女神との別れ、それにご主人様
プレッシャーが消え、思わずため息をついてしまう。
「ふぅ…いやー…疲れたね…でもようやく加護を全部与えられたね!もう一回ステータス見ようか」
そしてエリス様はさっきと同じ方法でステータスボード(勝手に命名)をつくり、見せてくれる。
【名前】辻占 彼方
【年齢】十七歳
【種族】魔族
【状態】健康
【称号】《ハードラック》《堕ち人》《奴隷》《神々に愛された者》《怠惰の大罪》《魔術書架:闇》《夜の友》
【スキル】《ハイセンス》《ハイフィジカル》《悪魔の炯眼》《血の狂乱》《原書解放》《夜》《至上の眠り》《武器支配》
「まぁ効果は今説明があった通りだね!《悪魔の炯眼》と《原書解放》以下は全部魔法だから。使い方がどうしてもわからなかったらベルフェに聞いてね。直感でわかるとは思うけど」
「わかりました。…そういえばベルフェってどういう立ち位置なんですか?使い魔とか?」
と、ニュクス様が帰ると同時にごろんと寝転がり寝始めた悪魔を指さす。
いくら強力な悪魔であろうがここまでだらだらしとけば威厳はかたなし。じゃあ使い魔的な感じでサポートしてくれるのかなー…と思ったのだが…
「アッハハハ!え?君が?天下のベルフェゴールを使い魔に?クク…ハッハッハ!結構面白いこと言うよねカナタって」
と返された。
「いやさっきもベルフェに盗賊の武器を壊してもらったじゃないですか…てっきりそうかと…」
「ハハハ!まぁこの件に至っては力を貸してくれって言っておいたからねー…でも今からはそんなことめったにないと思うよ?ベルフェは面倒くさがり屋だからね。でも怠けるためには努力を惜しまないんだ。例えば何百年か前、世界中の文献から自分の《印章》を消したりとか。あぁ、《印章》っていうのは悪魔を呼び出すために必要な紋章のことね」
ぐぐぐ…どうやら俺の認識は間違っていたらしい。てか普通ここは「かなたは さいきょうの つかいまを しょうかんした !」的な流れじゃないのかよ…
「あくまでベルフェはカナタの指南役だよ。悪魔だけにね!」
どやぁ!とキメ顔をするエリス様。ひょっとしてこの神様俺より残念なんじゃ…
「それにどっちみち天使共がうるさいから無理だね!だからベルフェを間違っても外に出さないこと!フクロウの姿ならいいけどね。あの姿でなら天使共に気づかれない魔法をあとでかけとくよ。それでも連続一時間が限度だね。ホントに気を付けてよ?」
とエリス様に詰め寄られる。なるほど…面倒なことになるんですね…わかりました。わかりましたとも。
「あ、あとメメントモリとナイトメアの靴はベルフェに持ってもらっててね?多分言ったら返してくれると思うから」
「あ、わかりました」
何気なく持っていたバカでかいデスサイズと靴を預ける。それをベルフェに渡すとそれごと消えていった。どうやら俺の中に帰ったようだ。
そしてベルフェが俺の中に帰った後(ちなみに今はエリス様が直接隠していたので天使達には気づかれなかったらしい)、いよいよこの場から離れる流れになった。
「じゃあいこうか。あ、僕はここでお別れだからね。夢の中には時々お邪魔するよ。あと会うときは…んー…そうだね。カナタが死んじゃった時に労いにいくよ!真っ先にね!」
「ハハハ…益体もないことを…」
変なところで張り切らないでほしい。
そこでエリス様が手を伸ばしてきた。このやわらかい手の感触もこれで最後か…
短い間だけどこの神様と話すのは楽しかったな、と思う。それに、俺をあの窮屈な世界から引っ張り上げてくれた。
だからその恩義に報いなければいけない。この神様は俺の恩人だ。少なくとも今はそう思う。
エリス様が微笑むと周りの景色がかすみ始めた。やばい。お礼を言っとかないと…
「エリス様!俺に力を与えてくれて…」
発声できたのはここまでだ。そのあとは魔法に呑まれて、意識がひっちゃかめっちゃになった。言葉の続き、わかってくれるといいんだが…
そして俺は暗闇へと意識を手放した。混濁とした感覚の中に最後まで残っていたのは暖かい手の感触だ…
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「んー…ぁー…」
何日目かもわからなくなった異世界での朝。俺は目を覚ました。エリス様と別れてからは五日ほどが過ぎただろうか。それも定かではない。
ちょうど鐘がりーんごーんと鳴る。多分六時くらいだろう。もう少しで看守のジンジャーさんが食事をもってきてくれるはずだ。
「…食事だ。起きてるか?」
案の定ジンジャーさんのバスボイスが聞こえてくる。変な風貌だが間違いなくいい人の部類に入るだろう性格である。
奴隷とコミュニケーションをとるなんて…まぁこの世界じゃ案外常識かもしれないが。
「ありがとうございます。起きてますよ」
そういって食事を受け取る。メニューはここに来た時から変わらない。
そしてジンジャーさんは壺を俺からもらうとどこかへ行ってしまった。数十分したら皿をとるのと壺を置くのでもう一回来るが。
そして食べ終わる。ふぅ…と息をついて何をしようか考えた。
結論。暇。
ベルフェは寝てるし体は別に鍛えなくても超人仕様だしここで魔法の練習はできないし…
