カーミラ・ヘイルマン
「ババアのところにいくぞ」
いつものことながらイヴが唐突にそんなことを言い出した。
「ババアって…もしかしてカーミラか!?そもそもお前はまだしも私たちは大規模魔法なんて…」
「ん?まぁいいじゃんか。あのババア俺一人で行ったら嫌味しか言わねぇんだよ。ったくネチネチネチネチ…」
ここまで聞いて俺はアイゼスに首を振った。ああ…諦めるのね。
冒険者ギルドに面している中央広場から西門の方へ歩いて数十分。冒険者ギルドに負けず劣らず立派な建物が姿を現した。
「これが…」
「そうだぜ、この街の魔術ギルドだ。支部長はカーミラ・ヘイルマン。二つ名は《炎鬼》とかだっけか。オレにゃただのよぼよぼのババアにしか見えないけどな!」
そう言ってイヴは腹を抱えて笑い出した。自分で言ったんでしょうが…
ギルドの中に入るとまた冒険者ギルドとは違った雰囲気が俺たちを迎えた。
(まるで図書館だな…)
そう俺が感想を抱いたように、壁には所狭しと本棚がひしめき、かなりの数設置されている机にむかっていかにも魔術師、といった人たちが必死で本をめくっていた。
悪魔の特定を急いでるんだろう。
「さすがに殺気立っているな…」
「そりゃそうだろうよ。ババアに褒められる数少ないチャンスだからな。おっとこっちだな。ついてこい」
奥へ奥へと進んでいくとひときわ大きな金属製の扉の前までたどり着いた。
それをイヴはガンガンと叩いて大声を上げる。
「カーミラ!オレだ!イヴだ!入るぞ!」
「ちょっ!」
そしてあろうことか扉を蹴って開けやがりました。もうヤダこのご主人様…
「ったくうるさいねぇイヴ!もう少し静かに入ってくるんだよ!まったく…」
そういって老婆が俺たちを出迎えた。
ルガーの部屋とは違ってここは暗めの建材が使用されていた。ただでさえ陰鬱な雰囲気漂う部屋を悪趣味なタペストリーやなんのモノかわからない骨がかざる。
部屋に端にはグツグツと怪しげなモノがこれまた怪しげな窯で煮られ、ツーンとした、だけど不思議と嫌ではない臭いが鼻につく。
それに、壁には大きな杖が飾ってある。メメントモリよりも長いくらいだろうか…?
さらにその先端には子供の頭ほどもある紅い宝石が取り付けられていた。人を一発で殴り殺せそうな感じだ。魔法の杖…なんだろうが。
「別にいいじゃねぇかよ面倒くせェ…で?何チャラ部隊とやらにはオレも当然勘定に入ってんだろ?」
「当たり前じゃ!ワシとしちゃあ和を乱すだけのお前を懐に入れたくないが、野放しにする方がもっと困ることを知っておるからな」
そういって大仰に肩をすくめるカーミラ。
何やったんだよアンタ…
「で?そっちの吸血鬼の嬢ちゃんと…なんだいこの坊主は」
「な!なぜ私がヴァンパイアだと…」
慌てふためくアイゼスをしり目に、カーミラは立ち上がり、俺の傍まで来るとスンスンと匂いを嗅いだ。
そしてそのしわに埋もれた、しかし鋭い眼光で俺の眼を覗き込む。
「…ちょっとお前らはけな。この坊主に話がある」
そしてようやく視線を外したと思えばそんなことを言い始めた。
「は?…そうか、まだ言ってなかったなこいつは俺たちの奴隷で…」
「いいからさっさと出ていきな!終わったら呼んでやるからね」
「ちょ!まて!この…」
カーミラがシッシといった風に手を払うとイヴたちは何か見えない壁に押し出されるようにして部屋の外へとつまみ出された。
ガコン、とひとりでに扉がしまる音が響く。
「…で?俺に何の用ですか?」
「すっとぼけるなよ坊主…お前さん、悪魔を自分に憑かせてるだろ。しかも、とびっきり最悪な奴をさ」
「………」
どうやらベルフェのことを嗅ぎつけられてしまったらしい。
うーん…どうしようか…
