⑶ 媛の覚悟
その日、私は胸を見下され、恥ずかしい気持ちで収容室へ戻った。
どうやら私は、司令官のお相手をする必要は無いようだ。
でも司令官、酷くない?
……男の人って、大きい胸、好きだよねー。
いや、そんな事は、この際どうでもいい。
昨日、司令官は確かに言われた。
この国には何の興味も無い……と。
司令官の国にとって、何の見返りもなく、この国を支援してくれる?
そう考えると、腑に落ちない事が色々ある。アトラス国だ。
私が持つ情報を整理すると、アトラス国は壁に囲まれた国で、その内部は、東西南北の4つの国に別れ、四天王と呼ばれる4人の天王によって治められていると聞く。
では、今回ここに来ている軍の司令官は、何処の天王の配下なのだ。
そして、何よりも気になるのは、司令官単独の判断で、この国の支援を行う事等、出来るものだろうか?
損得勘定無しに、動ける大きさではない。
やはり、あの司令官には、心を許してはいけない。
あの司令官、何を企んでいる……。
・・・・・・
そして次の日、私は司令官室に呼び出された。
そこには、コノエとシノブが居た。
「二人ともー」
「媛さまー」
私はシノブと抱き合って喜んだ。
「あれ? シノブ、ちょっと太った?」
「げっ」
コノエが答えた。
「いやーここで出される食事が美味しいもので……」
「あ、そう……ヨカッタワネ」
司令官が話し始めた。
「みなさんにお集まり頂いたのは、この国の今後について、お話しがあるからです」
私たち3人に緊張が走った。
「私は媛さまに、この国の復興支援をお約束しました。しかしながら、それはあくまでも支援であって、この国の復興は、国民の手によって行って頂きたい」
私は慌てて答えた。
「はい、至極当然の事と心得ています」
「次に、国を復興させる為には、誰かがこの国を治めなければなりません。そこで媛さま、この国が復興を遂げるまで、貴女にこの国を治めて頂きたい」
司令官の話しに、私は驚いた。
「……私ですか」
「はい」
「……この国の先代、私の父は、国民を捨てて逃げ出しました。その娘である私が……国民は私を許さないでしょう」
コノエが言葉を挟んだ。
「媛様が国民の前に出たら、媛様殺されてしまう。私だって、どこまで媛様を守れるか」
しばらく沈黙が続いた。
私は国民によって、殺されるかもしれない。
しかし、この国を復興させる為には、誰かが治めなければならない。
私には、失うものなど、何もないではないか!
私は決意した。
「わかりました。既に死を覚悟した命です」
司令官は、私の目を見て言った。
「では、よろしくお願いします」
そして2人に向かって言った。
「コノエ殿とシノブ殿には、媛の護衛、及びサポートをお願いしたい」
「……わかりました」
「了解しました」
司令官の言葉に、2人は引き受けてくれた。
そして、私が統治者として前へ出る為のシナリオを綿密に練り上げた。
私は一人の長老を呼び寄せ、リハーサルを繰り返した。
この長老、元王宮に勤めていた者で、事情を説明すると快く協力してくれた。
シノブは『今後のラィンテリア国にとって、重大なお話があります。○月○日○○時、○○跡地の広場まで、お集まりください』と書いた紙を、各地域の長に送った。
この国を復興させる為、私がこの国を治めなければならない。
私は、それに値するか、それを各地域の長に見極めて頂く為である。
・・・・・・
そして、その日が来た。
各地域から、その代表としての長が集まってくれた。
彼らは貴族ではない。
王族、貴族は、この戦いで、いち早く逃げ出した為、地域の代表として来て頂いたのだ。
時間となった。
コノエが先に壇上に上がる。
続いて私が壇上へ上がり、コノエの斜め前に立った。
「おー」
驚きの声と共に、ざわめいた。
「王族は、全て逃げ出したと聞いているぞ!」
「何故、第一王女が残られたのか?」
「我々の為に、逃げずに残ったのか?」
「いや、逃げ遅れて、今頃のこのこと現れたんじゃねー」
私の耳に、色々な声が届く。
私は声を上げた。
「みなさん」
会場は静まり返った。
「ラィンテリア王国は、崩壊しました」
会場は静まり返ったままである。
「しかし、残された我々は、これからも生きていかなければなりません」
……ここで一呼吸置く。
「妻の為に、子供の為に、ご両親の為に」
パチパチパチと2~3人から拍手が上がった。
「この国は王制を廃止し、民主国家に生まれ変わりたいと思います」
ここに参加した人達の声が伝わってくる。
「……民主国?」
「……うん?」
「なんだそれ?」
一人が声をあげた。
「それは、王国と、何が違うのか?」
私は答えた。
「国として機能させる為には、誰かが治めなければなりません。それは、王が治めるのではなく、国民によって選ばれた者が、国を治めるのです」
一気にざわめき始めた。
「いーよ、そんなの」
「俺たちは俺たちで、勝手にやらせてもらう」
