風の如く
イヴ・ウォーカーは獣のようにして悪魔カイムの元へと向かっていた。
いや、獣というのは適切でないのかもしれない。そう、それはたとえるなら風だ。仮に、例えなくても。
彼女がなぜSランク冒険者なのか。
それはひとえに彼女が風の精霊王と直接契約を交わしているからだ。
《風王の巫女》という称号で証明されるそれがもたらす効果は絶大だ。【風王の鎧】と呼ばれるスキルはその一端。風をその身に纏わせるというもので、【風王の脚】のように体の一部にまとわせることもできる。
風の後押しによって生まれる攻撃の理念はただ一つ。『疾くあれ』。
イヴはそれにブリューナクを使い合わせることによって誰一人追いつけないほどの戦闘スピードを獲得していた。速度だけで言うなら【風の七賢】をも凌ぐ。
そのイヴが、駆ける。
通った道に生きている魔物は一匹としていない。
無残にも引き裂かれているか、無様にも焼け焦げているか…その二択だ。
そしてついにイヴは目的地へと到着した。悪魔カイムの元へだ。
「よぉ。ぶっ殺しに来てやったぜ」
そうイヴが声をかけて初めて悪魔はその存在に気が付いた。
「およヨ!いツの間に!嬉しィですねぇえええ…こんなに早く!私の退屈ヲォォ…紛らわしに来てくれるなんてぇエ…ギシャシャシャ!」
そのどうにも不愉快な声を聞いてイヴは顔をしかめた。多少は手ごたえのある相手かとも思ったが外道はあんまりお好みじゃない。イヴは苛立ちをすぐに行動へと移した。
「早速だけど黙っとけ…よ!」
一閃。瞬きをする程度の間にイヴのブリューナクは難なくカイムの喉を切り裂く…
はずだった。
「コッチデスよぉぉ?ギシャシャ!」
その声はは後ろから聞こえてくる。
「な…!」
イヴは攻撃が当たらなかったことよりむしろいきなり後ろから声が聞こえてきたことに驚いた。
イヴが持っているスキル【王の耳】は周りの風の声を聞き、相手の位置などを正確に知覚するものだ。
何が言いたいかといえばイヴにとって『位置を見誤る』なんてことはあってはならない。
「ンンンンンン!イイ!いいですヨォォォアナタ!しばらく遊んであげましヨウ!まァまずハァ…精神的に疲弊させていきまショウかねぇ…―――――――【――――――】!」
カイムがその呪文を唱えるといきなり、イヴの足元の地面がまるで大きな口を開けるかのようにして開いた。その穴にはまるにはヤツメウナギのような牙ずらりと並んでいた。落ちたらひとたまりもあるまい。
「チィッ!」
イヴは舌打ちをして上空へ、宙を蹴りながら飛翔する。
「ギャシシシシ!―――――――【―――――】」
すると今度は地面が大きな口をさらに上にあげんと隆起した。
それだけにとどまらず、ついに地面はまるで蛇のように上空へ背を伸ばす…!
