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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第17話 未統合の一文 Part1 数値ではなく


金曜日の朝。

悠真は昨日から残っていた一文を、もう一度読んだ。

《数値ではなく、変更前後の生活を比較すること》

それだけだった。

前後に説明はない。

対象者もない。

日付も、数値も、具体例も書かれていない。

画面の上には、

《旧担当者作業メモ》

《正式資料ではありません》

《統合先 未設定》

とある。

悠真は一度、本文を閉じた。

もう一度開く。

文章は変わらない。

《数値ではなく、変更前後の生活を比較すること》

「それ?」

隣から岸本の声がした。

悠真は画面を少し伏せる。

「担当外だろ」

「読んでませんよ」

「じゃあ何がそれなんだ」

「昨日から引っ張ってたやつ」

「ああ」

岸本は自分の端末へ視線を戻した。

「長かった割に、一文なんですね」

「最初から一文って出てただろ」

「もっと意味深なのかと」

「意味深って何だよ」

「『この記録を見た者は――』みたいな」

「仕事のメモだぞ」

「知ってます」

悠真はもう一度文章を見る。

意味は分かる。

設備需要を確認する時、数字だけ見ない。

支援の前と後で、生活がどう変わったかも見る。

それだけなら、特別なことではなかった。

実際、似た確認はこれまでも行っている。

在宅時間。

公共交通。

施設利用。

給湯。

電力需要。

数値が変われば、その背景にある生活条件も確認する。

「何か変なんですか?」

岸本が訊いた。

「いや」

悠真は答えた。

「普通の注意だと思う」

「じゃあ何で統合されてないんです?」

「それを今見る」

画面の下に処理項目がある。

《未統合情報の取扱》

《既存手順への統合を検討》

《参考情報として保持》

《担当範囲外として照会》

悠真は一番上を選んだ。

九時の定例が終わったあと、悠真は設備需要確認手順を開いた。

昨日も一度見たものだった。

《設備需要確認手順》

《確認項目》

《予測値》

《実測値》

《差分》

《設備反映日時》

《支援・運用変更日時》

《地域需要分類》

数字は揃っている。

生活条件も、一部は含まれていた。

ただ、

《生活》

という項目はなかった。

「これか」

悠真は小さく言った。

一覧の下に、

《関連情報》

がある。

開く。

《在宅時間変化》

《交通利用変化》

《公共施設利用変化》

《住居設備利用変化》

ここまで見れば、メモの内容はすでに手順へ含まれているようにも見える。

だが、文章としては違った。

現在の手順は、変化した項目を個別に確認する。

元のメモは、

《変更前後の生活を比較すること》

と書いている。

「何が違うんです?」

岸本がコーヒーを持って戻ってきた。

「まだいたのか」

「いますよ。勤務中なので」

「そうじゃなくて、こっち見てるから」

「見せられてないので、何も見えてません」

悠真は少し考え、メモ本文を閉じたまま手順だけを岸本側へ共有した。

「これ」

「設備需要確認?」

「ああ」

「昨日の引継ぎですか?」

「今の手順だと、変化した項目を見る」

岸本が画面を送る。

「在宅、交通、施設、設備」

「そう」

「十分じゃないですか?」

「たぶんな」

「たぶん?」

悠真は答えず、比較表示を開いた。

通常生活支援事例。

匿名化された過去資料。

《支援前》

《在宅率 六十二パーセント》

《公共交通利用 週九・一回》

《地域施設利用 週二・四回》

《支援後》

《在宅率 四十八パーセント》

《公共交通利用 週十二・七回》

《地域施設利用 週四・一回》

数値だけなら分かりやすい。

外出が増えた。

交通利用が増えた。

地域施設の利用も増えた。

支援後の変化としては良好に見える。

その下に、

《生活条件》

があった。

悠真は開く。

《支援前》

《就労なし》

《単身》

《居住地変更なし》

《支援後》

《就労開始》

《単身》

《勤務先変更》

《生活時間帯変更》

数字が動いた理由も分かる。

「変なところはないですね」

岸本が言う。

「ああ」

悠真は別の事例を開く。

こちらも通常支援だった。

《支援前》

《在宅率 七十一パーセント》

《支援後》

《在宅率 四十三パーセント》

数値だけなら似ている。

だが生活条件は違った。

《支援前》

《家族同居》

《短時間勤務》

《支援後》

《家族同居》

《勤務時間拡大》

《地域活動参加開始》

「同じように数字が下がってても、中身は違う」

悠真が言う。

岸本が二つの画面を見比べた。

「まあ、そりゃそうでしょうね」

「だから、これをまとめる時に」

悠真は手順へ戻る。

《在宅時間変化》

そこだけなら、どちらも

《減少》

になる。

《交通利用》

なら、

《増加》

になる。

分類すると似る。

生活として見ると、違う。

「その人が何してるかも見るってこと?」

「そう読める」

「そういうことですか」

「たぶんな」

岸本はコーヒーを飲んだ。

「じゃあ入れればいいんじゃないですか?」

「簡単に言うな」

「難しいんです?」

「手順に入れるなら、何を確認するか決めないと」

「生活全部?」

「そんなの誰が見るんだよ」

「ですよね」

岸本は笑った。

悠真も画面を見る。

《変更前後の生活》

それだけでは広すぎる。

仕事。

家族。

住居。

移動。

健康。

手続き。

支援利用。

設備需要を確認するために、全部を見る必要はない。

必要な範囲だけでいい。

いつもと同じだった。

十時五十分。

悠真は基盤運用統括室へ照会を出した。

《未統合メモ 取扱確認》

《提案》

《設備需要に影響する生活条件について、変更前後を対照表示する》

《対象候補》

《居住状態》

《就労・通学による在宅時間》

《主要移動条件》

《生活支援利用》

《地域施設利用》

《設備利用条件》

その下に、

《個人情報の追加表示を求めるものではありません》

と付けた。

送信前に一度読み直す。

旧担当者が何を意図していたかは分からない。

悠真は提案内容をもう一度確認し、送信した。

《照会を送信》

数秒後、

《基盤運用統括室》

《確認予定 本日中》

と返った。

「終わり?」

岸本が訊いた。

「向こうの確認待ち」

「元の人には聞かない?」

「聞く必要が出たらな」

「気にならないんですか?」

「何が?」

「どういう意味で書いたか」

悠真は少し考えた。

「本人が書いた意味と、仕事で使う意味が同じとは限らないだろ」

岸本の手が止まった。

「それ、ちょっと嫌ですね」

「何で?」

「私が何か書いて、後から別の意味で使われたら」

「別の意味っていうか、一般化するんだよ」

「名前取って?」

「必要なら」

「文章も変えて?」

「手順なら変えるだろ」

岸本は少しだけ画面を見る。

「じゃあ、元の文章は?」

「元記録には残るんじゃないか」

「たぶん?」

「ああ」

「またたぶん」

「まだ処理前だからな」

岸本は笑って、自分の席へ戻った。

悠真も通常業務へ画面を切り替えた。

未統合メモは、確認待ちのまま残っている。

《数値ではなく、変更前後の生活を比較すること》

短い一文だった。

手順にするには、少し広すぎる。

そのまま残すには、少し曖昧だった。


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