「好き勝手にやらせてもらう」
ここまでの反応、想定内である。
そこで長老の出番である。
あらかじめ長老を、壇上前に配置しておいた。
予定通り長老が発言した。
「媛様にお尋ね申す!」
会場は静まり返った。
「それは……この国が民主国家となる事は……アトラス国からの言いつけか?」
会場に緊張が走った。
その問いに対して、私は首を縦にも横にも振らない。
つまり、肯定も否定もしない事が、このシナリオである。
しばらくすると一人が声を上げた。
「まあ、アトラス国からの言い付けじゃ、しかたねー」
彼もまた、こちらで仕込んだ協力者である。
「しかたねー」
「そーだ、しかたねー」
よし、会場の空気が、シナリオ通りに進んでいる。
しかし、ここで予想外の発言者が現れた。
「ちょっと待ってくれー、アトラス国の狙いって、なんだぁ?」
会場が一気にざわついた。
「今、アトラス国の恩情によって、食べ物も、医療も、助けて頂いている。しかし、敵国が何の見返りもなしに支援する等考えられない。彼らは我々を、生かさず殺さず、それは働かす為だ。彼らはこの国の国民をアトラス国の為に働かせ、搾取する為だ! 民主国家の樹立等、国民の不満に対するはけ口を作ろうとしているだけだ!」
まずい、空気が一気に変わった。
この発言、簡単にかわせない。どうする。
その時、私に向けて一本の矢が放たれた。
すかさずコノエが私の盾となり、矢を受けた。
私はそれに対してその場を動かず、怯む事なく、毅然とした態度を貫いた。
会場は、騒然とした空気につつまれた。
矢を放った者は、すぐさま周りに取り押さえられた。
コノエは、矢を無理やり抜き取り、剣を杖代わりにして、私の斜め前に立った。
私は叫んだ。
「ここにお集まりの皆さんの中には、この国を捨てて逃亡した王、そしてその王女たるこの私に対して、許せないとお考えの方、大勢おられると思います」
これは、先ほどの発言に対する、話のすり替えである。
不測の事態に備えて、矢を引く人間、取り押さえる人間を用意していた。
当然矢は切っ先を持たず、血糊が仕込まれている。
コノエには刺さったように見せる芝居を組んだ。
「この国を復興させる為には、誰かが指揮をとらなければなりません。私は既に死を覚悟しております。この私を八つ裂きにするなり、火あぶりにするなり、皆様の気が済むようお受けしましょう。ですが、ただ、この国が復興をとげるまで、この命を使わせていただけないでしょうか。そして復興をとげるまで、皆さまのお力、この私に預けて頂けないでしょうか」
沈黙が続いた。
そしてパチパチパチといった拍手がわいた。
そしてその拍手は、会場の全てをつつんでいった。
・・・・・・
今日、集まって頂いた方々には申し訳ないが、茶番劇は成功した。
これで私は、国民の前に出て、この国の復興に尽力出来る。
私とシノブとコノエは、落城した城での生活が許された。
そして、アトラス軍から30人ほど、この城へ常駐する事となった。
ラィンテリア国民の動向監視と私の護衛。
それと、私の後ろにアトラス軍がいる事を示すのが目的との事だ。
・・・・・・
現在ラィンテリアは、アトラス国の支配下にある。
町のまわりに簡易的なフェンスが張られ、国民はそこから出る事が許されない。
時折、東側の遠くから、大きな地鳴りのような音が響いてくる。
国民は噂している。この国の外では、まだ戦争は続いているのだ……と。
食料等の生活必需品は、毎日アトラス国から支給される。
しかし国民から不安の声があがった。
「俺たちは何も働かず、アトラス国に食わせてもらっている」
「こんな生活、いつまでも続く訳がない」
「アトラス国は何を考えているんだ」
やがて国民は、破損した家を直し、荒れた畑を耕し始めた。
しかしその行為は、アトラス軍によって取り押さえられた。
私は司令官へ抗議する為、アトラス軍基地へ行った。
「何故です、何故国民が働こうとする事を止められるのです!」
「私は貴女に、この国の復興支援をお約束しました。我々の支援をお受けする以上、我々の指示に従って頂きたい」
「その……指示とは……アトラス国は我々に、何をさせるお考えです」
「農業です。復興の見返りとして、収穫した農作物のそのほとんどを、アトラスへ納めて頂く」
私は震えながら伝えた。
「数年前から、この国の土壌は痩せ細り、十分な収穫が得られない状況です。国民の口にまわすだけでも、ままならないのが現状です!」
「ええ、ですから収穫量を上げて頂く。そうですね、今までの年間収穫量の300倍の量を、今後生産して頂く」
何の冗談かと思った。
しかし、司令官の顔に、ふざけた表情は無かった。
私は目の前の視界が歪み、立ち眩みを覚えた。
・・・・・・
あいかわらず東側の遠くから、地鳴りのような音が響いてくる。
私は、まだ知らなかった。
町に張られたフェンスの遠く東側に、巨大な農場が今、造られている事を。
次回:敵襲




