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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第2話 選ばなかったもの Part3 選択のあと

 食堂は、いつもより少し混んでいた。

 入口の上にある表示板には、空席率と待ち時間、それから各メニューの推奨度が並んでいる。

《本日の推奨》

《鯖の香草焼き定食》

《午後の集中力維持に適しています》

《選択者満足度予測 九十パーセント》

 悠真は表示を一度見てから、券売端末へ進んだ。

 鯖の香草焼き定食は、すでに受け取り口の近くまで列が伸びている。

 一方、麺類の列は短かった。

 悠真は少し迷い、鯖を選んだ。

 午後は相川市の資料を確認しなければならない。

 集中力が続くなら、その方がいい。

 注文を確定すると、空席案内が表示された。

《窓側四人席》

《相席予定 一名》

 案内された席には、まだ誰もいなかった。

 悠真は窓側に座り、料理が運ばれてくるのを待つ。

 数分後、鯖の香草焼き定食が自動配膳台に載って届いた。

《面談終了》

《岸本遥が食堂へ移動中です》

 共有設定されたチーム予定からの通知だった。

 悠真は画面を閉じた。

 ほどなくして、岸本が食堂へ入ってきた。

 入口の表示板を見上げ、少しだけ首を傾げる。

 そのまま麺類の列へ向かった。

「本当に麺にしたんだ」

 席へ来た岸本に声を掛ける。

 岸本はトレーを置いた。

 温かい蕎麦だった。

「有言実行です」

「推奨を外したかっただけじゃないのか?」

「それもあります」

「あるんだ」

「少しだけ」

 岸本は向かいの席に座った。

「面談は?」

「終わりました」

「今度は何分?」

「十八分です」

「短くなったな」

「改善傾向ですね」

 岸本は箸を割り、蕎麦を一口食べた。

「どうだった?」

「特に問題はないそうです」

「なら良かったじゃないか」

「はい」

 岸本はそう答えたが、すぐには次の言葉を続けなかった。

 悠真は魚の身をほぐしながら待った。

「ただ」

 岸本が言う。

「来月、もう一度配置提案を出す可能性があるみたいです」

「今回断ったのに?」

「今回の意思は尊重するそうです」

「じゃあ、何でまた」

「適性そのものが消えたわけではないから、と」

「なるほど」

 悠真は頷いた。

 確かに、一度断ったからといって、将来の選択肢まで消す必要はない。

「その時また考えればいいんじゃないか?」

「私もそう思います」

「だったら問題ないだろ」

「そうなんですけどね」

 岸本は蕎麦を持ち上げたまま、少しだけ笑った。

「断ったのに、話が終わった感じがしないんですよ」

 悠真は箸を止めた。

「終わってないからじゃないか?」

「そう言われると、その通りなんですよね」

「異動する可能性は残ってるんだろ」

「あります」

「じゃあ、会社としては定期的に確認するだろ」

「ですよね」

 岸本は納得したように頷いた。

 その表情に深刻さはなかった。

 不満というほどでもない。

 ただ、言葉にしにくいものを一度口に出してみたかっただけなのかもしれない。

「でも、相川は最後までやるんだろ?」

 悠真が尋ねる。

「そのつもりです」

「なら、今はそれでいいじゃないか」

「佐伯さん、今日はずっとそれ言ってますね」

「何を?」

「今はそれでいい、って」

「間違ってる?」

「間違ってないです」

 岸本は笑った。

「便利な言葉だなと思って」

 悠真は返事をせず、味噌汁を飲んだ。

 そのとき、食堂の天井から短い案内音が流れた。

《混雑緩和のため、食後の滞在時間短縮にご協力ください》

《現在の平均滞在時間 二十三分》

《推奨滞在時間 二十分》

 周囲の何人かが、何気なく時計を確認した。

 急いで立ち上がる者はいない。

 会話を止める者もいない。

 ただ、食堂全体の動きがほんの少しだけ速くなった。

 岸本も端末を見た。

「あと七分です」

「別に出なくてもいいだろ」

「分かってます」

「蕎麦、伸びるぞ」

「それは困ります」

 岸本は少し速いペースで食べ始めた。

 悠真も残りの魚を口へ運ぶ。

 悠真は食事を終え、トレーを返却口へ運んだ。

 端末には、昼食の記録が自動で反映されていた。

《食事選択 推奨一致》

《午後の体調予測 良好》

 その下に、岸本との相席記録が表示される。

《チーム内交流 実施》

《職場安定度への寄与を確認しました》

 悠真は一瞬だけ画面を見つめた。

「行きます?」

 返却口の先で、岸本が待っていた。

「ああ」

 二人は並んで食堂を出た。

     *

 午後一時。

 悠真は相川市案件の資料を開いた。

 昨日届いた住民意見の集計と、設備更新後の生活予測。

 数値はどれも良好だった。

《電力使用効率 十四・八パーセント改善》

《年間維持費 九・二パーセント削減》

《住民満足度予測 八十九パーセント》

《生活行動変化予測 許容範囲内》

 最後の項目だけ、悠真の目が止まった。

 詳細を開く。

《設備更新に伴い、推奨生活時間帯を一部変更》

《対象世帯 四百八十二》

《変更受諾予測 九十六・一パーセント》

《非受諾世帯への個別最適化を実施》

 内容自体は理解できた。

 新しい設備へ切り替えるなら、電力需要が集中しないよう、家事や入浴の推奨時間を調整する必要がある。

 従わない家庭には、それぞれ別の運用方法を提案する。

 無理に生活を変えさせるわけではない。

 悠真は次の資料へ進もうとした。

 だが、画面の端に小さな注記があることに気付いた。

《非受諾理由は生活傾向分析へ反映されます》

 今朝、家庭用端末で見た言葉と似ていた。

 陽菜は友達との約束を優先した。

 岸本は今の仕事を続けることを選んだ。

 相川市の住民は、入浴や家事の時間を変えないことを選ぶかもしれない。

 どれも、選ぶことはできる。

 ただ、選ばなかった理由が残る。

 悠真は注記を閉じた。

 分析のためには必要なのだろう。

 理由が分からなければ、次の提案を良くすることもできない。

 それだけのことだった。

 資料確認を再開すると、画面上部に進捗表示が現れた。

《確認効率 九十七パーセント》

《集中状態 良好》

 昼食の推奨は、正しかったらしい。

 悠真は少しだけ笑い、次のページを開いた。


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