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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第16話 空いた机 Part2 引き継がれるもの

統括室の社員が戻ってきたのは、五分ほど後だった。

「すみません。お待たせしました」

「大丈夫です」

社員が席へ戻る。

悠真の画面には、さっきの引継ぎ一覧がそのまま残っていた。

《作業メモ 三件》

《統合済み 二件》

《未統合 一件》

「続けますね」

「お願いします」

社員が共有画面を開く。

「今回の引継ぎは、過去資料を改めて判断してもらうものではありません」

《引継ぎ対象》

《確認済み記録》

《照会履歴》

《未完了処理》

《後続作業に必要な補足》

「確認済みの資料は、そのまま確認済みとして引き継がれます」

「もう一度見る必要はない?」

「原則ありません」

「照会も?」

「回答済みなら、その回答ごと残ります」

悠真は履歴を開く。

見覚えのある表記があった。

《所管照会》

《代表比較資料 Case-04》

《照会内容》

《代表比較資料として指定されている理由》

《状態 回答済み》

詳細を開く。

以前、自分が確認した回答がそのまま表示された。

《代表指定理由》

《記録連続性》

《必要項目の欠損が少ない》

《再計算結果の一致》

《支援開始前後の比較が可能》

《共有形式が統一されている》

新しい情報はない。

「これも引継ぎ対象なんですね」

「はい」

「俺が出した照会なのに?」

「担当者が変わった時に、同じ照会を繰り返さなくて済むようにです」

「ああ」

それなら分かる。

過去に誰かが質問した。

すでに回答されている。

次の担当者が同じ疑問を持った時、もう一度別部署へ問い合わせる必要はない。

「効率いいですね」

「照会って、意外と重複するんですよ」

統括室の社員が笑った。

「特に担当が変わると」

「前の人が何を聞いたか分からないから?」

「そうです。資料だけ見れば分かることでも、判断の経緯までは別ですから」

悠真は画面を送る。

《照会履歴 四件》

自分が出したものだけではない。

別の担当者による照会も含まれている。

《設備需要変化の観測開始点について》

《支援開始日と設備反映日の区別について》

《地域施設利用増加の分類について》

《代表比較資料の指定理由について》

どれも業務上の質問だった。

原因を聞いているものはない。

N-Indexの判定について尋ねたものもない。

表示された範囲だけなら、

普通の検証作業だった。

「元の担当者から、直接説明はないんですか?」

悠真が尋ねた。

社員は一度画面を見る。

「必要なら連絡できます」

「必要なら?」

「担当記録で不足する場合です」

「今のところは?」

「引継ぎシステム上は不足なしです」

《引継ぎ充足率》

《九十八・七パーセント》

「細かい数字ですね」

「資料、照会、作業状態が揃っている割合です」

「百じゃないのは?」

社員が画面を指す。

《未統合メモ 一件》

「あれか」

「はい」

「それ以外は?」

「正式資料か手順に統合されています」

悠真は少し考える。

「本人に聞けば、百になるんじゃないですか」

社員は首を横に振った。

「本人へ聞いても、必ず百になるとは限りません。記憶と記録は別なので」

「遠隔で確認は?」

「できます。ただ、まず記録を確認します。それで足りなければ照会します」

「なるほど」

「現地、忙しいんですか?」

「今はかなり」

社員が答える。

「地域基盤再編計画が予定より広がっていますから」

「だから正式配置?」

「それも理由の一つです」

《配置判断》

《現地対応継続による業務中断 小》

《旧所属復帰後の再派遣負担 中》

《現地関係者との連携継続 有効》

《本人継続希望 あり》

《双方所属責任者 承認済み》

悠真は最後まで読む。

「戻ってきて、また行くより、そのままいた方がいい」

「そういう判断です」

「本人も?」

「継続を希望しています」

悠真は頷いた。

説明が一段落し、悠真は統括室の席から立った。

「一度、旧担当者の作業環境も確認しますか?」

社員が尋ねる。

「作業環境?」

「担当履歴の紐付けです。席そのものではなく、どの共有領域を使っていたか」

「ああ。お願いします」

二人で執務区画へ移る。

朝見た空いた机の前を通る。

収納箱には、まだ《返却予定》と表示されていた。

その隣の席には、別の社員が座っている。

さらに隣。

そのまた隣。

誰も空いた机を気にしていない。

元の担当者の画面領域が開かれる。

《基盤運用統括室》

《外部検証支援》

《担当履歴》

《現担当 未設定》

「未設定?」

悠真が尋ねる。

「常設担当を一人置く仕事ではないので」

「必要な時だけ割り振る?」

「はい」

《担当候補》

《設備需要領域》

《生活基盤領域》

《通知整合領域》

《監査照会窓口》

資料ごとに必要な人が違う。

以前もそうだった。

悠真が参加した時も、欠員補充で条件の合う社員が集められただけだった。

一人が抜けても、その人の役職を丸ごと誰かが受け継ぐわけではない。

仕事を細かく分け、

必要な部分だけ、

次の人へ渡す。

「机は空くけど、担当は空かない」

悠真が言った。

社員が少し笑う。

「まあ、そうですね」

「変な言い方しました?」

「いえ。だいたい合ってます」

