酒宴
地面に突き刺さっていたファルシオンをイヴが思い出して、俺が引きずられながら興奮さめ止まぬ訓練場でさらし者になるというハプニングが発生した後、俺たちはイヴの先導に従っている。
イヴに連れられてきたのは路地裏深く、とてもとても怪しいお店だ。俗にスラム街と呼ばれるところなのだろう。浮浪者や怪しい店の入り口が散見される。
そんな店のうちの一つに俺たちは足を踏み入れた。名前はずばり《ガルムの巣》。一見さんをガン無視した何の店かわからないようなネーミングだ。
「シャーロン!おいシャーロン!いるか!」
店に入るや否やイヴが大声で名前を呼び始めた。個人的にはさっさと出てきてほしい。俺の右手が使い物にならないうちにな!
「なんだいるっさいな!その声はイヴだね!まったく店であーだこーだ騒ぐなとあれほど…」
そう愚痴りながら一人の中年のおばさんが出てきた。とはいっても結構若々しく、熟女、というだけで通りそうな容姿だ。もちろん俺はアウトゾーンだが。
「わーったって。そう固いこと言うなよ。それで今日なんだが…」
イヴは早口で先ほどの経緯を説明していった。最後に俺と奴隷契約を結ばせてくれとの旨を伝える。
「そうかい…わかったよ。わたしゃお前相手に引き分けれるヤツの方が興味があるんだがねぇ…」
そういって俺の後ろのアイゼスに目を遣る。
「フン…」
対するアイゼスは素っ気ない。もう少し愛想をよくしたっていいようにも思えるが…
「まぁいい。ちょっと待ってな。《二重契約》の準備をしてくるからねぇ…」
そう言っておばさんは奥へと引っ込んでいった。
ごそごそと物音がした後、割と早く戻ってくる。
「ホレ二人とも、手を出しな。ちょっと痛いけど我慢するんだよ」
手を差し出すと手に持っていた小ぶりのナイフで親指を少し切られ、前と同じように契約の紙とやらに血を押し付けるように言われた。
前と手順が違うが大丈夫なのだろうか?
「あんたもだよ」
イヴも同じことをする。
「よしじゃあ二人とも手をつないでこの紙に触れな!《契約の儀》を始めるよ!」
んっんー?前回と全く違うな。まぁいい。そう思い大人しく指示に従う。
余談だがイヴの手は女性にしちゃあごつごつとしていた。剣士の手だ。アイゼスも同じようなもんだったが…どうやらこの世界には武闘派の女性が結構ごろごろしているらしい。
「―――――――――《契約の儀》」
すると紙は赤く輝きだした。ここまではやはり前回と同じ。違ったのは痛みを伴ったことだ。
「グゥッ!」
「手は離すなよ。契約がパァになっちまうからな」
思わず手を放しかけたがイヴの言葉でギリギリ思いとどまる。それにしてもいたい。全身の血が沸騰してるみたいな痛みだ。
「――――――――、――――――――《契約終了》」
そう聞こえた瞬間、赤い光と痛みは消え去り、紙はひとりでに灰になった。これで契約が結ばれたわけだ。
「よろしく頼むぜカナタ」
そういって頭をわしゃわしゃと撫でてきた。
(まぁ悪い人じゃないんだろうなぁ…)
そう思うことにした。
異世界に来て一か月。ご主人様が二人に増えましたよっと…
…二人の性格が合うといいんだけど…
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宿に帰る途中でイヴはふらふらとどこかへ行ってしまった。猫みたいな人だな…
道中ではそこかしこからおいしそうな匂いが漂ってきた。
イヴとの決闘が終わって、奴隷契約をして、その後イヴに振り回されていたのでもはや夕飯時となってしまったのだ。イヴ、恐ろしい子…!
ちなみに昼飯を食べる暇は一秒たりともなかった。ということで…
「…腹がすいたな」
「お腹すきましたね…」
ぶっちゃけ、空腹で倒れそうなのである。身体が資本の剣士や戦士にとってこれは致命的だ。まず白米ありき、である。白米とかもう一か月ぐらい見てませんけどね!
ということで部屋にもよらずに酒場にやってきた。
相変わらずすごい熱気だ。めちゃくちゃ人が多い。ただちらほら聞こえてくる話に《鮮血姫》だの《狂犬》だの《ひょろ男》などという単語が混じっているのが聞こえてくる。誰がひょろ男だ!細マッチョと言え!