「――【――】――――――――【―――――――――】!!!!!」
その間にも氷の玉や炎の玉がカイムによって次々と作られ、イヴへと向かって放たれていく。
イヴはそれらを回避しつつ、ついに反撃に出た。
「打って響けや雷鳴!瞬き焼けや雷光!この二つをもって雷霆と成す!【紫電】ッ!」
そうイヴが《古代魔法》を唱えると紫の雷光が迸る。
《古代魔法》とはその名の通り、『古代の魔法』だ。そのほとんどは失われてしまっているが一部の神や精霊王はそれをまだ使える。
ニュクスもこれを使ってカナタを治療した。つまりカナタが聞き取れていた魔法、というのは《古代魔法》のことなのだ。
当人がそれを知るのはだいぶ後のことになるが…
そしてそれはあろうことかそこら中に放たれていたカイムの魔法へと殺到し、きれいさっぱり消滅させてしまった。
まだあたりの空気がビリビリと振動している中、シュタッとイヴが地面に降り立つ。
「ホォ…驚きマシたよ…まさかそんナ芸当まで隠しモっていたとは…」
「オレは逆にどうやったらそんな数の魔法を同時に使えるのか知りたいね。イカレてるぜ、お前」
「ホッホゥ!それコソ私にとって最高のホメ言葉!お礼に本気を見せてアゲマショウ―――――――――――――――――【―――――】!!」
カイムはまたわめいているとしか思えない声で呪文を唱えた。
イヴはまだ手品を持ってるのか…とうんざりする。
するとやがてカイムの足元から金色の靄が立ち込め始めた。
「あちゃー…まずいな…」
イヴはその正体を一瞬で見抜いた。魔法使いどものお気に入り、領域支配魔法だ。それがわかっても逃げようとしないのは、一度魔法が始まれば逃げることはできないということを知っているからだった。
金色の靄はカイムとイヴを中心に回り始め、ついに金色の壁となってしまう。
壁だけではない、天井も床も悪趣味な金の輝きで埋め尽くされている。イヴは本日何回目かもわからないような溜息をついた。
「ココでは私の言葉が絶対の法則デスよぉ…ここであなたを敗北へ追いやり、プライドをズタズタにシィ、たっぷりと屈辱を味あわせてカラ犯し…最後には首を刎ねてアゲましょう…。ンー…なんて甘美な未来デショウカ…素晴らしい!スバラシィデスヨォォォォ!ホッホッホウ!ギシャシャシャシャシャ…」
「ったくうるっせーなぁ…」
この時、イヴは非常にこの悪魔を鬱陶しく感じた。早く帰りたいとも。
よって戦いを『楽しむ』ことは諦め、本気を出そうとした。
「恨むなよ…―――――――――――――――――――【風王」
「オットォ…させませんよぉ…【王の法典】」
しかしカイムがそれを唱えた途端、イヴは自分が使おうとしていた魔法が尻すぼみに消えてしまったことを感じとった。。
「おいおい…どこまで陰険なんだよ…」
イヴは目を瞠る。今やられたことが現実ならば…舐められたものだ。怒りがメラメラと立ちこめてくる。
「ンー…ダカラいったじゃないですカァ…私ガぁ…ルウウウウゥゥゥル!!トオ!ギシャ!ギシャシャシャシャ!」
「はぁ…もういい。死ねよ」
「ギシャシャシャシャ…シャ…?」
イヴは何気なく手を振るった。
ただそれだけなのに、カイムの左翼が消し飛んだ。
恐ろしいのは全く胴体をかすらず、翼だけを削ぎ取っているところか。
「アアアアァァァァァァ!!!!!!私の!私ノ左手ェェェェェェェ!!!!!!!貴様ァ!ぶっ殺ス!殺すころすコロス殺ス…」
「腕一本でぎゃあぎゃあ騒ぐなって…黙ってろ…よ!」
そう言いながら束の間に【スイッチ】して出しておいたハルバートを振り下ろした。
「ナメルナヨ小娘ェェェ!【鋼鉄の翼】!!!」
それに対してカイムは残っている右手でそれを迎撃した。
しかし、打ち合った瞬間に手ごたえをなくし、前へとバランスを崩す。
「こっちだよ、バーカ」
カイムの後ろ側からその声は聞こえた。イヴの粋な意趣返し、というやつだ。
「ダマレェェェェェ!!!」
頭に血が上ったカイムは右翼を剣のようにしてイヴへと迫った。
イヴはその様子をようやく浮かんできた笑顔で受け入れる。
「ああ…これだよこれ!」
そうしてイヴは再び、ハルバートを振り下ろす。
第三者目線に変わっております。
なかなか思ったように書けないものですね…精進せねば。
評価、お気に入りありがとうございます!




