第23話 幸福の測り方 Part2 それとこれ
十九時八分。
悠真が帰宅すると、陽菜はリビングの床に座っていた。
昨日見ていた参加案内ではない。
大きな紙を広げ、その上に小さな四角を並べている。
厚紙。
木片。
色の違う紙。
模型を作っているらしい。
「何作ってるんだ?」
悠真が鞄を置く。
陽菜は顔を上げた。
「広場」
「また?」
「今度は学校の」
「学校に広場あったか?」
「ないよ」
「じゃあ何で作るんだ」
「もしあったら」
陽菜は紙の端に置いた小さな建物を動かした。
校舎。
体育館。
門。
その間に、四角い空間がある。
「ここ、今は何?」
悠真が訊く。
「駐輪場の横」
「狭くないか?」
「だから車通らないようにした」
「勝手に?」
「模型だから」
陽菜が笑う。
悠真は上着を脱いだ。
食卓では、美咲が夕食の準備をしている。
「昨日の映像見てから、ずっとこれ」
「宿題は?」
「終わってるよ」
陽菜が言う。
「今日は早かったな」
「昨日も終わってた」
「そうだった」
悠真は模型を見る。
中央に、小さな屋根がある。
その横にベンチ。
反対側には何も置かれていない。
「ベンチ一個?」
「二個にするか迷ってる」
「広場なら多い方がいいんじゃないか?」
「多いと狭くなる」
「じゃあ一個」
「でも、一人で座ってる人がいたら座れない」
「隣に座ればいいだろ」
「知らない人の隣、嫌な人いるじゃん」
悠真は少し笑った。
「そこまで考えるのか」
「考えるよ」
陽菜は別の木片を置いた。
「こっちは座るんじゃなくて、立っててもいいところ」
「立つ場所まで作るの?」
「待ってる人とか」
「何を?」
「友達」
「広場の中で?」
「待ち合わせするかもしれないでしょ」
美咲が食卓から言う。
「そういうの、昨日のプログラムでやるんじゃない?」
陽菜が頷いた。
「うん」
返事が早い。
「見て」
陽菜は端末を開いた。
昨日の参加案内ではなく、説明資料の続きだった。
《体験課題》
《同じ場所を、異なる利用者条件から考えてください》
その下に例が並んでいる。
《通り抜ける人》
《待つ人》
《休む人》
《遊ぶ人》
《一人で利用する人》
《複数人で利用する人》
「これやりたい」
陽菜が言った。
悠真は画面を見た。
「昨日も言ってたな」
「昨日よりやりたい」
「何で増えたんだよ」
「今日、先生に前の模型見せたから」
「学校に持っていったのか?」
「写真」
陽菜は自分の端末を送る。
以前、真央と作った商店の模型。
店までの道。
途中の広場。
ベンチ。
別の写真。
家で作った分かれ道。
近い道。
広い道。
さらに、そのあと作り直した説明札。
「これ見せたら、先生が、このプログラムで似たことやるって」
「似たこと?」
「人によって使いやすい場所が違うのを考えるの」
「へえ」
「真央ちゃんと前に作った時も、真央ちゃんが疲れるかもしれないから途中に休むところ作ったでしょ」
悠真は写真を見る。
小さな広場。
ベンチが二つ。
「覚えてるのか?」
「私が作ったんだから覚えてるよ」
「そうか」
「あと、道の説明も」
陽菜が次の写真へ移る。
《近い道》
《広い道》
「近い方がいい人もいるし、広い方がいい人もいる」
「それで?」
「どっちが正しいじゃなくて、選ぶ人が違うんだって」
「先生が?」
「うん」
陽菜は少し考えた。
「私、そういうの好きかも」
悠真は顔を上げた。
「模型が?」
「模型も」
「じゃあ何?」
「人によって違うの考えるの」
「難しそうだぞ」
「難しいから面白いんじゃない?」
美咲が笑った。
「誰に似たんだろうね」
「俺じゃないの?」
「どうかな」
「仕事で毎日考えてるけど」
「パパは設備でしょ」
陽菜が言う。
「設備だって人が使うんだよ」
「じゃあ似てるじゃん」
「そういうことにしとくか」
夕食の準備が終わった。
陽菜は模型を壁際へ移す。
その時、家庭用端末が小さく鳴った。
《確認待ちの項目があります》
全員がそちらを見る。
昨日の案内だった。
《地域発展学習プログラム》
《建築・都市設計基礎》
《本人参加希望 確認済み》
《保護者確認 未完了》
《確認期限 七月十日》
美咲が言う。
「ご飯のあとでいい?」
