第22話 保留の期限 Part1 待っている間
朝、悠真が業務端末を開くと、人事支援室からの提案が通知欄に残っていた。
昨日、閉じた時と同じ位置だった。
《キャリア形成支援》
《確認期限 七月八日》
《現在 保留中》
《期限前に再通知します》
赤い表示も、残り時間もない。
確認期限まで、まだ時間がある。
悠真は通知を開いた。
昨日見た候補が、そのまま並んでいる。
《現在所属での職務継続》
《現在所属内での担当拡張》
《地域基盤調整部門への配置変更》
《専門研修を伴う将来配置》
一番上にあるのは、昨日と同じ候補だった。
現在の仕事を続けながら、自治体案件や生活基盤調整に関わる範囲を広げる案。
その下に、研修を組み合わせる案。
さらに、配置を変える案。
現職をそのまま続ける選択肢も消えてはいない。
悠真は画面を下へ送った。
《回答》
《候補を選択》
《比較を続ける》
《現在の職務を継続》
《後で確認》
昨日押した《後で確認》には、小さく、
《選択済み》
と付いている。
その下。
《保留理由》
入力欄は空白のままだった。
必須とは書かれていない。
「まだ決めてないんですか?」
岸本の声がした。
悠真は画面を閉じないまま横を見る。
「昨日の今日だぞ」
「一晩寝たら決まる人もいますよ」
「岸本は?」
「私は何日かかりましたっけ」
「人に言えないくらい」
「じゃあ佐伯さんも大丈夫です」
岸本は自分の席へ座った。
悠真は人事画面を見る。
「期限、明日なんだよな」
「短いですね」
「候補が出たのは昨日だけど、事前確認期間は前から始まってたらしい」
「見てなかったんですか?」
「通知は来てた。候補確定前だったから開かなかった」
「佐伯さんらしい」
「何が」
「必要になってから見るところ」
悠真は画面を送る。
《確認期限について》
《期限まで回答がない場合、配置変更・研修参加は確定しません》
《現在の所属および担当業務を継続します》
《次回提案時に、今回の確認状況を参考情報として使用する場合があります》
「別に、決めなくても異動になるわけじゃない」
「じゃあいいじゃないですか」
「何が?」
「決まるまで放っておけば」
「それはそれで違うだろ」
岸本が少し笑った。
「期限あるのに?」
「ああ」
悠真は《後で確認》をもう一度押した。
《現在の保留状態を維持します》
《次回通知 本日十八時》
表示はそれだけで閉じた。
*
九時の部門定例では、相川市案件が三番目に入っていた。
設備工事そのものではない。
運用開始後の地域対応についてだった。
《相川市生活基盤更新計画》
《判断保留案件 四件》
《本日確認》
壁面に一覧が出る。
一件目。
《工事期間中の搬入時間変更》
《関係事業者回答待ち》
二件目。
《地域集会所への仮設電源追加》
《施設側確認待ち》
三件目。
《北部生活圏 相談窓口運用時間》
《住民意向確認中》
四件目。
《旧住宅地区 設備更新規模》
《将来需要再確認中》
どれも、まだ決まっていない。
課長が資料を送った。
「今日確認するのは、保留期限後の扱いです」
画面が切り替わる。
《判断保留案件》
《期限到達時の処理》
《案件ごとに暫定条件を設定》
《最終決定ではありません》
《追加情報確認後、再判断可能》
「全部同じ処理ではないんですね」
参加者の一人が訊いた。
「条件が違うので」
相川市の担当者が遠隔画面から答えた。
最初の案件が開く。
《工事期間中の搬入時間変更》
《回答期限 七月九日》
《期限まで回答がない場合》
《現行搬入時間を維持》
《追加変更なし》
次。
《地域集会所への仮設電源追加》
《確認期限 七月十一日》
《期限までに施設側確認が完了しない場合》
《本体工事と分離》
《仮設電源は追加工事として継続検討》
「これは止めないんですね」
岸本が言った。
「本体工事を止める理由がありませんので」
