第27話 研究報告 Part2 比較する人
《無作為非介入群》
悠真はその言葉を見た。
下に説明がある。
《研究対象者の一部について、予測結果を行政支援へ使用せず、通常の行政サービスのみを継続した》
《対象者への通常サービスは制限しない》
《緊急対応が必要となった場合は研究群設定を解除する》
「非介入って、本当に何もしないって意味じゃないんだな」
悠真が呟く。
通常の健康相談。
失業時の手続き。
住宅相談。
本人から申請した支援。
それらは受けられる。
違うのは、
予測を使って先に支援候補を出すかどうか。
それだけだった。
《群設定》
《予測支援群》
《予測結果に基づく早期支援候補を提示》
《比較群》
《予測結果を行政支援に使用しない》
《通常サービスは継続》
さらに、
《本人への研究参加説明 実施》
《研究参加辞退 可能》
とある。
悠真は次へ進む。
《割付方法》
《対象条件を満たす住民を無作為に二群へ割付》
《研究担当者は群設定後に対象者を確認》
「ちゃんと分けてる」
岸本が戻ってきて言った。
「聞いてたのか」
「独り言大きいですよ」
「仕事は?」
「終わりました」
岸本は椅子に座らず、悠真の後ろから画面を見る。
「無作為なんですね」
「ああ」
「なら、やっぱり比べやすい」
「研究としてはな」
「何か気になる?」
悠真は結果表を開いた。
《重大事象発生率》
二つの群。
数字。
差。
支援を先に出した群の方が低い。
「これだけ見たら分かりやすい」
悠真が言う。
「ですよね」
「予測を使った方が減った」
「うん」
「だから導入した」
「自然じゃないですか」
「自然だよ」
岸本が少し笑う。
「じゃあ何です?」
悠真は画面の下にある、
《追加解析》
を開いた。
《支援利用状況別》
《提示後利用》
《提示後非利用》
《比較群》
三つに分かれる。
「これ」
「断った人?」
「そう」
支援候補を提示された。
でも利用しなかった。
その人たち。
数字を見る。
主要な重大事象の一部では、
《提示後非利用》
が、
《比較群》
よりわずかに低い。
「使ってないのに?」
岸本が言った。
「差は小さい」
「でも低い」
「項目による」
表の注記。
《支援非利用群においても、提示行為による本人行動変化が生じた可能性を除外できない》
岸本が読む。
「案内されただけで何か変えた?」
「かもしれないって」
「相談は受けなかったけど、生活見直したとか」
「それもあるだろうな」
《例》
《就労相談 非利用》
《本人による勤務先への相談 確認》
《住居支援 非利用》
《自主的転居 確認》
《健康相談 非利用》
《自己判断による受診 確認》
支援を利用していない。
でも、提示をきっかけに本人が別の行動を取った可能性がある。
「それでも介入ですよね」
岸本が言う。
悠真が見る。
「何が?」
「支援を使わせなくても、知らせた時点で」
「まあ」
「比較群には知らせてない」
「ああ」
「じゃあ、支援を使った効果だけじゃないんですね」
「予測を知らせた効果も混ざる」
「なるほど」
悠真は研究報告の結論へ戻る。
《早期支援候補提示を含む予測活用は、重大事象発生率の低下と関連した》
支援利用だけ、とは書いていない。
《予測活用》
そこまで含めた言葉だった。
「ちゃんと書いてある」
悠真が言う。
「何が?」
「支援利用の効果じゃなくて、予測活用って」
「研究者は分かってた?」
「だろうな」
岸本は自席へ戻ろうとして、また止まる。
「でも、いいんじゃないですか?」
「何が」
「知らせただけで本人が良い方に動いたなら」
「悪いとは言ってない」
「またそれ」
「何だよ」
「最近、否定してないのにずっと確認してる」
悠真は岸本を見る。
「仕事だからな」
「さっき担当終わってましたよ」
「……戻れ」
「はいはい」
岸本は笑いながら戻っていった。
*
十五時二分。
悠真は研究報告の別添資料を開いた。
《事後検証》
研究終了後の追跡だった。
《予測支援群》
《比較群》
重大事象が減った。
ここまでは同じ。
その次。
《予測精度評価》
予測が高リスクと判定した人のうち、
実際に重大事象が発生した割合。
予測が低リスクと判定した人のうち、
重大事象が発生しなかった割合。
一般的な検証だった。
ただし注記がある。
《予測支援群については、支援介入により将来状態が変化した可能性があるため、非介入時の予測精度を直接評価できない》
悠真はその一文で止まった。
もう一度読む。
予測では、
問題が起きる可能性が高い。
だから支援した。
支援した結果、
問題が起きなかった。
では、
最初の予測は当たっていたのか。
外れていたのか。
結果だけでは分からない。
「岸本」
悠真が呼ぶ。
「はい?」
「これどう思う?」
「また?」
「いいから」
岸本が椅子ごと少し寄る。
悠真が注記を指す。
岸本は読む。
少し黙る。
「……確かに」
「だろ」
