第16話 空いた机 Part3 残っている一件
十六時二十分。
悠真は《内容を確認》へ触れた。
画面が切り替わる。
《旧担当者作業メモ》
《正式資料ではありません》
《関連資料》
《通常生活支援事例》
《急落事象設備影響》
《作成目的》
《個人作業補足》
《統合先 未設定》
その下に、
《本文を表示》
がある。
「やっと見るんですね」
岸本が言った。
「仕事終わったからな」
「一文でしたよね」
「ああ」
「何て書いてあると思います?」
「知らない」
「予想は?」
「しない」
「つまらない」
悠真は笑って、画面へ目を戻した。
右側には別の項目がある。
《関連統合情報を確認》
先にそちらを開いた。
《設備需要確認手順》
《支援開始日時と設備反映日時を分離》
《地域施設利用と住宅需要を別分類》
《予測値・実測値の双方を保存》
見覚えのある内容だった。
別の二件の作業メモは、すでにこの手順へ統合されている。
最後の一件だけが残っている。
「これだけ入ってない」
悠真が言う。
「内容が違う?」
「まだ見てない」
「だから見ればいいのに」
「今見るよ」
悠真が《本文を表示》へ指を伸ばした。
「佐伯さん」
課長に呼ばれた。
顔を上げる。
「はい」
「相川市の施工条件、一件だけ確認できますか」
「急ぎです?」
「いえ。五分程度です」
悠真は時計を見る。
十六時四十四分。
引継ぎの予定は十六時五十分まで。
「先に見ます」
岸本が小声で言った。
「何を?」
「一文」
「何でお前が決めるんだよ」
課長が笑う。
「引継ぎは明日でも大丈夫ですよ」
「じゃあ相川やります」
悠真は画面を閉じた。
《引継ぎ処理》
《保留》
《残り一件》
*
相川市から届いたのは、工事車両の待機位置についての確認だった。
《北部第二蓄電施設》
《工事車両一時待機位置》
《候補A 既存資材置場》
《候補B 仮設待機区画》
候補Aは搬入距離が短い。
候補Bは住宅側道路を使わない。
以前の住民説明条件には、
《工事車両経路 対象住宅前回避》
とある。
悠真は候補Bを選んだ。
《設備条件確認》
《候補B 適合》
《東央商事確認済み》
採用判断は相川市側へ戻る。
処理は四分で終わった。
「本当に五分でしたね」
岸本が言う。
「一分余った」
「一文読めますよ」
「処理まで終わらない」
「読むだけなら」
「明日」
「ここまで来て?」
悠真は引継ぎ通知を開く。
《未統合メモ 一件》
《本日確認予定》
《翌営業日に確認》
《照会》
《翌営業日に確認》
を選ぶ。
《予定を更新しました》
「逃げないでしょうしね」
岸本が言った。
「何が?」
「メモ」
「逃げたら怖いわ」
岸本が笑った。
*
十八時前。
退勤の準備を終えた悠真は、基盤運用統括室へ立ち寄った。
朝、空いていた机の上から収納箱がなくなっている。
個人端末もない。
書類もない。
椅子だけが机の中へ収められていた。
近くの社員が画面を閉じながら言う。
「備品、ありがとうございました」
「あれで全部?」
「はい」
「補充は?」
「候補が出ています。早ければ来週です」
「早いですね」
「席を空けておく理由もないですから」
悠真は机を見る。
朝より、さらに何もなくなっていた。
「前の人、もうここ使わないんですよね」
「今の配置が続く間は」
社員はそう答えた。
それ以上、悠真も聞かなかった。
執務区画を出る。
廊下を歩きながら、業務端末を確認する。
今日の処理済み項目が並んでいる。
相川市。
設備契約。
引継ぎ履歴。
その一番下。
《確認待ち》
《担当履歴引継ぎ》
《未統合情報 一件》
本文はまだ開いていない。
悠真は通知を閉じた。
*
翌朝。
出勤すると、昨日まで空いていた机の前に一人の社員が立っていた。
席を使う人ではないらしい。
端末を接続し、初期設定だけを行っている。
画面には、
《利用者未設定》
と表示されていた。
悠真はその前を通り過ぎる。
自席に着く。
予定表を開く。
《九時 部門定例》
《十時三十分 設備仕様確認》
《十三時 契約条件照合》
その下に、
《確認待ち 一件》
が残っている。
悠真は開いた。
《担当履歴引継ぎ》
《未統合情報 一件》
《所要時間予測 十二分》
昨日と同じ表示だった。
今度は、
《内容を確認》
を押した。
《旧担当者作業メモ》
《正式資料ではありません》
《統合先 未設定》
その下。
《本文を表示》
悠真は指を置く。
画面が開いた。
一文だけだった。
悠真は、その文章を最初から読み直した。
第16話 完




