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第2話:頭の限界、その先へ

縹がどう変わっていくのか。ぜひお楽しみください!


「……っ、これ以上どうしろってんだよ!オレは言われた通り頭使って、コースも立ち回りも必死に考えたんだぞ!?」


悔しさと苛立ちに声が震える。握りしめた縹(ヒョウ)の拳から、皮膚を突き破らんばかりの圧力が骨に伝わる。

だが、鶺鴒(セキレイ)はどこ吹く風で、ボサボサの頭をバリバリと横着に掻きむしるだけ。


「そりゃお前、『考える』のベクトルがトンチンカンなんだよ。お前がやったのはただの足し算だ。壊れかけの義翼で、優秀な奴のラインをなぞって後追いしただけ。そんなもん、考えるとは言わない」


鶺鴒は欠伸を一つ噛み殺すと、ひょいと縹の肩をすり抜け、小さな作業台の上に置いてあった粗悪な調整レンチを気やすくつまみ上げた。


「おい、そのポンコツ貸してみろ」


「ちょっ、待てよ! 勝手に触るな、それはオレの――」


「相棒、とでも言いたいのか? 可動軸は歪み、風の逃げ道は塞がり、電気伝導率に至っては断線寸前のポンコツだ。こんなおもちゃみたいな鉄くずに命預けてりゃ、そりゃ万年最下位だわな」


「っ……!」


図星を突かれ、縹はぐうの音も出ない。悔しさに唇を噛み締めることしかできなかった。


鶺鴒は作業台の端にどかと腰を下ろすと、細いドライバーとレンチを一筋の手つきで滑らせた。

カチン、と金属同士が噛み合う小気味よい音が響く。直後、縹が昨夜何時間もかけてミリ単位で調整したギヤボックスが、一瞬にしてバラバラに分解され、作業台の上に整然と並べられた。


あまりにも精密で無駄のない手つき。手元すら見ずにパーツを分解していくその動きに、縹は思わず息を呑む。


「いいか坊主。お前は『力任せに空を蹴ろう』としてるだろ。それが根本的な間違いなんだ」


「は……? 義翼なんだから、力強く羽ばたいて風を押し切るのが当たり前だろ。馬力(パワー)がなきゃ前に行かねぇ」


「燕巣(ここ)の空気を無視してんだよ、お前は」


鶺鴒は無精髭の生えた顎をジョリ、と手持ち無沙汰に撫でると、天井に向かってそびえ立つ巨大な石柱群を顎でしゃくった。


「この巨大な石切場跡は、外と違って閉ざされた箱なんだよ。巨柱が乱立し、入り組んだコースには常に『熱と不快な気圧の差』が生み出す『巻き込みの下降気流』が発生してる。……あの『スターチス』って坊主は頭が良い。だからこそ、教科書通りの完璧な最適解を計算して、一番効率的なラインを正確に走ってんだ」


「スターチスが頭良いのは知ってんだよ! あいつは風の抵抗も機体重量のバランスも、全部計算して走ってやがる!」


「そうだ。だがな、あいつの理論はあくまで『綺麗に通る風』の計算だ。危険な下降気流を避けるために、カーブの手前で安全に減速して最適な旋回角度を取ってる。……お前は頭が良いあいつの走りを真似して、劣化コピーで後を追ってただけだ。そもそも勝てるわけない」


「っ……!」


鶺鴒は削り落とした金属ギヤの微粒子をフッと息で吹き飛ばした。本来なら可動域を広げるべきジョイントの角度を狭め、あえて左右非対称に組み直す。常識外れな改修だった。


「あいつが『危険だから避ける』死のエアポケット――そこにお前が飛び込んで、落ちるエネルギーをそのまま前への推進力に変えるんだよ。風に逆らうな。気流の渦に翼を滑り込ませろ。頭が良いあいつの計算をひっくり返すのは、お前の度胸と『頭』の中に描く風のラインだ」


「危険なエリアに……落ちるエネルギーを推進力に……?」


「そうだ。……ほらよ、背負ってみろ」


鶺鴒から手渡された義翼は、見た目こそ相変わらずのツギハギだらけのガラクタだった。

だが、胸のベルトを締め、スロットルに指をかけた瞬間――縹の全身に電撃のような衝撃が走った。


(軽い……!? いや、重量自体は変わってない。なのに……っ)


