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⑴ 王国の崩壊

 今から、およそ1万年前、地球上のあるところで巨大な地殻変動が起こり、断層の亀裂によって広大な大地を垂直に押し上げました。


 その大地は、数百メートルにも及ぶ段差によって周囲の地と接している為、外部の人間はその地を訪れる事が出来ません。

 周りの地に住む人たちは、そのそびえたつ大地を仰ぎみて、『天空の大陸』と呼びました。


 押し上げられた大地には、数百人の人間が居ました。

 彼らは、その地から降りる事が出来ない為、そこで生きていくしかなかったのです。


 幸いその大地には森林があり、野生動物が生息していました。

 また、森林から流れる小川、それが辿り着く湖があり、そこに魚なども生息していました。

 そして、空を飛ぶ事の出来る鳥等は、その地を自由に訪れる事が出来ます。


 彼らはその地で子を産み、育てました。

 閉じた世界で男女が交わり、子を産む。

 その血は、少しずつ濃くなっていきました。


 ・・・・・・


 それから1万年が経ち、現在、西暦1200年。

 天空の大陸から遠く離れた欧州のあるところで、ひとつの王国が崩壊の危機に直面していました。


◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇


「お父様!」

 国王である父に向かって、私(クレア)は叫んだ。

「国民を見捨てて、お逃げになられるのですか!」


「クレア、この国はもう終わりだ! おまえも早く準備しなさい!」

「あなた! 急いで!」

 王妃である母が父を急かす。


 父は頭に被っていた王冠を玉座の上に置いた。

 そして、父、母、私の弟と側近は、王の広間から逃げるように出て行った。


 この状況において、国王である父は王位を捨て、この城、この国を後にした。

 何故、このような事になってしまったのか。


 ここ数年続く飢饉によって本来の収穫が見込めず、食料事情がひっ迫していた。

 人間は食べなければ生きていけない。


 生きる為に戦わなければならない。

 今年で貯蔵した食料が底を付く。

 来年になれば戦う体力も無い。


 しかし今なら戦える。

 王の決断によって、この国の東側にある『アトラス国』へ兵を送った。

 いわゆる侵略戦争である。


 アトラス国は、国全体を囲む巨大な壁によって守られている。

 その防壁に頼り、軍を備えていないとの情報から、侵略出来ると考えたようだ。


 しかし、実は違っていた。

 アトラス国は、軍を必要としないほど強力な魔術師の集団を備えていたのだ。

 今、この城のまわりはアトラス軍の反撃によって、魔術師が操る巨大モンスターに囲まれている。

 騎馬隊300、槍隊200、弓隊300を残していたのだが、我軍の攻撃は、まったく歯がたたない。


 私は落城を悟った。

 敗戦国の媛である私の身に、これから起こる事を知っている。

 押し寄せるアトラス軍の兵士によって、凌辱されるだろう。

 しかし、ここから逃げ出す訳にはいかない。


 国王が逃亡した今、私はこの国の統治者として、国民の前で処刑される。

 それによって、国民は新たな統治者のもと、命を繋ぐ事が出来る。

 それが、王家の媛として生まれた私の使命。


 私は、王の広間の窓から、魔術師の操るモンスターを見ていた。

 初めて見る黄色いモンスター、あれはゴーレムだろうか。

 地面を這うように進み、前面に構えた巨大な腕によって、我が軍の防衛線をことごとく蹴散らしていく。


 あのゴーレムは巨大な一本腕を振り回し、また、あのゴーレムは巨大なハサミによって防壁を粉砕している。

 まったく愚かな父上よ、このような巨大モンスターを操る魔術師を相手に兵を送るとは。


「媛さま!」

 振り向くと、私の側付きのシノブだった。

 シノブは私と同じ年で、今年17になる女性である。

