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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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62/85

第20話 偶然のない道 Part1 通らなくなった道

水曜日、十時十八分。

悠真は相川市北部の交差点に立っていた。

工事はまだ始まっていない。

それでも、道路脇には仮設の案内表示が出ている。

《北部生活基盤更新工事》

《工事車両運行試験中》

《一般車両の通行規制はありません》

交差点を大型トラックが一台、ゆっくり曲がっていく。

後方確認。

歩行者確認。

左折。

誘導員が手を上げる。

車両は住宅地へ入らず、そのまま広い道路を東へ抜けた。

「前より自然ですね」

相川市の担当者が言った。

悠真は端末を見る。

《工事車両経路 改訂案》

《住宅前通行 回避》

《通学路重複 なし》

《生活道路進入 なし》

《平均所要時間 +三分二十秒》

《安全条件 適》

以前、住民説明の中で出た条件が反映されている。

住宅前を工事車両が通らないこと。

狭い生活道路へ入らないこと。

通学時間帯に大型車両を重ねないこと。

その分だけ距離は増えた。

「これなら行けそうですね」

悠真が言う。

「設備側としても?」

「三分なら工程には影響しません」

市の担当者が頷いた。

《工事車両経路》

《候補B》

《設備事業者確認 適》

悠真は確認を付けた。

最終的に経路を採用するのは相川市と施工会社だ。

今日の試験走行が終われば、双方の担当責任者が正式に決める。

「一般交通の方も見ますか」

担当者が訊いた。

「ああ」

二人は交差点の端へ移動した。

工事車両そのものより、そちらの方が今日の確認項目は多かった。

北部設備の工事が始まると、資材搬入の時間帯だけ幹線道路の一車線を使う。

全面通行止めではない。

信号も通常どおり。

歩道も使える。

ただ、朝と夕方の一部時間帯だけ、混雑が増えると予測されていた。

市の交通調整画面には、現在の試験結果が表示されている。

《工事期間中交通影響予測》

《主要交差点》

《平均通過時間 +四分五十秒》

《最大滞留 十一分》

その下。

《経路案内適用後》

《平均通過時間 +一分十二秒》

《最大滞留 三分》

「かなり下がりますね」

悠真が言った。

「昨日の試験ではもう少し高かったんですが、案内開始時刻を早めました」

「工事区間に入る前に分ける?」

「はい」

地図が開く。

一本の道路へ集まっていた車両が、手前で三方向へ分かれている。

北へ抜ける道。

駅側へ回る道。

川沿いへ迂回する道。

目的地によって案内が違う。

《推奨経路》

《到着時刻差》

《混雑》

《事故リスク》

《歩行者密度》

それぞれが計算されている。

通行そのものは禁止されない。

従来の道を選ぶこともできる。

「案内を使わない車は?」

悠真が訊いた。

「そのまま通れます」

「規制はなし」

「はい。ただ、混雑予測は表示されます」

市の担当者が一般向け画面を開いた。

《現在の経路》

《通行可能》

《工事車両との合流により、到着まで六分程度増える見込みです》

《別経路》

《到着予測 四分短縮》

《信号待ち 二回減少》

《歩行者の多い区間を回避》

下には、

《現在の経路を利用》

も残っている。

悠真は見た。

「これなら、回る人多そうですね」

「昨日の試験では八割くらいです」

「八割?」

「案内表示後の選択率です」

画面に結果が出る。

《経路変更提案》

《利用 81.7%》

《現在経路を維持 14.6%》

《案内未確認 3.7%》

強制ではない。

それでも、大半は早い方へ移った。

悠真自身でも、たぶんそうする。

六分遅れる道と、

四分短くなる道。

行き先が同じなら、迷う理由は少ない。

「事故予測は?」

「交差点接触が減っています」

《工事期間中事故予測》

《経路案内なし 基準値1.00》

《経路案内あり 0.71》

「なら、こっちでいいですね」

悠真が言った。

担当者も頷く。

その時だった。

地図の端に、黄色い印が一つ出た。

《追加確認》

《沿道利用変化》

「何です?」

「昨日から出てるんです」

担当者が開く。

《迂回対象区間》

《歩行者通過 -18.9%》

《一般車両通過 -27.4%》

《沿道施設立寄り -11.6%》

悠真は最後の数字を見る。

「店?」

「商業利用ですね」

対象区間を拡大する。

