第21話 残された選択肢 Part2 見てから決める
十二時十六分。
昼休みに入る直前、悠真の端末へ人事支援室から案内が届いた。
《中長期職務提案》
《候補理解支援を利用できます》
《利用可能》
《現所属責任者への相談》
《候補部署業務説明》
《研修内容確認》
《報酬・勤務条件詳細》
《利用しない》
朝に提案を保留したことを受けた案内だった。
回答を催促する内容ではない。
候補を決める前に、必要なら詳しく見る。
それだけだった。
「また来たんですか?」
岸本が立ち上がりながら訊いた。
「説明見られるって」
「全部?」
「必要なやつだけ」
岸本は時計を見る。
「お昼行きます?」
「ああ」
悠真は通知を閉じた。
*
社員食堂は、いつもより少し空いていた。
悠真は定食を受け取り、岸本の向かいへ座る。
「どれがいいと思います?」
岸本が唐突に訊いた。
「何が」
「朝のやつ」
「何でお前が決めるんだよ」
「聞いただけです」
「まだ見てない」
「四つとも見たじゃないですか」
「条件だけな」
悠真は箸を割った。
「仕事の中身は、今の部署以外ほとんど分からない」
「統括室は行ってるでしょう」
「応援で行くのと、そこで働くのは違うだろ」
「じゃあ見に行けばいい」
悠真は端末を思い出す。
《候補部署業務説明》
確かにそのための項目だった。
「岸本は前の時、見に行った?」
「利用者調整課?」
「ああ」
「行ってないです」
「何で?」
「行くと、ちょっとその気になりそうだったから」
悠真は箸を止めた。
岸本は味噌汁を飲む。
「変な意味じゃないですよ」
「分かってる」
「仕事内容聞いて、席見て、人と話して。そうすると『ここで働く自分』が想像できるじゃないですか」
「それが説明の目的だろ」
「そうです」
岸本は頷いた。
「残る方は、もう知ってたので」
悠真は少し考えた。
岸本の場合は、現在の業務を続ける案が最初に大きく表示されていた。
今いる場所。
今やっている仕事。
説明を受けなくても分かる。
「佐伯さんも同じじゃないですか?」
「何が?」
「今の仕事は見に行かなくても知ってる」
「まあな」
「だから、知らない方だけ説明が必要」
それは当然だった。
悠真は食事を続けた。
*
十三時二分。
自席へ戻り、人事支援室の案内を開く。
《候補部署業務説明》
《基盤運用統括室》
《説明方法》
《業務概要》
《担当者との十五分対話》
《執務区画見学》
《半日業務体験》
《今回は利用しない》
悠真は《業務概要》を選んだ。
すぐに資料が開く。
《基盤運用統括室》
《設備・生活条件照合担当》
《主な役割》
《地域設備需要と生活条件変化の照合》
《外部検証資料の設備記載確認》
《確認手順の整備》
《自治体・社内部門からの照会対応》
《設備需要予測の地域横断比較》
朝に見た内容より少し具体的だった。
その下に、
《一日の業務例》
がある。
《九時 照会整理》
《十時 地域設備需要確認》
《十三時 外部資料照合》
《十五時 手順改訂確認》
《十六時三十分 自治体・事業部照会》
悠真は画面を送る。
知っている作業が多い。
これまで応援でやってきたことが、そのまま通常業務になっている。
《担当者との十五分対話》
を押す。
《本日利用可能》
《十四時四十分》
《十六時十分》
《翌営業日以降》
予約ではない。
空いている担当者との短い対話枠だった。
悠真は十四時四十分を選んだ。
《候補枠を確保しました》
《確定しますか》
《確定》
《戻る》
《確定》
《予定へ追加しました》
それだけだった。
*
十四時四十一分。
基盤運用統括室。
悠真が入ると、以前使った会議区画ではなく、その奥の小さな打合せ席へ案内された。
向かいに座ったのは三十代後半くらいの男性だった。
名札には、
《設備・生活条件照合》
とだけ表示されている。
「佐伯さんですね」
「はい」
「人事支援の候補説明で十五分、と聞いています」
「お願いします」
男性は端末を開く。
「最初に確認ですが、こちらから異動を勧める面談ではありません」
《候補部署業務説明》
《採否判断 対象外》
「仕事内容と勤務条件について、聞きたいことだけ聞いてください」
「分かりました」
悠真は少し迷った。
朝から何度か画面を見ている。
だが、実際に何を聞きたいのかまでは考えていなかった。
「今、自分が応援でやってる確認と、かなり近いですよね」
「履歴を見る限りはそうですね」
男性が共有範囲を開く。
《外部検証資料確認支援》
《設備需要影響》
《生活条件照合》
《確認手順改訂》
「この辺りは、こちらの通常業務です」
「Case――」
悠真は途中で止めた。
男性は特に反応しない。
「急落事象関連も?」
「扱うことはあります」
答えは普通だった。
「ただし、私たちが見るのは設備需要や地域基盤への影響です。急落要因を調べる部署ではありません」
「そこは今と同じ」
「はい」
男性が少し笑う。
「佐伯さんはもう何度か確認されていますよね」
「応援で」
「それが毎日の仕事になる感じです」
悠真は執務区画を見る。
以前、空いていた机には別の社員が座っている。
