⑵ アトラス国
次の日、ユキは車で迎いに来てくれた。
「おはようございます」
「よろしくお願いします」
ユキは、笑って訊いた。
「昨日は、きちんと眠れましたか?」
「いやー」
「ハハハハ」
私とシノブは笑って答えた。
「では、出発しましょう」
車でステーションまで移動した。
その建物に入ると、内部は見違えるほど綺麗になっていた。
そう、ここで私は、司令官の正体を知ってしまった。
それからは、ここへは来ていない。
ユキが魔法の扉の前でボタンを押すと扉が開いた。
あれ? 以前はカードをかざしていた。
これなら、誰でも魔法の扉に入る事が出来てしまうではないか。
扉の奥の部屋は、なんか前より綺麗な感じがする。
ユキが教えてくれた。
これはエレベーターという機械で、別の階へ行く為の乗り物との事。
……なんと、魔法の扉ではなかったのか。
そして私達は、下の階へ向かうとの事だ。
扉の奥の部屋に入りユキがボタンを押すと、扉が閉じると同時に『プシュー』と音が鳴った。
ユキは下を向いて恥かしそうに言った。
「気にしないで下さい。このステーション設計者のご趣味と言いますか……宇宙船のエアハッチが閉じる時の効果音とか……」
「はあ?」
「これからシャトルに乗られるかたに向けて、気持ちを盛り上げて頂く為とかなんとか……」
「……はあ」
そして、再び『プシュー』という音と共に扉が開いた。
シノブが呟いた。
「カッコいい」
エレベーターの開いた扉の向こうは、以前ここへ来た時の洞窟のような通路とはまるで違う。
何なんだここは、壁も天井も、ツルツルでピカピカで、広々としている。
少し歩くと、巨大な講堂内部のような所へ出た。
「すごい!」
再びシノブが言葉を漏らした。
そこに、大型のバスを繋げたような乗り物が埋まった状態で停まっている。
白を基調とした艶やかな車体。
ユキの案内で、そこに乗り込んだ。
二人掛けの席が、左右にずらりと並んでいる。
その真ん中が通路で、この作りはバスと同じだが、バスよりゆったりしている。
「現在このシャトルは、データー取りの為の試運転中との事ですので、乗客は私達だけです」
「なんと、贅沢な」
私とシノブは、真ん中の席に並んで座った。
するとユキは、その前の席を回し、向かい合わせに座った。
ユキは、座席のひじ掛けの中から、小さなテーブルを出して、お茶とお弁当を渡してくれた。
「2時間ほどで着きますので、それまで、ゆっくりと食事しましょう」
私は移動しながらの食事等、ありえないと思っていた。
「では、そろそろ、出発しますよ」
「はい」
私達を乗せたシャトルとやらは、ゆっくりと走り出した。
進んでいるのは解る。しかし、まったく揺れがない。
確かにこれなら、快適に食事が出来る。
シャトルは、暗闇に入った。車内は明るいのだが、窓の外は真っ暗で、時折光るモノが、ものすごい速さで近づき、遠ざかっていく。
食事をしながら、ユキは、これからの予定を話してくれた。
「アトラスの駅に着いたら、地上へ出て、オープンカフェへ行きましょう」
「オープンカフェ?」
「屋外でくつろげる、茶店です」
「はい」
「目的は、路上を歩く人達の装いを観察して下さい」
「観察?」
「そのあと、服を選びに行きましょう。購入して着替えましょう」
「なるほど。了解した」
「それから○○へ行って○○して……」
ユキの話は、アトラス駅に着くまで続いた。
・・・・・・
やがて、アトラス駅に着いた。
シャトルから降りてエレベーターに乗り、地上階に向かった。
そして、その建物から出ると、そこは別世界だった。
なんという人の数だ。まるで、お祭りのようだ。
幅の広い道に沢山の車が走っている。
その左右に幅の広い歩道。
そして歩道に面して高い建物が並び、その地上階が店になっている。
……すごい。これがアトラス国。
私達は、オープンカフェなる店に入り、路上に用意されたテーブルに座った。
ユキが、飲み物を買ってきてくれた。
これは、コーヒーという苦味のある飲み物を冷たくしたもので、その上にソフトクリームが乗せられ、チョコレートとビスケットを細かく砕いたものを振りかけたものとの事だ。
苦味と甘みと香ばしさの、なんとも不思議な味だが、こんなに美味しい飲み物……これは反則である。
それを、ストローという筒で吸いながら、また細長いスプーンですくいながら食べる。
巨大な傘による日陰の中、外の空気、穏やかな風、この開放感、最高に気持ちがいい。