陽菜が頷く。
「いいよ」
端末はそれ以上何も言わなかった。
*
食事の途中、陽菜が急に言った。
「真央ちゃんも見たいって」
悠真の箸が止まる。
「何を?」
「今作ってる模型」
「プログラム?」
「違うよ。模型」
「参加の話はした?」
「した」
「何て?」
「いいなって」
「真央ちゃんはやらないのか?」
「候補来てないって」
昨日と同じ答えだった。
「気にしてないの?」
陽菜が悠真を見る。
「何を?」
また同じ返しだった。
「真央ちゃんが一緒じゃないこと」
「一緒じゃない時もあるよ」
「模型教室は?」
「行くよ」
「月二回になるかもしれないだろ」
「うん」
陽菜は味噌汁を飲んだ。
「今までは四回だった」
「うん」
「減るの、嫌じゃないのか?」
陽菜は少し考えた。
すぐには答えなかった。
「嫌っていうか」
「うん」
「一緒の方が楽しいよ」
悠真は黙って待った。
「でも、真央ちゃんがいないと模型作れないわけじゃないし」
「そうだけど」
「真央ちゃんも、毎回私と一緒じゃないよ」
「学校では一緒だろ」
「学校でも別の子と遊ぶ時あるよ」
「まあな」
陽菜は箸を置いた。
「パパ、真央ちゃんと一緒じゃなくなると思ってる?」
「そこまでは言ってない」
「じゃあ何?」
悠真は答えなかった。
美咲も会話へ入らない。
陽菜は少しだけ首を傾げた。
「今も一緒がいいよ」
悠真を見る。
「でも、それとこれ別じゃない?」
声は普通だった。
少し迷ったあと、自分で確かめるように続ける。
「真央ちゃんと遊びたいのと、これやりたいの」
悠真は陽菜を見る。
「両方?」
「うん」
「時間重なったら?」
「その日はどっちか」
「模型教室?」
「毎回じゃないでしょ」
「そうだけど」
「プログラムも毎日じゃないよ」
「途中で忙しくなったら?」
「その時考える」
「辞める?」
「辞めるかもしれないし、模型教室の方の日を変えるかもしれない」
「真央ちゃんと相談して?」
「うん」
陽菜は不思議そうに笑った。
「まだ始まってないのに、そこまで決めるの?」
悠真は口を閉じた。
美咲が味噌汁のおかわりをよそう。
「私は、やらせてあげてもいいと思うけど」
「うん」
「条件も見たし」
「うん」
「陽菜もやりたいって言ってるし」
悠真は返事をしなかった。
陽菜が尋ねる。
「パパは嫌?」
「嫌っていうか」
「心配?」
「まあ」
「何が?」
昨日と同じ問いだった。
今度は、悠真も少し考えてから答える。
「忙しくなること」
「それは大丈夫」
「真央ちゃんと会う時間が減ること」
「減るよ」
陽菜は簡単に認めた。
「いいのか?」
「減るのは嫌だけど」
少し間があった。
「やりたい方が、ちょっと大きい」
「ちょっと?」
「うん」
「どれくらい?」
「分かんない」
陽菜が笑う。
「数字じゃないから」
悠真も少し笑った。
「そうか」
「うん」
食事を再開する。
蓮が横から言った。
「ぼくもまちつくる」
「何の街?」
陽菜が訊く。
「きょうりゅう」
「人住めないじゃん」
「きょうりゅうがすむ」
「じゃあ人いらないの?」
「パパもいる」
「何で俺だけいるんだよ」
「えさあげる」
「食われそうだな」
蓮が笑った。
美咲も笑う。
陽菜も笑っていた。
*
二十時二十一分。
食器を片付けたあと、陽菜はまた模型の前へ戻った。
ベンチを二つ置いている。
悠真が横を通る。
「結局二個にしたのか」
「一個じゃ座れない人いるから」
「狭くなるんじゃなかった?」
「向き変えた」
二つのベンチは、向かい合わせではなかった。
少し離して、別の方向へ向けてある。
「これなら?」
陽菜が訊く。
悠真はしゃがんだ。
「座る人同士、顔合わないな」
「一人がいい人もいるでしょ」
「友達と来た人は?」
「こっち」
陽菜が端にもう一つ、小さな段差を置く。
「ここ座ってもいい」
「三個になったじゃないか」
「ベンチじゃないもん」
「座れるなら同じだろ」
「違うよ」
陽菜は笑った。
悠真も笑った。
家庭用端末には、参加案内がまだ残っている。
《本人参加希望 確認済み》
《保護者確認 未完了》
陽菜はそれを見ていなかった。
広場の入口を少し広げ、また木片を動かしていた。