画面を二つ並べ、何かの地域図を見ていた。
誰かの代わりという感じはない。
普通の席だった。
「忙しいですか?」
悠真が訊いた。
「時期によります」
「残業は?」
男性が勤務実績を出す。
《直近六か月》
《平均時間外勤務 月九・四時間》
《設備計画課平均との差 +一・一時間》
人事支援画面で見た予測と近い。
「思ったより変わらないですね」
「会議が少し多いです。ただ、現地対応は設備計画課より少ないと思います」
「自治体は?」
「オンラインが多いですね」
「仕事、面白いですか?」
男性が一瞬だけ止まった。
今日初めて、資料を見ずに答えた。
「私は好きです」
「どういうところが?」
「同じ数字でも、理由が違うところですかね」
悠真は男性を見る。
「設備需要って、最終的には数字になるじゃないですか」
「はい」
「でも、数字が動いた理由は、引っ越しだったり、仕事だったり、学校だったりする。そこを間違えると、次の設備計画までずれるので」
男性は画面を切り替えた。
匿名化された地域需要図。
住宅需要が下がり、交通需要が上がっている。
「これだけ見ると、人が減ったように見えます」
次。
《居住人口 変化小》
《就労地 地域外へ変更》
「実際は住んでる。昼間だけいない」
「だから住宅需要も全部は落ちない」
「そうです」
悠真には馴染みのある話だった。
「そういうのを毎日見る?」
「毎日ではないです」
男性が笑う。
「契約照合とか、資料修正とか、普通の仕事も多いですよ」
「ですよね」
「面白いところだけ説明すると、人事支援に怒られるので」
悠真も少し笑った。
残り時間が表示される。
《五分》
「異動した人、多いですか?」
悠真が訊いた。
「ここへ?」
「はい」
「半分くらいは他部署からです」
「人事提案で?」
「それもいます。自分で応募した人もいます」
「断った人は?」
男性が首を傾げる。
「候補に出て、来なかった人ですか?」
「そうです」
「分かりません」
「分からない?」
「来なかった人はこちらに来ないので」
悠真は少し笑った。
「そりゃそうですね」
「人事側なら集計はあるかもしれませんけど、部署側では見ないです」
「じゃあ、候補に出た人を待ってるわけじゃない」
「空きがあれば募集はしますけど」
男性は肩をすくめた。
「誰が候補になってるか、私たちは知りません」
十五分が近づく。
「他にありますか?」
「今のところは」
「では、説明確認だけ付けます」
男性が操作する。
《候補部署業務説明》
《実施済み》
《本人回答 未》
《部署側評価 なし》
最後の一行を悠真は見る。
「評価はしない?」
「今日の対話では」
「面接じゃないから?」
「はい。佐伯さんがこちらを知るための時間です」
「分かりました」
悠真は席を立った。
「ありがとうございました」
「いえ」
男性も軽く頭を下げた。
それで終わった。
*
執務室へ戻る途中、人事支援の画面が更新された。
《候補B》
《基盤運用統括室》
《業務説明 確認済み》
以前は文字だけだった項目に、新しい情報が加わっている。
《本人確認済み情報》
《勤務実績》
《主な業務内容》
《担当者対話》
《通勤経路》
《勤務場所》
候補Bだけ、少し情報が増えていた。
他の候補は朝と同じ。
《候補A》
《設備計画課 主任職》
《詳細説明 未利用》
《候補C》
《専門研修》
《詳細説明 未利用》
《現在職務を継続》
そこには、
《詳細説明》
という項目がなかった。
当然だった。
今いる場所だから。
悠真は自席へ戻った。
「どうでした?」
岸本が訊いた。
「普通」
「また普通」
「今やってる確認が毎日になる感じ」
「向いてそう」
「人事もそう言ってる」
「行きたい?」
悠真は椅子へ座った。
「まだ分からない」
「でも朝より分かった?」
「ああ」
岸本は頷いた。
「じゃあ説明、役に立ってる」
「そうだな」
人事支援の画面を閉じる。
十五時から、相川市工事経路の最終確認。
悠真は通常業務へ戻った。
*
十七時二十二分。
今日の予定がすべて終わった。
人事支援室から、新しい通知は来ていない。
悠真は帰る前に、候補一覧をもう一度だけ開いた。
四つ。
主任職。
基盤運用統括室。
専門研修。
現在職務継続。
朝と同じ並びだった。
ただ、基盤運用統括室の欄だけ、
《業務説明 確認済み》
になっている。
悠真は候補Aを押した。
《詳細説明を利用》
候補C。
《研修内容を確認》
現在職務。
《現在の条件を表示》
どれも見ることはできる。
悠真は三つを閉じた。
今日はもういい。
《保留中》
のまま画面を閉じる。
帰宅準備を始める。
その時、岸本が言った。
「全部見に行くんですか?」
「分からない」
「全部見たら、もっと迷いそうですね」
「見る前に決めるよりいいだろ」
「それもそうか」
岸本は鞄を持った。
悠真も立ち上がる。
エレベーターへ向かう途中、端末に明日の予定が表示された。
通常業務。
会議。
相川市。
人事関連の予定は入っていない。
悠真はそのまま閉じた。
四つの選択肢は、
どれも残っていた。