「…【ベルフェゴール】」
いい方便が見つからなかったので本人にご登場してもらうことにする。
呪文を唱えると同時に俺の足元から立ち上った黒い煙は瞬く間にフクロウの形へとなった。
そういえばこれを使うのも盗賊どもを壊滅させた夜以来か…
「…なんじゃと?ベルフェゴール…?【怠惰の大罪】の…!?」
カーミラはフクロウを見ると同時に素早く後ずさり、壁に掛けてあった杖を手に取った。そんなにビビらなくても…なんて思う。
「…身構えないでください。俺はただのしがない奴隷ですよ。あなたに危害を加えようとする気持ちは一片たりともない」
その後、沈黙の時間が流れる。カーミラは必死に俺を値踏みしているようだ。
そしてようやく肩の力をほぅ…と抜いた。
「…まぁよい。お前さんを信じようじゃないか。それにしてもベルフェゴールとは…まさか従えておるのか?」
「まさか…ほら、今だって寝てるでしょう?」
もはやお決まりというかなんというか…
一言も言葉をしゃべることなく眠ってしまったベルフェを指さす。
「なるほどな…まぁよい。細かいことはこの際無視しようじゃないか。緊急事態だしの。…お前さん、名前は…?」
そういえば名乗ってなかったな。
「ツジウラ・カナタ、です」
「カナタか。ヤトノクニの名前のような響きじゃな…まぁいい。そこの悪魔からこの街を襲おうとしている悪魔の名前を聞き出しておくれ」
…そうか!蛇の道は蛇、だな。
「わかりました。おいベルフェ。聞きたいことがある」
「ウェヘヘ…グー…」
コイツ…
「起きろ!」
そういって頭を小突いた。そこまでやってようやくフクロウが顔を上げる。
「ふわぁ…なぁに…カナタ…」
「聞きたいことがある。お前、近くに悪魔がいたらわかるか?」
「…?そりゃまぁ…」
気の抜けた返事だったがカーミラの予想はどうやら当たりらしい。
「ちょうどいい。近くに三人の悪魔がいないか?こっちに向かってきてる」
「んー…あ、ホントだ。いるね…これは…アロケンに…カイムに…アバドン…?マンモンの部下…だね…」
マンモン…?そいつが悪魔たちをけしかけたってことか…?
「…カナタ、ありがとさん。《強欲》の手下どもだね…よし、イヴたちを入れてもいいよ」
結局マンモンというのが誰かはわからなかったが大人しく引き下がり、アイゼスたちを呼びに行った。
ベルフェは一応戻しておく。
「話は終わったぞ。中々に面白いやつじゃな」
「だろ?」
「ああ。そこでどうじゃろう?カナタも先制打撃部隊に加わるというのは」
「元からそのつまりだ。あ、でもカナタってそんな派手な魔法使えたのか…?」
今更言い出しましたよこの人。完璧アホの子だ…しかもやたらめったら強いから手におえない。
「…まぁ実は…」
そう。実は使えたりする。【ジャベリン】の応用魔法である【クナイ】をさらに応用した魔法、【デスレイン】。何のことはない、ただ上から魔力で作った小さい【ジャベリン】のようなものを落とすだけの魔法だ。
「でも雲がないと使えないという制限があります」
まぁそういうことだ。だから【死の雨】なんて名前なんだが。
「ならルガーとワシで作れるから大丈夫じゃな。よろしく頼むぞ、カナタ」
そこまで言うとカーミラはアイゼスの方へ向き直った。
「お前さん、グレイの妹じゃろ?預かりものがあるんでついてこい。イヴとカナタはもう帰ってよいぞ。また遣いの者をやる。じゃあの」
「…は?ちょっと待って下さいカーミラ殿!」
カーミラはアイゼスの手を取るとそのまま部屋を出てしまった。ホントにこの世界の住人って自由だよな…
「帰るぞカナタ」
「はい…」
そして俺たちはアイゼスを残して宿へと帰ることにした。