重心の位置が、先ほどまでとまるで違っていた。

背中に重石を背負っている感覚が消え、まるで己の肩甲骨から直接金属の骨格が生えたかのような一体感。指先をほんの少し傾けるだけで、周囲の冷えた空気の抵抗がダイレクトに肌へ伝わってくる。


「明日の早朝、ここで試走だ。死にたくなきゃ、俺の言った『風のライン』、体に叩き込めよ」


鶺鴒はニヤリとどこか底意地の悪い笑みを浮かべると、壁にもたれかかってそのまま目を閉じた。


「……おっさん。あんた、一体何者なんだ?」


「おっさんじゃなくて鶺鴒な。通りすがりの、ただの暇人だよ」


速攻で狸寝入りを決め込む男の横顔を、縹はただ呆然と見つめることしかできなかった。


◇


翌朝、午前五時。底冷えする燕巣の採掘跡。

天井の僅かな亀裂から差し込む白む光が、石灰の塵を白く浮かび上がらせていた。


「甘い! そこじゃまだ風と喧嘩してんだよ!」


ドッ、と激しい衝撃とともに縹の体が石灰の床を転がった。


「ぐっ……あ……っ!」


全身に激痛が走る。鶺鴒の指示通り、巨大な石柱の根元にある危険な『下降気流』へと飛び込もうとしたが、恐怖でわずかに翼を開くのが早まり、そのまま風の壁に叩きつけられたのだ。


「もう一回だ。落ちる恐怖で翼を開くのが一瞬早い。気流の底まで自分から堕ちろ。風が底で持ち上げてくれる瞬間を待つんだ」


岩の上に腰掛けた鶺鴒が、冷酷なまでに淡々と煙草の灰を落としながら指示を出す。


(ふざけんな……こんなの、ただの自殺行為だろ……!)


地面が目前まで迫る恐怖。激突すれば全身の骨が砕けかねない。

恐怖で膝が震える。だが、目を閉じれば脳裏に浮かぶのは――軍の男たちに連れ去られた兄・藍の背中。そして、端正な顔立ちを彩る黒髪と、冷ややかな紫の瞳で計算し尽くされた完璧な走りをみせ、自分をいつも置き去りにしていくスターチスの姿だった。


(あいつの完璧な計算を超えなきゃ……オレは一生、このスラムで泥を舐め続けるだけじゃねぇか……!)


縹は立ち上がり、血の味がする口内から赤黒い唾を吐き捨てると、再び義翼のスロットルを強く握りしめた。


「もう一回だ……! おっさん、見てろ!!」


金属の羽ばたき音が寒空に響き、縹は再び、冷たき地下の風の中へと跳んだ。


十回、二十回。

何度も何度も岩壁に叩きつけられ、全身があざと血で染まっていく。

だが、三十回目を超えたその時――。


死の直前、地面が目前に迫る暗闇の中で、縹の肌が目に見えない『空気の大きなうねり』を捕らえた。


(……これか……っ!?)


恐怖をねじ伏せ、翼を開くのを限界の限界まで我慢する。

ガツン――ッ!


途途もない衝撃とともに、改修された義翼が下降気流の渦を完全に捉えた。

落ちていく速度が、一瞬で前進する強烈な推進力へと変換される。


地面を擦るわずか数十センチ手前で機体が美しく跳ね上がり、縹の身体は巨大な石柱の周囲を、これまで経験したこともない恐ろしい速度で旋回し始めた。


「あ……あっはは! やった……! おっさん、飛べたぞ!!」


自分の体が風とひとつになり、燕巣の空を切り裂いていく感覚。

興奮で大声をあげる縹を岩の上で見上げながら、鶺鴒は無精髭の顎をジョリと撫で、満足そうに口元をニヤリと歪めた。


「ふっ、少しは風とお友達になれたみたいじゃないか。……だがな坊主、浮かれぽんちになるな。明日の本番、スターチスを『置き去り』にする準備はこれからだ」


第1話に引き続き第2話もお読みいただきありがとうございました!

次回はいよいよリベンジマッチが始まります!

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次回もどうぞよろしくお願いします。

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