まあここ数日にならってひたすらに考え事をしよう。ゆっくり時間があるときにしかできない考え事を…
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「…おい、起きてるか」
そう声をかけられ、面をあげる。考え事をしながらも遠くに鐘の音が二回ほど聞こえた気がしたので…今は昼過ぎか。ちなみにここでは昼食が出ない。朝と夜だけだ。
それでこんな時間に何の用事なんだろうか…
「…一人、お前を買いたいという客が現れた。出ろ」
え…?それって…
「…はい!今行きます」
ガチャリ、と鍵が外れた。俺は牢屋の外へと出る。
すると律儀にジンジャーさんは俺が出た牢屋の鍵を閉め、何も言わずに歩き出した。
俺はジンジャーさんの後ろをついて行く。
ギラギラと粘着質な羨望の視線がねっとりとからみつく。たしかに同情はするぜ…。だがそれを気にしないように努めた。
廊下は扉一枚を隔てて石畳から木へとかわり、ここへ来た時には見つけられもしなかった階段を登って行く。
「…わかっているとは思うがくれぐれも粗相がないようにするんだぞ」
「はい」
そして質素ながらも重厚な木製のドアの前までたどり着いた。
「…ここだ。幸運を祈っている」
そういうとジンジャーさんはドアをコンコンと叩いた。中から入って来いと声がかかる。
「失礼する。言いつけられた奴隷を連れてきた」
「…失礼します」
一言断って、部屋の中へと入る。
部屋は思った通り応接間らしく、真ん中に置いてある机の扉側に奴隷商人、向かい側に年若い女性が腰かけていた。
奴隷商人が腰を曲げて座っているのに対して、女性の方は凛としたたたずまいで姿勢よく座っている。おそらく何らかの教養があるのだろう。
「こちらが当館で扱っておりますもっとも安い奴隷でございます。黒眼黒髪というのは珍しいカラーリングですが、これまた珍しく何の才能も持っておりませんでして…ですが腐っても健康な働き盛りの男というのには間違いありません。お客様の『一番安い戦奴隷』という条件にはぴったり当てはまるかと思います」
うわー…まぁ今だからこそいいもののなんの加護もない俺だったら戦闘力は皆無だぞ…?
さらに女性を注視してみるとかなりの美人…ということではなく剣を椅子に立てかけているのが分かった。パッと見ロングソードのように思える。
「ふむ、そうだな…」
そう言って女性は立ち上がった。そしてその容姿の全貌が明らかになる。
まず目につくのが顔の端正さだ。金色の眼、形のいい鼻、艶やかな唇、…
女性の薄褐色の肌ともあいまり、全体が抗いがたいエキゾチックな魅力を放っている。髪は昏い赤色をしていた。その色はどこかエリス様を思わせる。
さらに視線を下に逸らすと、鋼鉄製と思われる鎧を胸、腰、足に装着しているのが分かった。その姿は傭兵、または冒険者と表現するとしっくりとくるだろう。
そしてこちらへと近づいてきた。なんか緊張するな…
「うーん…」
そう唸りながら俺の体をペタペタとくる。もちろん腕だけどね!
だが満足いかなかったのか不満げな顔をして俺の眼をみた。そしてさらに怪訝な顔つきになる。あぁ…こりゃダメかな…
「商人殿、黒い眼と言っていたが…どうやら赤い眼のようだぞ?」
あ…忘れてた。そういえばスキルのせいで眼の色が変わったんだった…
商人は慌てて振り返り、眼を見てそして驚愕した。
「た、たしかに数日前までは黒色だったのですが…」
声もひきつっていらっしゃる。というかジンジャーさんとかとっくに気づいてたんじゃ…
「だがしかし…おもしろいな。うん、コイツに決めた。いくら払えばいい?」
困惑した空気は女性のその一言によっておさまった。
奴隷商人も売れないよりも売れる方がいいに決まっている。
「そ、そうですね…それでは金貨三十枚でいかがでしょう?」
再び席に着いた女性は机の上にある紙を凝視している。恐らく俺のステータスでも書いてあるのだろう。たしかに迷いどころではあろうが…しかし、観念したようだ。
「…いいだろう。三十枚だな」
「ええ。きっかり三十枚でございます」
よっしゃあああ!キタコレ!てっきりむさっくるしい男の奴隷にでもなると思っていたからな…嬉しさもひとしおだ。
女性は懐から金貨袋のようなものを取り出し、三十枚数えて商人に渡した。
そしてさすがは商人。ほくほくとした顔で話を進める。
「それではこの誓約書に血判をお願いします…ヨシュア!」
奴隷商人が少年の名を呼ぶと一秒も待たずに部屋に入ってきて女性へと俺が使ったような針を差し出した。
女性は流れるようなしぐさで自らの指をチョン、と針へと押し付け、血が出た指で契約書に触れた。すると契約書は赤い光を放ち、そのあとに灰となる。
「これで契約は完了でございます。契約の解除をする際は最寄りの奴隷商館へお越しください。それでは、冒険者のあなたにご武運を…」
ああ、ありがとう、とそっけなく言って女性は立ち上がる。
「持って行っていいんだよな?いくぞ、ツジウラカナタ」
「は、はい!」
「またのご来店をお待ちしております…」
こうして俺はこの忌々しい奴隷商館からの脱出に成功したのだった。愛想尽かされないようにしないとなぁ…
第零章はこれで終わりです。お疲れ様でした!
ついにメインヒロイン登場です。