市の担当者が答える。
「施設側が後から希望した場合は?」
「工期と安全条件が成立すれば追加します」
「成立しなかったら?」
「別の電源確保案を提示します」
岸本は頷いた。
三件目。
《北部生活圏 相談窓口運用時間》
現在の候補が並ぶ。
《平日九時から十七時》
《平日九時から十九時》
《平日九時から十七時+週二回延長》
住民側の回答は、まだ揃っていない。
《判断期限 七月十五日》
《期限到達時》
《現行窓口時間を基準に暫定運用》
《回答済み意見を基に再検討継続》
悠真は画面を見る。
「暫定運用の開始後でも変えられるんですよね」
「はい」
相川市の担当者が答える。
「ただ、開設日には職員配置と予約枠を確定する必要があります」
「だから一度決める」
「一度、運用条件を置きます」
担当者は言い直した。
「最終確定ではありません」
四件目。
旧住宅地区の設備更新規模。
こちらは少し違った。
《需要再確認期限 七月十二日》
《期限到達時》
《安全余裕を確保した現行更新規模で設計継続》
《縮小案 保留継続》
課長が確認する。
「現行案で工事を確定するわけでは?」
「ありません」
「詳細設計を止めないための条件?」
「はい。需要確認が終われば、縮小案も再度比較します」
悠真は資料へ確認を付けた。
情報が揃うまで待てるもの。
待っている間も準備を進められるもの。
一度、仮の条件を置かなければ次へ進めないもの。
同じ《保留》でも、扱いは違う。
「保留のまま期限を延ばす案件は?」
別の社員が尋ねた。
市の担当者が一覧を開いた。
「あります」
二件表示される。
《医療機関との調整継続》
《回答者都合による確認延期》
「この二件は、期限そのものを更新します」
「何で?」
「期限までに判断材料が揃わない理由が明確で、工程への影響も許容範囲だからです」
「じゃあ、期限が来たら何かを選ばないといけないわけじゃない」
悠真が言った。
「そうですね」
担当者は頷いた。
「何を決める期限なのかで違います」
壁面の四件へ戻る。
期限。
保留。
暫定運用。
継続確認。
それぞれ別の処理だった。
*
定例後、悠真の担当には旧住宅地区の設備更新規模が回ってきた。
《需要再確認中》
《現行更新規模》
《供給余裕 一九・二パーセント》
《縮小案》
《供給余裕 一三・八パーセント》
どちらも基準内。
ただ、縮小案は将来需要の予測更新を待っている。
「このまま決まらなかったら、現行案で進めるんですよね」
岸本が画面を見ながら言った。
「設計だけな」
「工事は?」
「まだ」
「ややこしい」
「止める必要がないところだけ進めるんだろ」
悠真は施工図の確認項目を開いた。
現行規模でも縮小案でも変わらない部分がある。
基礎位置。
配線経路。
安全距離。
監視設備。
そこは今決められる。
容量に関係する部分だけ残す。
《共通設計範囲》
《確認可能》
《容量依存範囲》
《保留》
悠真は共通部分を確認していく。
「仕事だと普通なんですけどね」
岸本が言った。
「何が?」
「決まってないところだけ残して、ほかを進めるの」
「全部決まるまで止めてたら終わらないだろ」
「ですよね」
「期限もいるし」
悠真は一つ確認を付ける。
《基礎配置 確認済み》
次。
《保守動線 確認済み》
その途中で、人事支援室の小さな通知が画面上部に出た。
《保留中の提案があります》
《確認期限 七月八日》
悠真は通知を横へ払った。
施工図へ戻る。
岸本は気づいたらしいが、何も言わなかった。
昼前には、共通部分の確認が終わった。
《設備更新規模》
《判断保留》
《共通設計》
《確認完了》
《容量依存設計》
《判断後に再提示》
悠真は《確認完了》を押した。
画面が次の案件へ切り替わる。
決められるところは、決めた。
決められないところは、残した。
午後の予定には、まだ空きがなかった。




