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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第27話 研究報告 Part1 減ったもの

十三時七分。


岸本が昼食から戻ると、悠真は窓際の小さな打ち合わせ席にいた。


「今日は先に戻ってる」


紙のカップを置きながら岸本が言った。


「何が」


「昼」


「昨日ちゃんと行っただろ」


「昨日じゃなくて昨日の前です」


「まだ言うのか」


岸本は悠真の前に置かれた紙束を見る。


「珍しいですね」


「何が?」


「紙」


「俺のじゃない」


机の中央に、薄い冊子が三冊置かれていた。


表紙には、


《予防型生活支援実証研究》


《最終報告書》


《行政予測基盤導入前評価》


とある。


横には業務端末。


画面には、


《設備関連記述確認》


《担当 佐伯悠真》


と表示されている。


「研究?」


岸本が訊いた。


「ああ」


「何で佐伯さんが?」


「設備の記述が入ってる」


「またそこだけ」


「そこだけでいいんだよ」


悠真は冊子を一冊めくる。


画面だけでも読めるが、古い研究資料は紙版も保存されているらしい。


余白に手書きの線が残っている。


誰が引いたものかは分からない。


「何年前?」


「十四年前」


「N-Indexの前?」


「本格導入前」


岸本が一冊を取ろうとして、止める。


「見ていいやつ?」


悠真が表紙の共有区分を見る。


《社内確認資料》


《匿名化済み》


《担当部門内閲覧可》


「いいみたい」


岸本は向かいへ座った。


「何の研究なんです?」


「生活支援を早めに入れたら、何が減るか」


「何が減ったんです?」


「今から見る」


「まだ見てない?」


「設備のところから読んでた」


「順番がおかしい」


「仕事だからな」


悠真は冊子を開いた。



研究は、当時の複数自治体で行われていた。


現在のN-Indexとは違う。


名称も違う。


《生活リスク予測実証》


使っている情報も少ない。


健康診断。


行政手続き。


就労状態。


住居。


公共交通。


本人申告。


一部の生活サービス利用記録。


現在ほど細かくはない。


《目的》


《生活上の重大な不利益が発生する前に、支援候補を提示した場合の効果を検証する》


悠真は次のページを送る。


《対象》


《成人住民 匿名化対象群》


《観察期間 三年間》


《予測結果に基づく支援候補提示 あり》


その下。


《支援内容》


《健康相談》


《就労相談》


《住居支援》


《家計相談》


《行政手続支援》


《移動支援》


《地域活動案内》


特別なものはなかった。


今もある支援ばかりだった。


「昔から同じなんですね」


岸本が言った。


「名前は変わってるけどな」


「AIが決める前から?」


「決めてないだろ」


「分かってます」


岸本が笑う。


悠真は概要へ戻る。


対象者には支援候補が提示される。


利用するかどうかは本人が決める。


利用しない場合も通常の行政サービスは受けられる。


今と大きく違わない。


ただし、研究期間中は予測結果の一部を担当職員が追加確認していた。


《人間確認》


《対象者への提示前に、担当職員が支援適合性を確認》


《緊急性がない場合、本人の非受諾を認める》


「今より人が見てます?」


岸本が訊いた。


「実証だからじゃないか」


「全件?」


「この頃はそう書いてある」


「大変そう」


「だから実用化する時に減らしたんだろ」


「減らしたっていうより分けた?」


悠真は岸本を見る。


「昨日聞いたみたいに言うなよ」


「聞いてないですけど、今も担当ごとに分かれてるじゃないですか」


「まあな」


報告書の次の章。


《主要結果》


悠真はそこで手を止めた。


表がある。


《重大事象発生率》


《支援候補提示対象》


《比較対象》


数字が並んでいる。


岸本が少し身を乗り出す。


「結構違いますね」


「ああ」


研究期間中。


支援候補を早期提示した対象では、


救急搬送。


長期失業。


住居喪失。


行政手続き中断。


高負担債務状態。


長期社会孤立。


いくつかの重大事象が減っている。


すべてではない。


差が小さい項目もある。


統計上の明確な差が出なかったものもある。


それでも総合では、


《重大事象発生率 低下》


と書かれていた。


悠真は数字を追う。


「これなら導入するよな」


岸本が言った。


「たぶん」


「思ったより普通ですね」


「何が?」


「こういう制度の始まりって、もっとすごい技術が出てきて始まるのかと思ってました」