幹線道路から一本入った古い通りだった。

長さは三百メートルほど。

飲食店。

理髪店。

菓子店。

クリーニング店。

小さな薬局。

コンビニも一軒ある。

「ここ、工事区間じゃないですよね」

「違います」

「なのに減った?」

「経路変更の影響です」

担当者が交通線を重ねる。

工事前。

駅へ向かう車と歩行者の一部が、その通りを抜けていた。

工事中予測。

推奨経路では、一つ手前の交差点を曲がる。

その方が信号が少ない。

歩道も広い。

目的地まで平均二分早い。

通りそのものに用がある人は、今までどおり入る。

ただ、

通り抜ける人が減る。

「迂回させてるわけじゃないんですよね」

悠真が訊いた。

「目的地ごとの推奨経路を出しているだけです」

「この通りも通行できる」

「はい」

地図には規制表示がない。

道路は開いている。

店も開いている。

何も閉じられていない。

「何で立寄りまで減るんです?」

「通過母数が減っているからだと思われます」

担当者が別の画面を出した。

《沿道施設利用》

《目的利用》

《経路途中利用》

二つに分かれている。

《目的利用》

《変化 -1.8%》

《経路途中利用》

《変化 -24.1%》

悠真は少し画面へ近づいた。

「目的利用はほぼ同じ」

「はい」

「あの店に行こうと思ってる人は来てる」

「そう見ています」

減っているのは、その店へ行くつもりではなかった人だった。

通勤途中。

買い物の帰り。

駅へ向かう途中。

たまたま前を通って入った人。

「これ、工事終わったら戻るんですか?」

「一部は」

「一部?」

市の担当者が予測期間を延ばす。

《工事終了後三か月》

《通行量回復予測 93.4%》

《沿道施設利用回復予測 87.1%》

「差がありますね」

「経路履歴が更新されるので」

悠真は画面を見る。

工事が終われば、その道路を避ける理由はなくなる。

ただ、一度別の道を使い始めた人に対しては、その道の実績が残る。

所要時間。

混雑。

信号。

歩行距離。

本人が実際に選んだ履歴。

次の提案は、それも使って作られる。

「元の道が早ければ戻るんですよね」

「はい」

「そうじゃなければ?」

「別経路が上位になる場合があります」

市の担当者は普通に答えた。

悠真は地図を見た。

閉鎖される道路はない。

通れなくなる店もない。

元の道を使いたければ使える。

それでも、工事をきっかけに別の道が選ばれ、

その道の方が使いやすければ、

次もそちらが出る。

「商店側には?」

悠真が訊いた。

「影響確認を始めています」

《沿道事業者支援》

《対象候補 八事業者》

《確認中》

「売上補償?」

「それも候補です」

画面が切り替わる。

《支援候補》

《工事影響補填》

《経路案内上の目的施設表示》

《地域利用促進枠》

《配送費補助》

《営業条件調整》

《利用しない》

最後まで選択肢がある。

事業者ごとの影響を確認し、必要なものを本人が選ぶ。

「これなら対応できますね」

悠真が言った。

「午後に一店舗、説明があります」

「うちも?」

「経路案内が設備工事に起因しているので、東央商事にも設備側の説明をお願いしたいです」

悠真は予定を見る。

十五時二十分。

《沿道事業者影響確認》

一件追加されている。

「分かりました」

現地確認を終え、駅へ戻る途中。

悠真たちはさっき地図で見た通りの入口を横切った。

工事はしていない。

車も通れる。

歩道にも規制はない。

ただ、確かに人は少なかった。

「昨日まではもう少しいたんですか?」

悠真が訊く。

「時間帯によりますけど」

市の担当者が答える。

「昼前なら、駅へ抜ける人がもう少しいます」

通りの先に、小さな店が並んでいる。

開いている。

看板も出ている。

店先の商品も見える。

誰かが困っているようには見えなかった。

一人の男性が薬局へ入った。

自転車が一台、通り抜けた。

それだけだった。

悠真の端末が振動する。

《駅までの徒歩経路を更新しました》

《現在地から北側交差点を利用すると二分短縮できます》

地図には、目の前の通りとは別の道が表示されている。

悠真は画面を見る。

それから、駅の方向を見た。

「こっちじゃないんだ」

市の担当者が訊く。

「何がです?」

「推奨」

悠真が画面を見せる。

「ああ。北側の方が信号少ないですから」

「二分」

「結構違いますね」

悠真は通知を閉じた。

二人は北側の交差点へ向かった。

店の並ぶ通りには入らなかった。


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