⑴ 入学に向けて
私が居た奴隷市場は、僅かな食事で命を繋ぐ所だった。
しかし、買って頂けるご主人様が現れなければ、この奴隷市場からも捨てられてしまう。
ここを出たら、生きていけない事を知っている。
私は、自分を買って頂けるご主人様が現れるのを待ち続けた。
しかし、私は病気になり、体は痩せて体力も失ってしまった。
こんな体では、私を買って頂けるご主人様など、いないと感じた。
そして、捨てられてしまう日が、来てしまった。
私は、怖かった。
必死になって、オリにしがみついた。
しかし、私の体力は尽きてしまい、意識を失ってしまったようだ。
ところが、意識が回復すると、そこは別世界だった。
私は誰かに買って頂き、ここへ連れて来られたようだ。
その方が、自分の上着で私を包み、私を抱きかかえて運んでくれた。
もうろうとした意識の中で、断片的ではあるが、その方の横顔が記憶にある。
しかし、その方が誰なのか、解らない。
そして、ここが何処なのか……。
私はここで、病気の治療と、体力回復の為のトレーニングをして頂き、健康な体を取り戻す事が出来た。
そして私に、ユキという名前を付けて頂いた。
この私を買って頂き、ここへ連れて来て頂いたご主人様に、私は心から感謝している。
しかし、何故私に、このような事をされているのか……。
・・・・・・
私に与えられた部屋に、1人の女性が現れた。
年齢は、40代前半だろうか。上品な感じを受けた。
「初めまして。本日より、私はユキ様の教育を担当させて頂く事になりました」
「……初めまして」
「今年の9月から、ユキ様は学校へ入学して頂きます」
「……学校ってなんですか」
「ユキ様と同じ年齢の人と、一緒に勉強する所です。入学まで、あと6ヶ月しかありません。学校での勉強に付いていけるよう、私が指導致します。ユキ様は現在10歳ですので、編入するクラスは小学校5年生となります」
「……あの、質問しても良いでしょうか」
「はい、なんでしょう」
「あの、何故皆さん、私の名前を呼ぶ時、ユキ様と、さまをつけるのでしょう」
「それは、あなたが特別な人だからです」
「特別な?」
「はい、ですが……そうですね、今後学校に通われる際、支障があるといけませんので、これからは、ユキさんとお呼びする事にしましょう」
「……はい」
それから私は、勉強を始める事となった。
先生は、5年生としてクラスに編入し、やっていけるよう、必要最低限の内容を指導してくれた。
文字の読み書き、そして、足し算、引き算、掛け算、割り算。
私は今まで、学校に通った事がない。
その事がクラスメイトに気付かれないよう、この6ヶ月間で整えるとのこと。
・・・・・・
私は、必死になって勉強した。
そしてこの6ヶ月間で、そこそこの学力を身に付ける事が出来た。
先生は厳しい指導等しなかった。
ただ私は、1つの事を目的に、一生懸命勉強した。
小学校編入の1週間前、先生は私に伝えた。
「この6ヶ月間の特別学習、お疲れ様でした。正直申し上げますと、これほど成長なされるとは思っていませんでした。しかしユキさんは、これからも学ばなければならない事が沢山あります。これからは、学校の先生と新しい専任教師の方から多くの事を学んで下さい」
「私は、先生からもっと色々な事を学びたいです」
「教師には、色々な専門分野があります。学習の遅れた子を普通のレベルまで持ち上げる事を専門とする教師。普通のレベルの子を、優秀なレベルに持ち上げる事を専門とする教師。私は前者です。今後のユキさんには後者の専任教師が担当します。今後とも頑張って下さい」
「……はい」
「それでは、私はこれで失礼します」
「先生、今まで本当に、ありがとうございました」
私は、深く頭を下げた。
そして専任教師は、笑顔で立ち去った。
・・・・・・
そして次の日、新しい女性が現れた。
年齢は30代前半だろうか。
しなやかな感じを受けた。
「初めまして。私は本日よりユキさんの指南役をおおせつかりました」
「はい。よろしくお願いいたします」
「では、今後のユキさんの生活環境ですが、この施設の外になりますので移転させて頂きます」
「……ここを出るのですか?」
「はい、ユキさんが学校に通われる為、今後は通常の社会で過して頂きます。ここでの荷物は後から送らせます。では、早速出発しましょう」
「……はい」
私は、指南役と名乗る女性の後を付いて歩いた。
この施設の中、ほんの一部しか行った事がない。
しばらく歩くと、エントランスという所に着いた。
そこには、車という乗り物が停めてあり、その乗り物に乗って、この施設を後にした。
私にとって、初めて見る施設の外の世界であった。