「相談を早く出したら減りました、ってだけだな」


「だけって」


岸本は表を指す。


「結構減ってますよ」


「そうだけど」


支援を受けた人の一部では、重大事象が発生しなかった。


相談につながった。


仕事を失う前に勤務条件を変えた。


家賃滞納が長期化する前に住居支援へつながった。


通院中断の前に受診支援が入った。


報告書には、一件ずつ匿名化された経過例もある。


氏名はない。


顔もない。


《対象例A》


《就労継続》


《対象例B》


《住居維持》


《対象例C》


《治療継続》


結果だけなら、良い。


「救えたって書いてないんですね」


岸本が言った。


悠真も同じ箇所を見る。


研究報告には、


《救済》


という言葉はなかった。


《重大事象の発生抑制と関連》


《早期支援との関連を確認》


《因果効果については追加検証を要する》


「研究だからじゃないか」


悠真が言う。


「断定できない?」


「できるなら書いてるだろ」


「でも減ってる」


「ああ」


ページの下。


《研究期間内の総合結果》


《予測支援群では、複数の重大事象について発生率低下を確認した》


《本人による支援非受諾を含めても、全体として有意な改善を確認した》


「断った人も入ってるんですね」


「対象群としては」


「じゃあ、全員が従ったから良くなったわけじゃない」


「そもそも支援だからな」


悠真は次へ進む。


《設備・地域基盤への影響》


ここが今日の担当だった。


《支援介入後の生活条件変化に伴い、地域設備需要に変化が発生した》


《主な変化》


《在宅時間》


《通勤時間帯》


《公共施設利用》


《地域交通利用》


《支援拠点利用》


現在の相川市で見ているものと似ている。


十四年前から、支援で生活が変われば設備需要も変わることは分かっていた。


「この文章を確認するだけ?」


岸本が訊いた。


「ああ」


「合ってるんです?」


悠真は添付データを見る。


研究時点の設備記録。


支援前。


支援後。


地域別集計。


現在の基準で再整理した資料も添付されている。


《設備需要変化の記述》


《原記録との対応 確認》


《現行用語への置換 確認》


「内容は合ってる」


「じゃあ押す?」


「まだ」


「最近すぐ押さないですね」


「読むものくらい読ませろ」


「前から読んでましたよ」


悠真は岸本を見た。


「何が言いたい」


「別に」


岸本は冊子を閉じた。


「私は戻ります」


「仕事しろ」


「してます」


席を立つ。


二歩進んでから振り返る。


「佐伯さん」


「何?」


「その研究、支援しなかった人もちゃんと比べてるんですよね?」


悠真は画面を見る。


《比較対象》


という列はある。


「あるみたいだけど」


「なら分かりやすいですね」


「何が?」


「やった方が減ったなら、やった方がいい」


「まあな」


「じゃ」


岸本は自席へ戻った。


悠真はもう一度表を見る。


《支援候補提示対象》


《比較対象》


数字は確かに並んでいる。


その下に小さく、


《群設定方法》


という参照項目があった。


悠真はまだ開かなかった。


先に設備記述を確認する。



十四時二十一分。


設備関連記述の照合はほぼ終わった。


《在宅時間変化》


《原記録と一致》


《公共交通需要変化》


《原記録と一致》


《地域施設利用変化》


《原記録と一致》


《設備側追加対応》


《既存設備範囲内》


最後に、


《研究報告記述》


が表示される。


《早期支援に伴う生活行動変化は確認されたが、設備基盤上の重大な供給障害は確認されなかった》


悠真は原資料を見る。


間違いはない。


《担当確認》


《承認》


押す。


《設備関連記述を確認しました》


《研究報告全体の評価を承認するものではありません》


「そこまで書くんだな」


悠真は小さく言った。


隣から岸本が反応する。


「何です?」


「何でもない」


確認は終わった。


画面の上では、


《担当作業 完了》


になっている。


それでも研究報告は閉じなかった。


さっきの表へ戻る。


《重大事象発生率》


《支援候補提示対象》


《比較対象》


減っている。


かなり減っている項目もある。


悠真は下へ送った。


《研究上の制約》


一つ目。


《対象自治体の地域特性》


二つ目。


《本人による支援利用率の差》


三つ目。


《観察期間》


四つ目。


《比較群設定》


悠真はそこを開いた。


最初に表示されたのは、


《無作為非介入群》


という言葉だった。

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