⑴ 王国の崩壊
今から、およそ1万年前、地球上のあるところで巨大な地殻変動が起こり、断層の亀裂によって広大な大地を垂直に押し上げました。
その大地は、数百メートルにも及ぶ段差によって周囲の地と接している為、外部の人間はその地を訪れる事が出来ません。
周りの地に住む人たちは、そのそびえたつ大地を仰ぎみて、『天空の大陸』と呼びました。
押し上げられた大地には、数百人の人間が居ました。
彼らは、その地から降りる事が出来ない為、そこで生きていくしかなかったのです。
幸いその大地には森林があり、野生動物が生息していました。
また、森林から流れる小川、それが辿り着く湖があり、そこに魚なども生息していました。
そして、空を飛ぶ事の出来る鳥等は、その地を自由に訪れる事が出来ます。
彼らはその地で子を産み、育てました。
閉じた世界で男女が交わり、子を産む。
その血は、少しずつ濃くなっていきました。
・・・・・・
それから1万年が経ち、現在、西暦1200年。
天空の大陸から遠く離れた欧州のあるところで、ひとつの王国が崩壊の危機に直面していました。
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「お父様!」
国王である父に向かって、私は叫んだ。
「国民を見捨てて、お逃げになられるのですか!」
「クレア、この国はもう終わりだ! おまえも早く準備しなさい!」
「あなた! 急いで!」
王妃である母が父を急かす。
父は頭に被っていた王冠を玉座の上に置いた。
そして、父、母、私の弟と側近は、王の広間から逃げるように出て行った。
この状況において、国王である父は王位を捨て、この城、この国を後にした。
何故、このような事になってしまったのか。
ここ数年続く飢饉によって本来の収穫が見込めず、食料事情がひっ迫していた。
人間は食べなければ生きていけない。
生きる為に戦わなければならない。
今年で貯蔵した食料が底を付く。
来年になれば戦う体力も無い。
しかし今なら戦える。
王の決断によって、この国の東側にある『アトラス国』へ兵を送った。
いわゆる侵略戦争である。
アトラス国は、国全体を囲む巨大な壁によって守られている。
その防壁に頼り、軍を備えていないとの情報から、侵略出来ると考えたようだ。
しかし、実は違っていた。
アトラス国は、軍を必要としないほど強力な魔術師の集団を備えていたのだ。
今、この城のまわりはアトラス軍の反撃によって、魔術師が操る巨大モンスターに囲まれている。
騎馬隊300、槍隊200、弓隊300を残していたのだが、我軍の攻撃は、まったく歯がたたない。
私は落城を悟った。
敗戦国の媛である私の身に、これから起こる事を知っている。
押し寄せるアトラス軍の兵士によって、凌辱されるだろう。
しかし、ここから逃げ出す訳にはいかない。
国王が逃亡した今、私はこの国の統治者として、国民の前で処刑される。
それによって、国民は新たな統治者のもと、命を繋ぐ事が出来る。
それが、王家の媛として生まれた私の使命。
私は、王の広間の窓から、魔術師の操るモンスターを見ていた。
初めて見る黄色いモンスター、あれはゴーレムだろうか。
地面を這うように進み、前面に構えた巨大な腕によって、我が軍の防衛線をことごとく蹴散らしていく。
あのゴーレムは巨大な一本腕を振り回し、また、あのゴーレムは巨大なハサミによって防壁を粉砕している。
まったく愚かな父上よ、このような巨大モンスターを操る魔術師を相手に兵を送るとは。
「媛さま!」
振り向くと、私の側付きのシノブだった。
シノブは私と同じ年で、今年17になる女性である。
身の回りの世話を行う一方、私の護衛、及び、私を支えるよう育てられてきた。