「ここは、今まで私が住んでいた世界と違います」
「おどろかれましたか、以前ユキさんが生きていた場所とはだいぶ離れていますが、同じ時間にいます」
「信じられません。あの施設自体、別世界の建物のように感じていましたが、町全体が別世界のように見えます」
「この国は、四天王様が創られました」
「四天王様?」
「この国は、東西南北、4つの国に分かれています。4つの国にそれぞれ1人ずつ天王様がおられ、この国を治めています。遠く、あそこに高い塔が見えますよね。あの塔が、この国の中心です。あの塔の最上階に4人の天王様が住まわれています。天王様は、我々にはない、超越した能力を持っているとの事です。それによって、このような都市が実現出来たとのことです」
「四天王様は、人間ではなく、神様なのですか?」
「いえ、人間であるとの事です。超越した能力とは、科学力の事です」
「科学力?」
「科学につきましては、改めてお話し致します」
「はい、お願いします……あの、この国では、戦争に怯えるような事はないのですか」
「3年ほど前、この国は、南に位置するステイン王国から侵略行為を受けましたが、都市に入る間もなく、国境付近で追い払いました」
「3年前……どのくらいの方が亡くなられたのでしょうか?」
「こちらも、相手側も、死者は1人も出していません」
「……信じられない戦争です」
「はい、私も初めて体験しました」
「この国は、何から何まで、私の理解の外にあります」
「ええ、ですから、色々な事を学びましょう」
「はい」
「そろそろ着きますよ、ユキさんの新居に」
それは、大きな円柱型の塔であった。
建物は7階建てで、私の部屋は最上階に用意されていた。
その部屋は3LDKの広さで、バス、トイレ、洗面所、キッチン等、備わっていた。
「ユキさんに、これをお渡しします」
それは、1枚のカードのようなものだった。
カードには、私の顔写真が映し出され、番号と名前が記されていた。
「このカードは、ユキさんの身元を保証するもので、認証カードと呼びます。そこに記された番号は、ユキさんに割り与えられた番号で、IDコードと言います。とても大切な番号ですので必ず記憶して下さい」
「はい」
「この国では、全ての人がこのカードを持ち、このカードで生活しています。このカードは生体認証によって、本人しか使う事が出来ません。このカードの初期設定は私が行いましたが、今後はユキさんしか使う事が出来ません」
私は、このカードを手にした時、自分が初めてこの国の国民になれたような気持ちになり、こみあげてくるものがあった。
指南役の女性は、説明を続けた。
「この国に貨幣はありません。買い物の支払いや注文等、全てこのカードで行います。そのほか、建物への入出、及び、この部屋のカギになっています。それと、このカードは、通信機能を持っていますので、私との連絡が可能です」
「あの、どのような操作で先生と連絡できるのでしょうか?」
「私の連絡先、等の情報は、既に入っています。操作方法は、そのカードに『?』マークをなぞる事でマニュアルが参照されます。他にも、色々な機能がありますので、ご自分でお調べ下さい」
「了解しました」
「ユキさんは、これから自己管理の元で、ここで生活しなければなりません。何かありましたら、そのカードで私にご連絡下さい」
「わかりました。よろしくお願い致します」
「このマンションの1階は、レストランと食料品を扱うスーパーが入っていますので、食事はレストランを利用するか、食材を購入してキッチンで料理するのも良いでしょう。料理の作り方等もこのカードで調べられます。衣類については、このカードで注文する事も出来ますが、近くにデパートがありますので、そこで買い物すると良いでしょう」
「何か、このような世界、夢の中でも、見た事ありません」
「学校への入学は9月3日からです。それまでは、この建物及び外の街を散策して、この社会に慣れて下さい」
「わかりました。色々と、ありがとうございます」
「では、何かありましたら、ご連絡下さい」
「はい。今後ともご教授頂けますよう、よろしくお願い致します」
先生は帰られた。
『まずは自分で色々試して下さい』と、先生は言われた。
今までの先生は、色々な事を教えてくれた。
しかし今度の先生からは、自発的に学ばなければいけない。
そのように感じた。
私を取り巻く環境が、目まぐるしく変わっていく。
しかし私は、必死に付いて行くと心に誓った。
この私を買って頂き、ここへ連れて来て頂いたあの方に、いつかお会いする為に。
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