 身の回りの世話を行う一方、私の護衛、及び、私を支えるよう育てられてきた。


「まだ居たのですか、早くお逃げなさい」

「私の命は、媛さまと一緒です」

「……なんという、愚かな」


「愚か者なら、もう1人いますぜ」

 そう言って王の広間に入って来たのは、王宮護衛隊長のコノエだった。

 コノエは私より7歳年上の男性で、軍とは独立した護衛隊としての任務に就いている。


「私の部下達は、王の護衛に就くよう命令し、王と一緒に逃げてもらいました。だから残っているのは私だけです」

「な、なんという事を……」

「まあ、この国の最後を見届けるという事で、媛を先に逝かせはしません」


 『ドカーン』という音が、王の広間に鳴り響いた。

 私は、城の正門が破られた事を察し、ゆっくりと玉座に座った。


 やがて王の広間の扉が破られ、敵の兵士が6人入って来た。

 ……兵士? なんという身軽な恰好だ。剣ではなく、長い筒のような物を持っている。


 コノエが剣を抜いた。

 シノブが陰で短刀の柄に手をかける。

 敵の兵士は身を引いて、その筒で身構えた。


 私は慌てて敵の兵士に叫んだ。

「おやめ下さい」

 しばし緊張が走った。


 続けて私が伝えた。

「私たちに抵抗の意思はありません」


 一人の兵士が筒の先を上げ、私の前へ進んで言った。

「あなたは?」

「私はこの国の全権を預かる者です」

 そう言って、先ほど父が玉座に置いた王冠を被った。


 するとその兵士は、少し大きな声で独り言を言い始めた。

「要人、確認しました。抵抗の意思はありません……はい……はい……了解しました」


 そして彼は私に言った。

「私はこの隊の隊長を務める者です。では、ご同行下さい」


 彼が近づくとコノエが私の前に立ち、剣を握りしめて私の盾になった。

 私は激しい口調で言った。

「コノエ、おやめなさい!」

「しかし媛様」


「剣を降ろしなさい。これは命令です……私からの……最初で……最後の……命令です……ですから……お願い……剣を降ろして……」


 私はひざまずき、願いを述べた。

「どうかこの2人には、危害を加えませぬよう、伏してお願い致します」

「媛さま!」

 シノブが泣き崩れた……それは私を守る為の演技のようだ。

 コノエが、ようやく剣を収めた。


 隊長が、それに応えた。

「了解しました。このお2人を収容室へ」

 敵の兵士はコノエから武器を預かり、二人を連行した。


 連れていかれるさなか、シノブはまぶたの動きで私に伝えた。

 『ヒメサマ・カナラズ・オタスケシマス』


「さて、媛様。あなたには司令官室までご同行頂きますが、その前に武器の所持等ないよう、身体検査をさせて頂きます」


 男の兵士が3人、私を囲った。

 私は覚悟した。

 服をはぎ取られ裸にされ、この男たちに弄ばれる事を……。

 しかしその程度の辱め、これから起こる事に比べれば、なんという事はない。


「両腕をお上げ下さい」

 私は正面に立つ兵士を睨み付けながら、言われるまま両腕を上げた。


 すると3人の兵士は、何やら短い棒を私の体に近づけ、私の体の周りを回っている。

「OKです」

 なんだ? 何もされなかった。


 私は尋ねた。

「その棒は、何ですか?」

 隊長が答えた。

「これは、金属探知機です」

「……キンゾクタンチキ?」


「はい。剣などをお持ちしていないか、確認させて頂きました」

「……はい」

「では、ご同行下さい」


 私は彼らによってアトラス国の基地に連れていかれた。

 彼らはこの国内で、既に大きな建物を組み立てている。

 基地の内部には100人くらいの兵士が滞在しているようだ。


 この『ラィンテリア王国』が、たかだか100人程度の敵に落とされるとは、やはりこのアトラス国、恐るべき相手であった。


 しかし、ここの兵士達、甲冑を身に付けている者は1人もいない。

 被っているのはオレンジ色の軽そうな兜。あんな物で頭部を守る事が出来るのか?

