第1話 今日も、いい国だ。Part6 今日も、いい国だ。
玄関の扉を開けると、小さな足音が廊下を駆けてきた。
「ぱぱ!」
蓮が勢いよく抱きつく。
悠真は鞄を下ろし、そのまま抱き上げた。
「ただいま」
「おかえり!」
「いい子にしてたか?」
「うん!」
それだけで十分だった。
一日の疲れが、肩から静かに抜けていく。
リビングでは美咲が夕食を並べていた。
「お疲れさま。」
「ただいま。」
「今日は予定どおり?」
「予定どおり。」
「なら良かった。」
美咲は微笑み、鍋の蓋を開ける。
カレーの香りが部屋いっぱいに広がった。
蒼は学校の課題を広げ、陽菜は折り紙で街を作っている。
どこにでもある、ありふれた夕方。
悠真は、この時間が好きだった。
*
夕食の時間は、子どもたちの話で賑やかだった。
「今日ね、体育で勝った!」
陽菜が身振り手振りで話し始める。
「先生がさ!」
「それで?」
美咲が笑う。
蒼は静かに相槌を打ち、蓮は自分のスプーンを握りしめながら負けじと話に入ってくる。
「ぼくも!」
「蓮は何があった?」
「えっとね……いっぱい!」
家族全員が笑った。
ニュースも通知も、この時間だけは誰も見ない。
食卓では、家族の声が何より優先される。
*
食後、リビングのテレビが自動でニュースへ切り替わった。
『本日の主なニュースです。』
画面には今日訪れた相川市庁舎が映る。
『相川市エネルギー基盤更新事業は、本日の協議を経て予定どおり次段階へ移行します。』
映像は十秒ほどで終わった。
続いて天気予報。
スポーツ。
海外ニュース。
そして最後に、女性アナウンサーが静かに読み上げる。
『ミライ庁は本日、全国N-Index統計を公表しました。』
『全国平均は七百九十八となり、前年を二ポイント上回りました。』
『専門家は「社会全体の安定性が引き続き向上している」と分析しています。』
ニュースは、それだけだった。
美咲は食器を運びながら言う。
「今年も上がったんだね。」
「ああ。」
悠真も画面を見たが、それ以上は気にしなかった。
天気予報を見るのと変わらない。
毎年少しずつ変わる数字。
それくらいの認識だった。
*
子どもたちが寝静まり、部屋は静かな夜に包まれた。
窓の外には、東京の明かりが広がっている。
電車は今日も定刻どおり走り、街は穏やかなまま夜を迎えていた。
テーブルの上で、LifeOSが静かに光る。
《本日の生活記録を保存しました》
悠真は確認を押す。
画面が切り替わる。
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**佐伯 悠真**
N-Index 964
前日比 +1
推奨睡眠時間 7時間32分
明日の最適出発時刻 7:18
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悠真は画面を一瞥し、特に何も思わず閉じた。
毎日見る、いつもの画面だった。
「寝ようか。」
美咲が声を掛ける。
「ああ。」
二人は部屋の照明を落とした。
便利で、安全で、穏やかな一日。
事故もなく、混乱もなく、家族は笑っていた。
悠真は静かな街を見つめながら、小さく息をつく。
**――今日も、いい国だ。**
**第1話 完**