「まだ居たのですか、早くお逃げなさい」
「私の命は、媛さまと一緒です」
「……なんという、愚かな」
「愚か者なら、もう1人いますぜ」
そう言って王の広間に入って来たのは、王宮護衛隊長のコノエだった。
コノエは私より7歳年上の男性で、軍とは独立した護衛隊としての任務に就いている。
「私の部下達は、王の護衛に就くよう命令し、王と一緒に逃げてもらいました。だから残っているのは私だけです」
「な、なんという事を……」
「まあ、この国の最後を見届けるという事で、媛を先に逝かせはしません」
『ドカーン』という音が、王の広間に鳴り響いた。
私は、城の正門が破られた事を察し、ゆっくりと玉座に座った。
やがて王の広間の扉が破られ、敵の兵士が6人入って来た。
……兵士? なんという身軽な恰好だ。剣ではなく、長い筒のような物を持っている。
コノエが剣を抜いた。
シノブが陰で短刀の柄に手をかける。
敵の兵士は身を引いて、その筒で身構えた。
私は慌てて敵の兵士に叫んだ。
「おやめ下さい」
しばし緊張が走った。
続けて私が伝えた。
「私たちに抵抗の意思はありません」
一人の兵士が筒の先を上げ、私の前へ進んで言った。
「あなたは?」
「私はこの国の全権を預かる者です」
そう言って、先ほど父が玉座に置いた王冠を被った。
するとその兵士は、少し大きな声で独り言を言い始めた。
「要人、確認しました。抵抗の意思はありません……はい……はい……了解しました」
そして彼は私に言った。
「私はこの隊の隊長を務める者です。では、ご同行下さい」
彼が近づくとコノエが私の前に立ち、剣を握りしめて私の盾になった。
私は激しい口調で言った。
「コノエ、おやめなさい!」
「しかし媛様」
「剣を降ろしなさい。これは命令です……私からの……最初で……最後の……命令です……ですから……お願い……剣を降ろして……」
私はひざまずき、願いを述べた。
「どうかこの2人には、危害を加えませぬよう、伏してお願い致します」
「媛さま!」
シノブが泣き崩れた……それは私を守る為の演技のようだ。
コノエが、ようやく剣を収めた。
隊長が、それに応えた。
「了解しました。このお2人を収容室へ」
敵の兵士はコノエから武器を預かり、二人を連行した。
連れていかれるさなか、シノブはまぶたの動きで私に伝えた。
『ヒメサマ・カナラズ・オタスケシマス』
「さて、媛様。あなたには司令官室までご同行頂きますが、その前に武器の所持等ないよう、身体検査をさせて頂きます」
男の兵士が3人、私を囲った。
私は覚悟した。
服をはぎ取られ裸にされ、この男たちに弄ばれる事を……。
しかしその程度の辱め、これから起こる事に比べれば、なんという事はない。
「両腕をお上げ下さい」
私は正面に立つ兵士を睨み付けながら、言われるまま両腕を上げた。
すると3人の兵士は、何やら短い棒を私の体に近づけ、私の体の周りを回っている。
「OKです」
なんだ? 何もされなかった。
私は尋ねた。
「その棒は、何ですか?」
隊長が答えた。
「これは、金属探知機です」
「……キンゾクタンチキ?」
「はい。剣などをお持ちしていないか、確認させて頂きました」
「……はい」
「では、ご同行下さい」
私は彼らによってアトラス国の基地に連れていかれた。
彼らはこの国内で、既に大きな建物を組み立てている。
基地の内部には100人くらいの兵士が滞在しているようだ。
この『ラィンテリア王国』が、たかだか100人程度の敵に落とされるとは、やはりこのアトラス国、恐るべき相手であった。
しかし、ここの兵士達、甲冑を身に付けている者は1人もいない。
被っているのはオレンジ色の軽そうな兜。あんな物で頭部を守る事が出来るのか?
