第19話 最適な一日 Part1 空いた時間
火曜日の朝。
悠真がリビングへ入ると、食卓の中央に一日の予定が並んでいた。
《佐伯家 本日の予定》
《悠真》
《出社 七時三十五分》
《帰宅予測 十八時四十八分》
《美咲》
《午前 買い物》
《午後 歯科定期確認》
《蒼》
《学校》
《放課後 部活動》
《陽菜》
《学校》
《放課後 図書室利用》
《蓮》
《園》
《十六時二十分 帰宅予定》
珍しく、全員の予定が一画面に収まっている。
「今日はきれいだな」
悠真が言うと、美咲が味噌汁を置いた。
「何が?」
「予定」
「ああ」
美咲は画面を見る。
「昨日の夜、ちょっと調整したから」
「何を?」
「歯医者」
「今日だったっけ」
「明日の予定だったんだけど、今日の方が空いたみたい」
悠真は詳細を開いた。
《予約変更候補》
《変更前》
《水曜日 十五時四十分》
《変更後》
《火曜日 十四時五十分》
《変更による影響》
《待機時間 十二分短縮》
《買い物経路との重複 あり》
《蓮の帰宅予定への影響 なし》
《本人確認 済》
「変えたんだ」
「うん」
「昨日?」
「寝る前」
「言ってた?」
「言ってないかも」
美咲は少し考えた。
「別に一人で行くし」
「まあ、そうだけど」
「何?」
「いや」
悠真は画面を閉じた。
確かに、自分へ相談するようなことではない。
予約時間を一日ずらしただけだ。
美咲が選び、確定している。
誰かが勝手に変えたわけでもない。
「今日だと、帰りにスーパー寄って、そのまま歯医者行けるの」
「いいじゃん」
「でしょ」
美咲は笑った。
*
陽菜が眠そうな顔で席へ着いた。
「今日、図書室なんだな」
悠真が言う。
「うん」
「何か調べるの?」
「本返す」
「それだけ?」
「新しいの借りる」
「模型?」
「違う」
「じゃあ何」
「まだ決めてない」
陽菜はヨーグルトの蓋を開ける。
画面には、
《放課後予定》
《図書室利用》
《滞在予定 三十一分》
《帰宅経路》
《通常経路》
とある。
「三十一分って決めてるのか?」
「決めてないよ」
「出てるぞ」
「予測」
陽菜が当然のように言う。
「前もだいたいそれくらいだったから」
「延びたら?」
「延びるだけ」
「短かったら?」
「早く帰る」
「そりゃそうか」
「何で?」
「いや」
陽菜は端末を見る。
「真央ちゃん、今日は来ないんだって」
「図書室?」
「うん」
「じゃあ一人か」
「たぶん」
その直後、画面が小さく更新された。
《図書室混雑予測 低》
《推奨利用時間帯 十五時二十五分から十六時十分》
《現在予定との一致 高》
陽菜は一度だけ見て、閉じた。
「ちょうどいいじゃん」
美咲が言う。
「うん」
それで終わった。
*
蓮は食卓でコップの牛乳を飲みながら、予定画面を見ていた。
「ぼく、きょうなにするの?」
「園」
「そのあと」
「帰ってくる」
「そのあと」
「家」
「なにする?」
「知らないよ」
蓮が悠真を見る。
「パパ、きめて」
「俺が?」
「うん」
「帰ってから考えればいいだろ」
蓮は少し不満そうだった。
美咲が画面を見る。
「候補は出てるよ」
《帰宅後候補》
《室内遊び》
《近隣公園》
《動画視聴》
《予定なし》
「こうえん」
蓮がすぐ言う。
「今日は暑いよ」
美咲が答える。
《十六時以降 暑さ指数 高》
《屋外活動推奨時間 二十分以内》
「じゃあ二十分」
「ちゃんと帰ってくる?」
「くる」
「本当に?」
「たぶん」
「たぶんはだめ」
美咲が笑う。
画面には、
《近隣公園》
《十六時四十分出発》
《十七時帰宅》
《水分補給推奨》
と出た。
その下。
《この予定を追加》
《候補のまま保持》
美咲は、
《候補のまま保持》
を押した。
《帰宅後に再確認します》
蓮が画面を見る。
「いかないの?」
「まだ決めてない」
「なんで?」
「帰ってきた時に疲れてるかもしれないでしょ」
蓮は少し考えてから頷いた。