「助けたら、予測が当たったか分からなくなる」
「助けた、かは研究では言ってない」
「細かい」
「でもそういうこと」
岸本は表を見る。
「比較群がいるから分かるんじゃないですか?」
「全体ではな」
「個人は?」
悠真が言う。
「この人が、本当に何か起きる人だったかは分からない」
「起きなかったから?」
「ああ」
「でも、同じような人をたくさん比べれば」
「群としては評価できる」
「ならいいんじゃないですか?」
悠真は少し考える。
「研究ならな」
「行政だと違う?」
「一人に出す時は、一人だろ」
岸本が画面を見る。
「でも行政って、統計で制度決めるものじゃないですか」
「そうだけど」
「予防接種とか」
「急に例がでかいな」
「健診でもいいです」
「まあ」
「全員が病気になるわけじゃない。でも早めに見つけた方が全体ではいい」
「似てるな」
「じゃあ何が違うんです?」
悠真は答えなかった。
自分でも、はっきりとは分からなかった。
違うのかもしれない。
同じなのかもしれない。
画面には研究者の注記が続いている。
《個別対象者について、介入がなかった場合の反実仮想を観察することはできない》
《そのため、本研究では個人単位の予測成否ではなく、群単位の発生率差を主要評価項目とした》
「反実仮想」
岸本が言う。
「言葉難しいですね」
「もし何もしなかったら、ってことだろ」
「見られない未来」
「ああ」
予測した未来。
実際に起きた未来。
支援がなかった未来。
三つは同じではない。
実際に観察できるのは、一つだけ。
「でもそれ、普通じゃないですか?」
岸本が言った。
「何が」
「人生って一回しかないし」
悠真は少し笑った。
「急にでかいな」
「佐伯さんが難しい顔してるから」
「してない」
「してます」
岸本は自席へ戻った。
悠真は画面を閉じなかった。
*
十五時二十九分。
別添には、制度導入時の評価会議記録も残っていた。
《予防型生活支援実証》
《評価会議要旨》
参加者名は非表示。
所属だけが並ぶ。
《行政》
《医療》
《福祉》
《統計》
《法務》
《情報工学》
議題。
《予測支援群で重大事象が減少した結果を、予測モデルの妥当性として評価できるか》
悠真は開いた。
最初の意見。
《重大事象が減少したことは、予測活用政策の有効性を支持する》
次。
《ただし、介入対象個人について予測が正しかったことを証明するものではない》
次。
《支援によって結果が回避された場合、予測値と観測結果の単純比較は不適切》
次。
《一方、予測を使用しない比較群との発生率差は政策評価に利用可能》
議論は割れていない。
むしろ整理されている。
個人の予測が当たったか。
制度として効果があったか。
最初から別々に扱っていた。
その下。
《論点》
《個別予測の検証可能性》
《政策効果の検証可能性》
《予測を利用したことで生じる行動変化》
《長期的なモデル更新への影響》
最後の項目を開く。
《予測結果が本人・行政の行動を変化させる場合、観測される社会状態そのものがモデル利用によって変化する》
悠真は読む。
《この変化を誤差として除外するのではなく、運用後データとして次期モデルに反映する》
「……反映するのか」
小さく声が出た。
支援する。
人が行動を変える。
重大事象が減る。
変わった生活が記録される。
その記録を、次の予測に使う。
《モデル更新方針》
《運用下で観測された生活行動を学習データとして利用》
《本人選択による行動変化を除外しない》
《行政支援後の生活状態を除外しない》
ただし、
《介入有無を識別可能な形で保持する》
とも書かれている。
支援後のデータを、そのまま支援前と同じものとして扱っているわけではない。
区別はしている。
それでも使う。
「そりゃ使うか」
悠真は言った。
実際の社会で起きたことだから。
次のページ。
《研究総括》
《予測活用による早期支援は、重大事象の発生率低下と関連した》
《同時に、予測活用そのものが住民行動および行政行動を変化させることが確認された》
《今後の予測基盤は、非介入状態のみを対象とせず、予測が社会で利用されることを前提として設計する必要がある》
悠真は最後の一文をもう一度読んだ。
予測が社会で利用されることを前提として設計する。
予測する。
知らせる。
人が選ぶ。
社会が変わる。
変わった社会を、また予測する。
画面の下に、
《関連研究》
という項目があった。
三件。
一つ目。
《予測提示による行動変容》
二つ目。
《反実仮想評価》
三つ目。
《社会適応下における予測安定性》
悠真の指が三つ目で止まる。
開く。
《閲覧概要》
《予測利用後の社会状態を含めた長期的な予測安定性を評価する》
その下。
《主要指標》
いくつかの項目が並んだ。
《予測誤差》
《行動変化率》
《支援利用率》
《生活条件収束度》
そして最後に、
見覚えのある言葉があった。
《協調率》




