第18話 離れた人々 Part3 離れた先
十七時十五分。
悠真は北部設備更新案の提出処理を終えた。
《地域設備需要再編》
《設備側確認 完了》
《自治体内部確認へ移行》
画面を閉じようとしたところで、関連資料が一件追加された。
《参考集計》
《生活圏変更を伴う支援事例》
《設備需要影響 確認用》
相川市だけの資料ではない。
西部地域全体。
自治体をまたぐ需要変化を確認するための集計だった。
「まだあるんですか」
岸本が席へ戻りながら言う。
「参考」
「今日の仕事、ずっと参考資料増えてません?」
「開かなくてもいい」
「じゃあ開かない?」
悠真は一度画面を見る。
《確認任意》
「……設備に関係あるなら見る」
「やっぱり」
悠真は開いた。
*
最初に表示されたのは地図だった。
市境は細い線で引かれている。
その上に、生活圏変更の方向だけが重ねられていた。
個人単位ではない。
一定件数未満の地域は非表示。
移動元と移動先も、生活圏単位にまとめられている。
《生活圏変更》
《支援利用者集計》
《過去三年》
矢印がいくつか伸びていた。
北部から中心部。
中心部から隣接自治体。
郊外から駅周辺。
市外から相川市。
相川市から市外。
一方向ではない。
「思ってたよりぐちゃぐちゃですね」
岸本が言う。
「人の引っ越しなんだから、そんなもんだろ」
「もっと中心に集まってるのかと思ってました」
「中心部は多いけどな」
実際、一番太い線は中心生活圏へ向かっている。
だが、それだけではない。
家族の近く。
職場の近く。
住居費の低い地域。
支援拠点へのアクセスがいい地域。
理由によって方向は変わっていた。
悠真は表示項目を切り替えた。
《変更後状態》
矢印の一部が薄くなる。
残ったものだけを見る。
《生活状態 安定》
中心部。
隣接自治体。
郊外。
市外。
ばらばらだった。
「中心に行けば成功ってわけでもない」
岸本が言う。
「ああ」
「じゃあ、さっきの安定率の差は?」
「条件違うって書いてただろ」
「そうでした」
悠真は集計を閉じかけた。
その時、右側に別の区分があることに気づいた。
《急変事象関連》
《生活圏変更 あり》
詳細は表示されなかった。
悠真はそのまま閉じた。
*
十七時二十四分。
基盤運用統括室から、自動照合結果が届いた。
《生活条件対照確認》
《地域設備需要との整合》
金曜日に追加されたばかりの手順が使われている。
対象は、急変事象関連の設備需要記録だった。
《確認対象》
《変更前後生活条件》
《設備需要影響》
《結果》
《整合》
悠真は開く。
個別の生活記録ではない。
設備側に必要な項目だけが残されている。
《変更前》
《住宅需要 あり》
《通勤需要 あり》
《地域施設利用 低》
《変更後》
《住宅需要 別生活圏へ移行》
《通勤需要 変更》
《地域施設利用 増》
《生活圏変更 あり》
「使われてる」
悠真が言った。
「何が?」
「新しい手順」
岸本が画面を見る。
「早いですね」
「ああ」
《生活条件対照確認》
《整合 確認》
押す。
次の記録が出る。
同じ区分だった。
《変更前》
《住宅需要 あり》
《就労需要 あり》
《変更後》
《住宅需要 変更なし》
《就労需要 別生活圏へ移行》
《主要利用地域 変更》
悠真は少し止まった。
一つ前とは違う。
引っ越してはいない。
仕事の場所が変わっている。
《本人選択確認 済》
《整合 確認》
次。
今度は通常支援事例だった。
《居住地変更 なし》
《就労条件変更 なし》
《生活支援利用 継続》
《主要利用地域 変更》
同じ「生活圏変更」でも、中身は違う。
悠真は確認を続けた。
*
十七時三十二分。
一覧の最後に集計が出た。
《地域設備影響を伴う生活圏変更》
《通常支援事例》
《複数》
《急変事象関連》
《複数》
悠真は表示を見直した。
《複数》
それだけだった。
件数はない。
どの事例かもない。
七件のうち何件なのかも分からない。
だが、一件ではなかった。
岸本が画面を見ている。
「複数なんですね」
「ああ」
「同じ方向?」
悠真は《変更種別》を開く。
《居住》
《就労》
《主要利用地域》
《支援利用地域》
「方向までは出てない」
「じゃあ分からないか」
「分からない」
悠真はそのまま閉じた。
追加照会の項目はある。
《詳細照会》
押せば、設備計画上の必要性を入力する画面が開く。
悠真は触れなかった。
今の設備再編に必要なのは、個別の行き先ではない。
需要がどこで増え、
どこで減ったか。
それだけで足りる。
*
十七時四十分。
提出済みの北部設備更新案に、統括室の集計が自動反映された。
《参考条件追加》
《生活圏変更 継続》
《急変事象関連を含む》
《設備計画への影響》
《軽微》
推奨値は変わらない。
《更新容量 現状比九〇%》
悠真は確認した。
《変更不要》
表示が保存される。
岸本が鞄を持つ。
「結局、何人だったんでしょうね」
「何が」
「七件の人」
悠真は少しだけ顔を上げた。
「出てない」
「ですよね」
「設備計画には要らないから」
「はい」
岸本はそれ以上聞かなかった。
*
十八時前。
悠真は地域地図を最後に一度開いた。
午前中より、設備計画の表示が整理されている。
北部。
中心部。
隣接自治体。
市境。
需要が減る場所。
増える場所。
維持される場所。
その下に、生活圏変更の集計を重ねる。
矢印が現れる。
細いもの。
太いもの。
途中で消えるもの。
別方向へ伸びるもの。
一つずつの理由は違う。
就職。
転職。
家族。
住居費。
支援。
通院。
本人希望。
表示された理由を一つ外す。
矢印はほとんど変わらない。
別の理由を外す。
やはり残る。
最後に、
《支援アクセス》
を外した。
中心部へ向かう線が少し細くなった。
悠真は元へ戻した。
*
帰宅準備をしていると、相川市から最終通知が届いた。
《北部設備更新案》
《内部確認》
《現状比九〇%案 採用》
《今後の需要変化に応じ再評価》
悠真は《確認》を押した。
それで今日の仕事は終わりだった。
端末を閉じる。
席を立つ。
窓の外では、帰宅時間の電車が駅へ入ってきていた。
ホームから人が降りる。
別の人が乗る。
誰がどこから来たのかは分からない。
誰がどこへ帰るのかも分からない。
悠真は鞄を肩へ掛けた。
エレベーターへ向かう途中、壁面の地域需要地図が自動で待機表示へ切り替わる。
人の移動を示していた矢印が消える。
残ったのは、
薄くなった北部と、
少し濃くなった中心部だった。
第18話 完