 身に付けている物と言えば薄い灰色の服。これは戦闘服というより作業着ではないか。


 基地内を歩いていくと、そこに先ほどの黄色いモンスターが、おとなしく並んでいる。

 私は、再び訊ねた。

「あれは、何というモンスターでしょう?」

 隊長が答えた。

「あぁ、あれはブルドーザーと言う建設用重機です。その隣にあるのはパワーショベルと言います」

「ケンセツヨウジュウキ?」

 ……なんだろう、まったく理解が追い付かない。


 そして、私を連れた兵士達と共に、基地内の建物に入った。

 見た事の無い物が、沢山置かれている。

 私は、アトラス軍司令官の前へ連れて行かれた。


 始めて見るアトラス軍の長……なんだろう、この違和感は……軍人とは思えない。

 スラリとした身体。穏やかな表情。

 年齢は、おそらく若い。

 20代か? 30代か? だが髪は白髪だ。それが年齢を読めなくしている。


 その司令官は、私に向かって言った。

「あなたの国、ラィンテリア王国は崩壊しました」

「はい、理解しております」


「私の国に対して、侵略行為に至った理由をお聞かせ下さい」

 私は下を向き、何も答えられなかった。

 しばらくして、司令官は私に言った。

「あなたがこの国の全権を持つ者と聞きました。ラィンテリア王家での、あなたの続柄を教えて下さい」

「私は、先代ラィンテリア国王の第一王女です」


「この国の王が先ほど逃亡された情報は入っています。あなたはつい先ほど王位を継承し、この国の全権を継がれたのですね」

「……はい」


「あなたの王位及び全権をはく奪します。この方を解放しなさい」

 私は、あっけにとられた。

 そして司令官は言われた。

「私の目的は、私の国を侵略しようとする国の武力を剥ぐ事です」


 私は驚いて司令官に訊ねた。

「あなた様は、何をなさるおつもりですか」

「ただちに退却します」


 私は慌ててしがみついた。

「お待ち下さい。この国を統治する者がいなくなった今、あなた様がおられなくなれば、残されたこの国の国民は、明日からどのように生きていけば良いのでしょう。食料の流通は止まり、治安は乱れ、この国に住む女、子供は、同じ国民によって蹂躙されてしまうでしょう。どうか、この国の国民をお救い下さい」


「戦争をしかけてきたのはあなたの国です。そしてこの国の王は国民を捨てて逃亡した」

「はい、そのとおりです。身勝手なお願い、重々承知しております。私はどのようになってもかまいません。どうか私を処刑する事で、新しい統治者として、あなた様がこの国をお治め下さい」


「私の国は、この国に対して何の興味もありません。あなたをここで処刑して、どのような利益があるのですか」


 私は唇をかんだ。そう、今の私には何も無い。何も無いのだ。

 私は手を握り締めて言った。

「私の命を差し出します。この先の生涯、その全てにおいて」


 しばし沈黙が続いた。

 そして司令官が話し出した。

「あなたは命を差し出すと言われた」

「はい」

「では、その命、私が貰い受けましょう」

「……はい」


「この方を、収容室にお連れしなさい」

「はっ」


 そして私は収容室に案内された。

 その部屋は、ベッドとトイレが用意されていた。

 私はベッドで横になり、流れる涙を抑えながらさまざまな事を考えていた。


 私を解放すると言っていたが、ここに泊めた。

 それは、私の願いを聞き入れてくれたという事なのだろうか? 


 そんな事を考えている内に、私は深い眠りに陥ってしまった。

 私は一昨日から、一睡も出来なかった。


 その時の私は、何も知らなかった。アトラス国が目論む本当の目的。

 そして、その時の私の判断が、この国の将来を大きく変えていく事を……。


12世紀の欧州に、21世紀の文明を持つアトラス国。

彼らは21世紀から、国ごとタイムリープしてきた訳ではなく、

21世紀と繋ぐGATEがある訳でもなく、

また、彼らは宇宙人でもありません。

彼らは壁に囲まれた国の中で、いったい何を企てているのでしょう。

謎は少しずつ明かされていきます。


次回:見返り

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