画面では、旧担当者が扱っていた資料が別々の領域へ割り振られていく。

《設備需要確認》

《候補担当 二名》

《生活支援通知照合》

《候補担当 三名》

《急落事象設備影響》

《既存確認者から選定》

最後の項目で悠真は少し止まった。

「既存確認者」

「過去に同じ資料区分を扱った人です」

「俺も?」

「入っています」

候補一覧を開く。

氏名は自分のものだけ表示される。

他の社員については、

《候補者 三名》

としか出ていない。

「誰がいるかは見えない?」

「候補者同士で知る必要がないので」

「そうですよね」

悠真は閉じた。

以前、同じ会議区画には何人かいた。

設備需要を見た社員。

生活支援資料を確認した社員。

急落事象の集計を一緒に見た社員。

名前を覚えている者もいる。

覚えていない者もいる。

ただ、今どこで何をしているのかまでは知らない。

「前に一緒に確認した人たちは、まだ統括室にいるんですか?」

「統括室所属だった方ですか?」

「応援で入ってた人も」

社員が画面を確認する。

「現在所属は、この画面からは一覧表示できません」

「そうですか」

「佐伯さんと同じように、元の業務へ戻った方がほとんどだと思いますよ」

「ですよね」

十一時二十五分。

自席へ戻る。

岸本は自治体向け設備資料を確認していた。

「長かったですね」

「引継ぎ」

「終わりました?」

「ほぼ」

「ほぼ?」

悠真は画面を開く。

《担当履歴引継ぎ》

《確認済み資料 引継ぎ完了》

《照会履歴 引継ぎ完了》

《作業状態 引継ぎ完了》

《未統合メモ 一件》

岸本が最後を見る。

「朝のやつ」

「ああ」

「見たんです?」

「まだ」

「何で?」

「今日中に見る必要ないから」

「珍しい」

「何が」

「佐伯さんなら開くかと思ってました」

「仕事あるんだよ」

悠真の予定には、

《十一時三十分 設備保守契約確認》

が入っている。

開始まで五分。

「五分ありますよ」

「五分しかない」

「一文なんですよね?」

「一文でも、その後何か確認するなら五分じゃ足りないだろ」

岸本は笑った。

「そこは急がないんですね」

「急ぐ理由ないだろ」

「昨日までなら、気になったら開いてませんでした?」

悠真は一瞬考えた。

「必要ならな」

「今回は?」

「引継ぎが終わるまでに見ればいい」

「なるほど」

岸本はそれ以上言わなかった。

悠真も画面を閉じる。

《未統合メモ 一件》

通知欄には残る。

消えてはいない。

後回しにしただけだった。

十三時四十分。

設備保守契約の確認を終えると、

引継ぎに関する追加通知が届いていた。

《担当履歴移管》

《後続担当設定》

《設備需要領域》

《佐伯悠真》

《補助担当 一名》

悠真は内容を見る。

「正式に来た」

岸本が尋ねる。

「引継ぎ?」

「ああ」

「Case-04も?」

「必要になった時の設備側だけ」

《担当範囲》

《設備需要記載》

《生活基盤影響》

《過去照会との整合》

《担当範囲外》

《急落要因》

《N-Index判定》

《監査判断》

朝から何度も見た範囲だ。

「また資料確認始まるんですか?」

「追加が来れば」

「今は?」

《現在の追加確認依頼》

《なし》

「なし」

「じゃあ何も増えない」

「ああ」

岸本は少し残念そうに見えた。

「何だよ」

「いや。何かあるのかと思って」

「ない方がいいだろ」

「仕事は」

「仕事以外で何があるんだよ」

「佐伯さんが気にしてたやつ」

「今は別に」

岸本は自分の画面へ戻る。

「前の担当者も、もう見ないんでしょうね」

「何を?」

「その資料」

「配置変わったんだから、そうじゃないか」

「現地の仕事してる」

「ああ」

「佐伯さんが代わりに見る」

「必要な部分だけな」

「上手くできてる」

「何が?」

「人が動いても、仕事は止まらない」

悠真は少し笑った。

「会社なんだから当たり前だろ」

「そうなんですけど」

岸本も笑った。

「机一個空いても、困らない」

悠真は朝見た机を思い出した。

椅子だけが、きれいに収められていた。

十六時十八分。

通常業務が一段落した。

悠真の予定には三十分ほど空きができていた。

業務支援画面が候補を表示する。

《次に行う業務》

《相川市設備仕様照合》

《月次契約整理》

《担当履歴引継ぎ 未完了項目》

三つ。

最後には、

《所要時間予測 十二分》

とある。

悠真はそれを選んだ。

《担当履歴引継ぎ》

《残り一件》

《作業メモ》

《統合状態 未統合》

画面を開く。

午前中に見たものと同じだった。

ただ今回は、

その下に処理選択肢が表示されている。

《内容を確認》

《後で確認》

《引継ぎ対象外として照会》

悠真は《内容を確認》へ指を置く。

そこで止めた。

画面上部には、

《旧担当者作成》

《正式資料ではありません》

《作成目的 作業時の補足》

《統合先 未設定》

とある。

正式な判断記録ではない。

監査結果でもない。

誰かが仕事の途中で残した、

一つのメモ。

悠真はその説明だけを先に確認した。

本文はまだ折り畳まれている。

《一文》

とだけ表示されていた。

《作業メモ 一件》

《統合状態 未統合》

本文は、まだ折り畳まれている。

悠真は時計を見た。

十六時十八分。

予定には、まだ少し余裕があった。


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