⑶ ラプラスの悪魔
タクシーに乗ってホテルへ着いた。
広々としたエントランス。
ホテルとは、泊まる所と聞いていたので宿屋を想像していたが、とんでもない所だ。
玄関で、ユキがチェックインという手続きをしている。
その後エレベーターで最上階へ行き、私達が泊まる部屋へ案内され、部屋へ入った。
ベッドルーム、リビングルーム、バス、トイレ、広々としている。
また全体として、非常にシンプルで、きらびやかさが無い。
おかげで非常に落ち着く。
今回の見学旅行は、最終日の2日前までここへ3人で泊まり、最終日前日はユキの部屋へ招待してくれるとの事、それはそれで楽しみである。
このホテルを見学しようとの事で、荷物を置いて1階へ降りた。
ふわふわの床を歩いて先へ進む。
いたる所に、装飾品が置かれている。これはこれで面白い。
広い庭園に出た。良く手入れされた庭だ。しばらくホテルの庭を散策した。
陽が沈むと、庭にライトが照らされた。
暗い背景の前に緑の木々、これもまた美しいものだ。
庭を一回りした後、ホテルのレストランという食堂に入った。
静かな雰囲気の中、ピアノという楽器で演奏している。
やはりこの国は、雰囲気というものを大切にしているようだ。
ユキは、コースという料理を注文してくれた。
食事が運ばれてきた。
盛り付けが美しい。食事そのものに対して芸術性を感じる。
食べてしまうのが、もったいないぐらいだ。
ただ、上品ではあるが、少し量として物足りなさを感じる。
食した皿が下げられた。
すると次の皿が運ばれて来た。
なんと、あれで終わりではなかったのか。
私の国ではテーブル一杯に食べ物を並べ、客人に振舞う。
この国は、広いテーブルに一皿だけ置かれ、それを食べ終えると次の皿を持ってくる。
その為、テーブルの上がすっきりしている。
そして食べる直前に用意されたものだから温かい。
なるほど、これがこの国の高級料理のあり方なのか。
以前、アトラス基地の食堂で定食とやらを食した時、こんなに美味しい物があったのかと思わされたが、やはりこの高級料理はひと味違う。
だが、どちらが好みかというと、甲乙つけがたいが……この国の高級料理を体験する事が出来た。良い勉強となった。
食事を終え、私達の泊まる部屋へ戻った。
この26階建てのホテル。その最上階、地上120mの高さから、アトラスの首都を見た。
様々な色の光が輝いている。
まさに、宝石を散らしたようだ。
ユキが言った。
「高層ビルは、1台のエレベーターが各階に停まる訳にはいきませんので、低層用、中層用、高層用と別れて、沢山のエレベーターが用意されています」
「ほう」
「よって、技術的には100階以上のビルを建てる事も可能のようですが、ビルを高くしていくと、ビル全体の床面積に対して、エレベータースペースの締める割合が大きくなってしまう為、合理的には28階までが良いとされているようです」
「なるほど」
私は理解したように応えた。
そして、ユキが明日の予定を提案した。
「明日、私が来年度入学予定の大学が学祭なのですが、行ってみませんか」
「ガクサイ?」
「大学のお祭りです」
「それは楽しそうですね、行きましょう……で、ユキは来年度、大学へ行くの?」
「ええ、私は高校からの推薦で内定を頂きました」
「スイセン?」
「普通、大学へ入る為には入学試験を受けて、合格しないと入れないのです」
……そうか、ラィンテリアでは、先着順としていた。そういった選別の仕方もあるのか。
しかし試験って、何を試験すればいいんだ?
