⑵ 見返り
目を覚ますと、そこはアトラス軍の収容室だった。
意識を失うように眠ってしまったようだ。
そう、たしか私は……。
私は飛び起きた。
寝ている場合ではない。
食べ物が無く、飢えに苦しんでいる子供達がいる。
この戦争での多くの負傷者。
きちんとした治療等、受けられる筈もない。
今この瞬間にも、息を引き取っていく国民がいるに違いない。
治安は乱れ、多くの女、子供は、同じ国民によって蹂躙されているのではないだろうか?
早く、一刻も早く、あの方のお力におすがりしなければ。
私の命をお納め頂く事で、救済のご慈悲をお願いせねば。
ただ待っていてはいけない。
私は司令官を訪ねる事にした。
収容室の扉を叩いた。
「司令官様へのお目通りを願います」
返事がない。
扉のノブに手をかけたら扉が開いた。
私は監禁されていると思っていたが、この部屋にはカギも掛かっておらず、見張りの者もいなかった。
私は叫んだ。
「すみません。この軍の司令官様にお目通り願いたい」
一人の男性が駆け付けた。
そして胸ポケットから板のような物を取り出し、その板の表面をなぞるような操作をして、その板を耳にあてて話し始めた。
「あっ、司令官でしょうか。クレア殿が司令官にお目通り願いたいとの事です……はい。了解しました」
そしてその男性は、私を司令官のいる部屋まで案内した。
部屋の前まで来ると、扉の横にある小さな枠に手を触れて、その枠に向かって話しかけた。
「クレア殿をお連れしました」
部屋の扉が開いた。
中から「どうぞ」という司令官の声がした。
「それでは、私は失礼します」と言って、男はその場を立ち去った。
私は、恐る恐る部屋の中へ進んでいった。
見た事のない物が沢山ある。
司令官は大きな板の前に立って、手元で操作しながら私に話しかけた。
「どのようなご用向きでしょう」
私は懇願するように言った。
「お願いです。一刻も早く、私の命をお納め下さい。そして一刻も早く、ラィンテリアの国民に向けて、救済のご慈悲をお約束下さい」
「昨日、貴女は私に命を差し出すと言われました。一晩経った今でも、それは変わりませんか?」
「はい、国民の命が救えるのでしたら、喜んで」
「では、ここで契約しましょう。あなたは戦争責任者として私に命を差し出す。その見返りに、私はこの国の復興を支援しましょう。その事をお約束します」
私は、その言葉を聞いて涙が溢れ出た。そして恥かしくも泣き崩れながら
「では、では、一刻も早く、国民への救済を……」
「それなら既に進めています」
私は、その大きな板の前に呼ばれた。
……こっ、これは……魔法の鏡か?
その板には、町のようすが映し出されている。
けが人は大きな部屋に運び込まれ、見た事もないベッドに寝かされていた。
ベッドの横には瓶のような物が吊るされ、そこからロープのような物が伸びて布団の中に入っている。
医者らしき人が慌ただしく動き、その指示に従ってベッドを移動している。
別の画面では、広場で子供達が並んでいる。
その先頭ではカゴに入れられた食べ物が配られ、子供達は嬉しそうに食べている。
私はそれを見て、溢れる涙を抑える事が出来なかった。
「さて、こんなディスプレイで見ていても心配でしょうから、実際に見に行きましょう」
私は、彼らと同じ軍服を着せられ、ヘルメットと呼ばれる兜を被り、目にマスクのようなものを付けられた。
そのマスクは耳に引っかけ、鼻によって固定される。
磨かれた黒い金属ような物で目隠しされるが、その金属を通して、その先を見る事が出来る。
このマスクは、サングラスと呼ぶようだ。
サングラスを付ける目的は、私の顔を隠す為。
私の存在、今ここにいる事、まだ公表する時ではないとの事だ。
そして2人の護衛と供に、私と司令官は街中を確認した。
この軍服を着ているだけで、みんなはよけて歩いてくれる。
広場に着いた。
簡易的な机と椅子が並べられ、そこに座って多くの国民が食事している。
その食事はアトラス軍の兵士によって配られ、それをもらう為1列に並んでいる。
司令官が言った。
「どうですか、丁度お昼ですから、我々も一緒にここで食事をとりましょう」
私は驚いた。
「……はい」
すると司令官は、並んでいる列の最後尾についた。
なんという事だ、軍の司令官が敗戦国の国民と共に同じものを食す。
それも最後尾に並んで。
並ぶ事5分ぐらいだろうか、私達の番が回って来た。
最初に御盆を受け取る。
次に大きな器に盛られた白い粒のようなもの。その上に大量のソースをかけてくれた。
そして野菜が盛られた器と水の入ったコップを受け取り、最後にスプーンとフォークをもらってテーブルに着いた。
「では、頂きます」
司令官がそう言うと、護衛の2人も同じ言葉を復唱し、食べ始めた。
宮廷料理を当たり前に食してきた私にとって、実に粗末な食事である。
私は常日頃、いかに贅沢を当たり前としてきたか、改めて思い知らされた。
私はスプーンに乗せたものを口に運んだ時、私の手が止まった。
な、なんだこの味は、今まで食べて来た何処の宮廷料理にも無い味だ……これは美味しい。
すると、司令官が手を挙げて料理長を呼んだ。
「司令官、お疲れ様です」
「ああ、お疲れ様。このカレーライスだけど、ちょっとスパイスが効き過ぎていると思う。この味に、ここの国民は慣れていないと思うから、もう少しスパイスを抑えられないかなぁ」
「はい、申し訳ありません。勉強不足でした。善処致します」
「ああ、よろしく」
料理長は頭を下げて調理場へ戻っていった。
護衛の男が言った。
「そうですよねー、初めてカレーを食べる人にとって、この味は驚きますよねー」
もう一人の男が言った。
「きっと料理長、ここの皆さんに喜んでもらおうと、張り切っちゃったんじゃないの?」
この食事を頂きながら、私は思った。
人が生きていく上で、上を見れば、きりがない。
しかしその一方で、これ以上は必要ないというレベルがある。
そのレベルとは、意外と低い所にあるのかもしれない。
一通り街中を回り、手厚く救済されている事、治安が乱れていない事が確認出来た。
私は基地に戻り、司令官に訊ねた。
「私は、どのように司令官様のお相手をいたしたら良いでしょう」
すると司令官は、私の胸を見て言った。
「そんな躰で、何を言ってるんです」
私の目から、ハイライトが消えた。
これは司令官、いけません!
クレア媛はまだ17才。
これからです……たぶん。
次回:媛の覚悟