ラィンテリアにも露店の飲食店はあるが、何が違うのだろう。この違いを見つけたい。
シノブが言った。
「ああ、もう、帰りたくない」
次に、歩道を歩くアトラスの一般国民を観察した。
鮮やかな色合いで動きやすい服装。
そして、様々なデザインがある事に気付いた。
皆、ピンと背筋を伸ばして、さっそうと歩いている。
そんな女性達の姿に、格好良さを感じた。
ラィンテリアと何が違うのだ。
ユキが話し掛けて来た。
「どうでしょう、そろそろ服を買いに行きませんか」
「いや、どうしたものか、どんな服を選べば良いか、解らなくなってしまった」
「では、お店の方に相談して選んでもらいましょう」
「そう、それがいい」
という事で、ユキに連れられて婦人服の専門店に入った。
透明な壁のお店で、沢山の服が並んでいる。
みんなカラフルで、見ているだけでも楽しい。
ユキが婦人服の店員さんに、話をしている。
「このお2人に合ったカジュアルな服を、それぞれご紹介下さい」
「かしこまりました」
そして、私とシノブは、色々な服を着させてもらった。
だいたい今までは、与えられた服を着るだけだった。
与えられた服は、それなりに手の込んだ服ではあったが、このように沢山の服の中から選ぶような事は初めてである。
服装選びというのが、こんなに楽しいものだとは知らなかった。
色々な服を着させてもらい、鏡を見る。
私もシノブも、大はしゃぎである。
服が決まり、その服を着て店を出た。
次に、ホテルという泊まる所へ、タクシーという車に乗って行くとの事だ。
私はこの街並みを散策しながら、ホテルまで歩いて行きたいと言ったのだが、歩いて行くには少し遠いようだ。
タクシー乗り場を目指して歩いていくと、大きな音を鳴らしながら走って来る車があった。
ユキに聞いた。
「あれは何ですか」
「あれは、緊急車両です」
「緊急車両?」
「あのサイレンが聞こえたら、一般車は、道を譲る決まりとなっています」
「ほう」
「緊急車両には主に3種類あって、火災の現場に駆け付け消火及び救助を行う消防車。けが人、病人を病院へ搬送する救急車。事故を納めるパトカーです」
「なるほど、急を要する車なのですね」
「今通ったのは消防車です。火災現場、近いようですね、行ってみましょうか」
「はい」
私達は、その現場へ向かった。
「車の上に赤いライトが点滅しているのが緊急車両です。赤い車が消防車、白い車が救急車、白と黒がパトカーです」
「全部来ているのですね」
「火災の場合、消火の為の消防車、病院に搬送する救急車、交通整理の為に、パトカーも出動します」
「なるほど」
私達は火災現場へ着いた。
7階建てのビルの最上階の窓から炎が出ている。
こんなの、どうやって消すんだ。
消防車の両脇から足のような物が出て、消防車が地面に固定された。
すると、ハシゴのようなものが伸びて、7階の窓まで届き水を噴射した。
オレンジ色の服を着た人が窓から入り、逃げ遅れた人を救助した。
しかし、救助した人を救急車に乗せたが、なかなか動かない。
すると消防車が目の前の公園へ移動し、芝生に水をまき始めた。
「何やってるんですか?」
「あードクターヘリを呼んだようですね」
「ドクターヘリ?」
「通常、救急車で近くの病院へ搬送するのですが、重症の場合、中央病院へ搬送します。そこまで距離がある場合はヘリで搬送します。あ、既に呼んでいたようですね、来ました」
バリバリバリと音を立ててヘリが飛んで来た。
消防車が水をまいた芝生の上に着陸し、その負傷者を乗せて飛び立っていった。
そう、これがこの国の当たり前なのだ。
1人の命を救う為、大勢の人が出向き、大勢の人が協力し、必要であれば、航空機まで使って搬送する。
それが、特別な事ではない。この国にとっては、当たり前の事なのだ。
私は以前、私の先生から教わった。
1人の人間の命は、国よりも重い。
心では解るが、頭では受け入れられなかった。
たった1人の人間を救えない者が、国全体を救えるか!
等と言う人がいるが、現実は逆である。
1人の人間に捕らわれる者は、国全体を救う事は出来ない。
時として、国全体を救う為、少数の人間を犠牲にする事も出来なければならない。
そう、それが私の辿り着いた感覚だった。
しかしこの国は違う。
国全体も救う。個人も救う。
これは経済力があって、初めて出来る事。
そう、これからは、国を守るのは軍事力ではない、経済力だ。
その時の私は、単純にそう思った。
次回:ラプラスの悪魔