身に付けている物と言えば薄い灰色の服。これは戦闘服というより作業着ではないか。
基地内を歩いていくと、そこに先ほどの黄色いモンスターが、おとなしく並んでいる。
私は、再び訊ねた。
「あれは、何というモンスターでしょう?」
隊長が答えた。
「あぁ、あれはブルドーザーと言う建設用重機です。その隣にあるのはパワーショベルと言います」
「ケンセツヨウジュウキ?」
……なんだろう、まったく理解が追い付かない。
そして、私を連れた兵士達と共に、基地内の建物に入った。
見た事の無い物が、沢山置かれている。
私は、アトラス軍司令官の前へ連れて行かれた。
始めて見るアトラス軍の長……なんだろう、この違和感は……軍人とは思えない。
スラリとした身体。穏やかな表情。
年齢は、おそらく若い。
20代か? 30代か? だが髪は白髪だ。それが年齢を読めなくしている。
その司令官は、私に向かって言った。
「あなたの国、ラィンテリア王国は崩壊しました」
「はい、理解しております」
「私の国に対して、侵略行為に至った理由をお聞かせ下さい」
私は下を向き、何も答えられなかった。
しばらくして、司令官は私に言った。
「あなたがこの国の全権を持つ者と聞きました。ラィンテリア王家での、あなたの続柄を教えて下さい」
「私は、先代ラィンテリア国王の第一王女です」
「この国の王が先ほど逃亡された情報は入っています。あなたはつい先ほど王位を継承し、この国の全権を継がれたのですね」
「……はい」
「あなたの王位及び全権をはく奪します。この方を解放しなさい」
私は、あっけにとられた。
そして司令官は言われた。
「私の目的は、私の国を侵略しようとする国の武力を剥ぐ事です」
私は驚いて司令官に訊ねた。
「あなた様は、何をなさるおつもりですか」
「ただちに退却します」
私は慌ててしがみついた。
「お待ち下さい。この国を統治する者がいなくなった今、あなた様がおられなくなれば、残されたこの国の国民は、明日からどのように生きていけば良いのでしょう。食料の流通は止まり、治安は乱れ、この国に住む女、子供は、同じ国民によって蹂躙されてしまうでしょう。どうか、この国の国民をお救い下さい」
「戦争をしかけてきたのはあなたの国です。そしてこの国の王は国民を捨てて逃亡した」
「はい、そのとおりです。身勝手なお願い、重々承知しております。私はどのようになってもかまいません。どうか私を処刑する事で、新しい統治者として、あなた様がこの国をお治め下さい」
「私の国は、この国に対して何の興味もありません。あなたをここで処刑して、どのような利益があるのですか」
私は唇をかんだ。そう、今の私には何も無い。何も無いのだ。
私は手を握り締めて言った。
「私の命を差し出します。この先の生涯、その全てにおいて」
しばし沈黙が続いた。
そして司令官が話し出した。
「あなたは命を差し出すと言われた」
「はい」
「では、その命、私が貰い受けましょう」
「……はい」
「この方を、収容室にお連れしなさい」
「はっ」
そして私は収容室に案内された。
その部屋は、ベッドとトイレが用意されていた。
私はベッドで横になり、流れる涙を抑えながらさまざまな事を考えていた。
私を解放すると言っていたが、ここに泊めた。
それは、私の願いを聞き入れてくれたという事なのだろうか?
そんな事を考えている内に、私は深い眠りに陥ってしまった。
私は一昨日から、一睡も出来なかった。
その時の私は、何も知らなかった。アトラス国が目論む本当の目的。
そして、その時の私の判断が、この国の将来を大きく変えていく事を……。
12世紀の欧州に、21世紀の文明を持つアトラス国。
彼らは21世紀から、国ごとタイムリープしてきた訳ではなく、
21世紀と繋ぐGATEがある訳でもなく、
また、彼らは宇宙人でもありません。
彼らは壁に囲まれた国の中で、いったい何を企てているのでしょう。
謎は少しずつ明かされていきます。
次回:見返り




