そういってアバドンは宙へと投げ飛ばされた。
そしてすぐさま、その体に異変が起こる。
「調子に…乗っちゃやだよ…!」
アバドンの背から羽が生えてきたのだ!しかも昆虫のような、薄い羽が。
それはハエのような丸いものでもなく、どちらかといえばまるでゴキブリのような…
そこまで思考をめぐらせたところで、向こうの攻撃がきた。
「【苦無】」
アバドンがそう唱え、手のひらで宙をなぞると五、六本のクナイが次々に現れた。
そしてその手が振るわれると同時にそいつが俺に襲い掛かる!
つかこいつもタイトル詠唱使えるじゃん!エリス様の嘘つき!
だがここは腕の見せ所。すぐさまに対抗魔法を発動する。
「【武器支配】!」
ストレージから六つの盾が取り出され、クナイをそれぞれが防いだ。
しかし…
(!?まずい!)
と直感的に感じ、魔力の繋がりを一斉にシャットアウトした。
宙に浮かんでいた盾たちがボトボトと地面に落ちる。
「へぇー…気づいちゃうんだ。僕の【感染の福音】に」
そう凄絶な笑みを浮かべるアバドン。魔力に覆われていたはずの盾はあっという間にアバドンの魔法が変化した黒い何かに食い尽くされていく。
しかし、俺がさっきからオーガたちの死体に隠してあった【シェイド】には気づかなかったみたいだ。
自分の足元にあんなに大きな影が広がってるのに…
テンポよくいかせてもらおう。
「【磔の尖塔】【武器支配】【ジャベリン】!」
同時に三つの魔法を放つ。
【磔の尖塔】は【ジャベリン】の巨大バージョンと思ってくれればいい。
まぁ少しでも当たったなら巨大な闇の塔に飲み込まれ、その後体の自由を奪われて磔のような格好で敵に身を晒す羽目になるのだが。
【武器支配】では盾を十数枚展開し、そこから一斉に【ジャベリン】を放った。
アバドンをぐるりと囲むように展開してから撃ったのでどれか一つぐらいは当たっているはずだ。
んー…だけど全然手ごたえがないな…
そう思い、メメントモリに新たに追加された能力を使ってみることにする。慢心は敗北のもとだからな。
まずはメメントモリを目の前に突き出すような形で構える。
ゆっくりと目を閉じると、この魔法の詳しい情報が浮かび上がってきた。
どうやらこの武器、用途は限られるものの今まで狩ってきたゴブリンなどの魂を魔力に変換して使えるらしい。
今、ちょうど三百ぐらいの魂を俺は持っている。
そしてこの魔法は大体百個程度の魂を魔力に変えて使うようだ。
それじゃあいってみようか。
「【嘆きの礼砲】」
そして、メメントモリから放たれた魔力でできた漆黒の弾で俺の視界は埋まった。
その弾は【磔の尖塔】で囚われているであろうアバドンの元まで行くと『オオオオォォォォォォォォン!』と思わず耳をふさぎたくなる、まるで人間の叫び声のような音と共に四散し、再度収束した。
その直後、巨大な一条の黒い光が空へと向かって伸びていく。
「…これはひどい」
それがようやく収まったとき、あたりはひどい惨状になっていた。
深さ二十メートルはある大穴が地面にはあき、アバドンはおろかあたりに転がっていたオーガ達の死体さえ見当たらない。
まさかここまでの威力があるとは…
「ま、まぁ結果オーライだよな…うん」
そう独り言ちて踵を返した時だった。
バタバタバタバタバタ!と何かが羽ばたくような音が背後から聞こえた。
パッと振り向くと大穴から再び黒い何かが噴き出している!さらにその黒い何かは虫であるかのようだった。
それは渦巻くようにして俺の十メートルほど先で集まっていくと、人のシルエットへとなりだす。
それが完全に収まった時、俺は驚愕に目を見開いた。
「いやー…痛かった痛かった。まさかあそこまで遠慮がないとは…君、やるね。でもここからは僕のターンだ…【深淵】」
一方的に口上を並べられ、返事をする暇もなくその人影…アバドンは次の一手を指す。
実は…書いていたストックを間違って消してしまったみたいで残りストックがまずいことになっており、とても焦ってます笑
土日までは時間が取れないので次の更新は土曜とさせていただきたいです。
評価、お気に入りありがとうございます!