そういうわけで非常に居心地が悪かった。そう思ったのは俺だけのようだったが。
アイゼスはツカツカと人ごみを縫っていき、酔いすぎて机に突っ伏している男だらけのテーブルから男たちを蹴落とし、そこへと座った。皿もウェイターに引き取らせる。それに注文もだ。
「宿の主人に今日のオススメをくれと言っておいてくれ。後は…そうだな。カナタ」
「なんですか?」
「酒を飲むか?」
これまた珍しい。この一か月、アイゼスは一度も酒を飲んでいなかった。まぁ今日はイヴと引き分けたということがあったし、パーッと飲んで嫌なことを忘れたいということかもしれない。ならばここはアイゼスの奴隷として付き合うべきだろう。若干未成年だがしょうがあるまい。
「はい。アイゼスさんが許可してくれるなら」
「…そうだな。じゃあ一緒に飲もうじゃないか。一人で飲むのもアレだしな。ということだ。酒も主人のオススメを聞いてきてくれ」
「かしこまりましたー!」
そういうとウェイターは相当な数の皿を片手で御しながらすいすいと厨房の方へと向かっていった。
たしか皿を軽くする魔法をかけてるんだとか。個人所有の《スキル》のようだったので技術を盗むことは諦めたが。というか自分の手のひらに乗るものじゃないと軽くできないらしいしな。
この世界の魔法はとにかく、どんなモノでも一つ以上の制限がかかっている。【ジャベリン】は【シェイド】と組み合わせて使わないと意味がないし、【シェイド】も【フラッシュ】という光属性の魔法をくらってしまえばすぐに霧散する。
さらに言えば【夜】だって月に一度しか使えないという制限付きだ。今度どこかで試さないとな…たしか満月はもう過ぎているはずだ。
でももしものことがあればって思うとおちおち試運転もできないか…
あと【武器支配】も練習しないとな。それ用に買ってもらった銅の剣と木の盾をしまいっ放しだ…
そうこうしているうちに料理が出てきた。
「これは…!」
「あ、お客様ご存じだったんですかー?なんでも《堕ち人》が書いた料理書に乗ってた料理らしいですよー?」
グラタンだった。グラタンである。どうやって作ったかは知らないがいかにも、という感じだ。
「おいしそうだな」
アイゼスも見た目は気に入った様子だ。
さらに木のジョッキが二つ、どんと置かれた。中には琥珀色の液体がなみなみと入っている。
「こちらはエールでーす!注文は以上ですね?それではごゆっくりー!」
そそっかしい店員さんはすぐにどこかへ行ってしまった。熱心なことだ。
エールか…と呟きながらアイゼスはそれに口を付けた。
「さすがにうまいな。といってもエールを飲むのはこれが初めてなのだが…」
「そういえばアイゼスさんは貴族だったんですよね」
ヴァンパイアの貴族というとワインの代わりに血をなみなみと注いで飲んでいるイメージしかないな。
「そうだ。まぁ私はハーフで母親の因子の方が強かったみたいだから血は飲まなくてもいいし、日の下も歩ける。食事の席で私以外が血を飲んでいるときは私も虚勢を張ってワインを飲んだものだ…」
アイゼスが遠い眼になった。
つかヴァンパイアという種族は俺が思っている通りで間違いないみたいだ。アイゼスはどうなんだろうと疑問に思っていたがなるほど…ヴァンンパイアの性質があまり出なかったらしい。
その後もちらほらと会話をしながら二人だけの酒宴は進んでいった。
アイゼスが師事した傭兵の生い立ちや俺の元の世界の料理の話など…
まぁ出来上がってくると段々今日の愚痴となりだしたのだが。
「私はなぁ…ひっぐ…もうちょっとで奴に勝てたはずなんだ…ひっぐ…あいつが引き分けなんて狙ってなければ…」
いやさすがに泣き上戸とは思わなかったですけどね?いきなり泣き出すもんだからびっくりした。
とりあえず背中をさすりながら落ち着きましょうと繰り返した。しかし涙は止まらない。
部屋に引き返した方がいいかなーと思い始めると…
「よっしゃ!久しぶりに飲むぜぇ!おやじ!エールを樽ごとだ!」
なんか聞いたことのある声が聞こえてきた。まさかイヴ某さんではないと思うが一応チラッと見ておく。
…バッチリ目が合った。イヴ某さんだった。
イヴは俺と、机に突っ伏しているアイゼスを見比べるとにまぁっと笑った。笑い方が怖えよ…
ガチで宿のおやじから樽を受け取った後、鼻歌でも吹きそうな軽い足取りでこちらにやってくる。
「やっぱここの宿で合ってたんだな!飯がうまいからなーここは」
という割には食事は何も頼まず、椅子にドカッと座ると俺のジョッキを奪ってそれで一杯やり始めた。破天荒な性格というかなんというか…
気づくとアイゼスも背筋を伸ばして座っている。泣いていたはずなのだが目は別段腫れてなかった。
そしておもむろにイヴに自分のジョッキを差し出した。イヴもにやにやしながらそれを受け取り、エールを注いでやる。
「ほらよ。まぁそんな怖い顔すんなって。Sランク冒険者相手に引き分けに持ち込めただけでもとんでもねぇことさ」
そう言ってアイゼスにジョッキを渡した。憮然とした顔でそれを受け取る。
「そのSランク冒険者様が人様の奴隷を奪うとは大人げないな。おかげでこっちは大迷惑だ」
これまた珍しいアイゼスの拗ねた表情が見れた。いやー…結構グッとくる。
「ハハハ!まぁまぁ。ご主人様同士これから仲良くしていこうぜ?」
そう言って二人はぐびぐびとジョッキを空けて行った。
俺はそれから一滴たりとも飲ませてもらえなかったが。いいんだけどね?