「つかれてなかったらいく」
「そうしよう」
予定表には、公園は入らなかった。
候補だけが残った。
*
蒼が最後に席へ来た。
「今日、部活何時までだ?」
悠真が訊く。
「五時半」
「遅いな」
「普通」
「帰りは?」
「十八時十二分くらい」
画面にも、
《帰宅予測 十八時十一分》
とある。
「一分違うぞ」
「昨日見た時は十二分だった」
「更新されたんだろ」
蒼が開く。
《交通混雑予測更新》
《帰宅予測 十八時十一分》
「本当だ」
「負けたな」
「何に?」
「予測」
蒼は笑った。
「別に勝負してない」
「予測より早く帰ってきたら勝ちとか」
「危ないからやめろ」
「走らないよ」
「ならいい」
「信号で変わるかもしれないし」
「それなら勝てるな」
二人が話している横で、家庭用端末が静かに予定を更新した。
《佐伯家 本日の予定連携》
《変更反映済み》
《予定衝突 なし》
《送迎調整 不要》
《家事負担集中 なし》
《帰宅時間帯 分散》
《追加対応 不要》
悠真は最後の一行まで見る。
特にすることはないらしい。
「今日、楽そうだね」
美咲が言った。
「ああ」
「夕飯も全員ほぼ同じ時間だし」
「何時?」
「十九時前」
《家族夕食候補》
《十八時五十五分》
《参加見込み 五名》
《準備負担 低》
「何作るの?」
悠真が訊く。
「鶏肉」
「それも出てる?」
「候補は」
美咲が開く。
《夕食候補》
《鶏肉と野菜の蒸し焼き》
《調理時間 二十四分》
《現在の冷蔵庫在庫で対応可能》
《追加購入 不要》
その下に別案もある。
《鮭》
《豚肉》
《外食》
《未定》
「鶏にした?」
「まだ」
「じゃあ、何で鶏って言ったんだよ」
「私もそれがいいと思ったから」
「先に見た?」
「昨日」
「なるほど」
美咲は笑った。
「嫌だったら変えるけど」
「俺はいい」
「子どもたちも食べるし」
「じゃあ鶏でいいんじゃない」
美咲が《鶏肉と野菜の蒸し焼き》を選ぶ。
《夕食候補を確定しますか》
《確定》
《候補へ戻す》
《確定》
《家族予定へ反映しました》
悠真の端末にも夕食予定が追加された。
十八時五十五分。
家族五人。
自分の帰宅予測は十八時四十八分。
七分余裕がある。
「間に合うな」
悠真が言う。
「間に合うように選んだんだけど」
美咲が答えた。
「俺の帰宅時間も見た?」
「出てるからね」
「そうか」
「何?」
「いや」
また同じ返事をした。
*
玄関で靴を履く。
いつもなら美咲から、
「今日は何時?」
と聞かれることがある。
遅くなるなら連絡して。
夕飯いる?
子どもの迎えお願いできる?
そういう確認。
今日はなかった。
必要がないからだ。
美咲は帰宅予測を知っている。
悠真も、家族の予定を知っている。
もし遅れれば更新される。
大きく変われば確認が来る。
悠真は鞄を持った。
「行ってきます」
「いってらっしゃい」
「パパ」
蓮が廊下から走ってくる。
「なに?」
「こうえん」
「帰ってからだろ」
「つかれてなかったら」
「ああ」
「わすれないで」
「忘れない」
蓮が戻っていく。
扉を開ける。
端末が振動した。
《通勤経路》
《通常経路》
《出発を二分遅らせると、駅構内混雑を回避できます》
《到着予測への影響 なし》
悠真は時計を見る。
急ぐ理由はない。
靴を履いたまま、玄関で二分待つこともできる。
ただ、それは少し間抜けだった。
《別経路》
を開く。
一つ隣の入口から駅へ入る経路。
徒歩が一分増える。
《混雑 低》
《到着予測 同一》
悠真はそちらを選んだ。
《経路を変更しました》
外へ出る。
朝の空気はすでに少し暖かい。
いつもの角を曲がらず、
一本先の道へ向かった。
そこに特別なものはなかった。
信号も、
コンビニも、
小さな公園も、
全部知っている場所だった。
ただ、普段は通らない。
悠真はそのまま駅へ歩いた。
予定どおり、
混雑には遭わなかった。