どうも私の国は、文化の流れがジャンプしているようだ。
この国に来ての初日、興奮して眠れないと思っていたが、疲れていたのだろう、爆睡してしまった。
いや、この寝具が悪い、このふわふわは、反則だろー
そして次の日の朝食は、ホテルのバイキングとやらを体験した。
昨日の夕食とは正反対で、セルフサービスとの事。
様々な食べ物が並べられ、好きなものを、好きなだけ取って席に着く。
これはこれで楽しいではないか。
シノブは、昨日の夕食よりも喜んでいる。
ただ、食べ終えた皿を大量に重ねているというのは、レディとして、いかがなものでしょうか……シノブさ~ん。
朝食を終えて、ユキが入学するという大学へタクシーで向かった。
大学に着いて校門をみると、アトラス大学と書かれている。
校門を通ると、パンフレットが配られていて、そこには学祭で行われる様々な催しが載っていた。
しばらく歩くと広場に出た。
様々なお店が出ている。
ヤキソバ、お好み焼き、たこ焼き……ラィンテリアでの収穫祭を思い出す。
子供達が並んでいる。
ああ、なんか懐かしい。
今年も必ず収穫祭が開けるように、作物が育ってほしいと願った。
そして、大学クラブからの出し物や、研究室からの公開実験等を見てまわった。
パンフレットを見ていると、公開授業というのがあった。
この大学の学生でなくても、この大学の授業を受ける事が出来る。
その中で、経済学の授業が目にとまった。
昨日、これからは、国を守るのは経済力だ。等と思った事から、目にとまったのだろう。
さっそく、この授業を受けたいとユキに伝え、その教室に向かった。
教室は階段状で、教壇から徐々に高くなっている。
なるほど、これなら前の人の頭が邪魔にならない。
まだ教室は空いていた。
前の方の席に着き、授業が始まるのを待っていた。
次第に席は埋まりはじめ、授業が始まる時間になると一杯になった。
受講する人達を見ると、半分が高校生のようだ。この大学を目指しているのだろう。
そして、後の半分は、年配の方が多いように見える。
講演の題目を見ると、『ラプラスの悪魔』と書かれていた……なんだろう。
先生の肩書は、アトラス大学・経済学部教授と書かれている。
時間になり、先生が来られた。
年齢は40代のように見受けられる。
マイクを持って、授業が始まった。
「はい、皆さんこんにちは、私の教室へようこそ」
そんな挨拶から授業は始まった。
「本来、経済学の授業を行うべきなのでしょうが、今日は少し軌道を離れて、『ラプラスの悪魔』についてのお話しをしたいと思います」
まあ、いきなり専門的な話をされても解らないから、そういった配慮からだろう。
「皆さん、小学校、中学校、高校で、歴史を学んできたと思いますが、歴史を学ぶ意味って何でしょう」
私は以前、私の先生に同じ質問をした事がある。
『読み、書き、計算は、生きていく為に必要ですが、歴史を学ぶ意味って、あるのですか?』
先生は答えた。
『私達が今、生きていけるのは、過去の偉人のお陰です。その偉人を称えなければいけません。そして我こそも過去の偉人を見習い、未来を切り開いて行かなければならないのです』
私は納得した。
私も過去の偉人を見習い、成さねばならないと。
私にとって、これが歴史を学ぶ意味である……この国では……違うのか?
経済学の先生の話が続いた。
「歴史を学んで、何かいいこと、あるんですか? 歴史って、過去の事ですよね。終わった事、済んだ事を学んで、何か良いこと、あるんですか?」
1人の生徒が手を挙げた。
「はい、どうぞ」
「過去に起きた過ちを知り、同じ過ちを繰り返さない為に、歴史を学ぶ必要があると思います」
「はい、すばらしい回答です。私なら100点あげます」
教室から、どっと笑いが出た。
「では、歴史の教科書には、過ちや失敗した事だけを記せば良くありませんか? しかし教科書を見ると、何処で何をした……とか、何処で何が起きた……とか、そんな終わった事を学んで、何になるのでしょう?」
教室が少しざわついた。
数人の生徒が手を挙げた。
「はい、どうぞ」
生徒は一人ずつ、自分が歴史を学ぶ意味を語る。
この授業、非常に活気があって、とても良い感じだ。
学校とは、こうあるべきだ。
手を挙げた生徒全員に、自分の考えを述べてもらったところで、先生は話を続けた。
「歴史を学ぶ意味は沢山あります。先ほどの生徒さんが言われたように、過ちを繰り返さない為。また、時代背景を照らし合わせて、何故このような事が起きてしまったのか考察する……色々ありますが、今日は別の角度から、歴史を学ぶ事の重要性を考えてみましょう」
教室が静まり返った。
「終わった事、過ぎてしまった事よりも、私達が知りたいのは未来ではないでしょうか」
……まあ、そりゃそうだ。
「ラプラスという数学者がいます。彼によると、過去から現在まで、全ての情報を手に入れる事が出来れば、正確な未来を見る事が出来る」
……なるほど、歴史の捉え方として、そのような考え方があるのか。
「しかし実際は、最近の素粒子の研究で、原因による結果は一義的に決定される訳ではない事がわかってきましたので、確実な未来を見る事は出来ないようです。しかしながら、過去から現在を知る事で、大体の未来は予測出来るのです。そんな事を考えながら、これからも歴史の勉強に励んで下さい。経済学を学び活用する上で未来を予測する。それはとても重要な事です」
拍手と共に、公開授業は終わった。
なるほど、ラィンテリア大学にも、色々な学部を作らなければいけない。私は強く感じた。
……しかし『未来を知る事』。
その時の私は、あまり深く考えていなかった。
次回:ユキの想い




