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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第15話 静かな転居 Part3 集まる方


翌日の水曜日。

午前九時過ぎ。

悠真の予定に、相川市の月次需要整理が入っていた。

《相川市生活基盤更新計画》

《地域需要分布 月次確認》

《対象期間 六月》

《設備計画反映用》

昨日の転居とは直接関係のない、定例の資料だった。

悠真はコーヒーを置き、画面を開く。

地域ごとの住宅需要。

公共交通。

公共施設。

蓄電池。

給湯。

生活時間帯。

いつも見る数字が並んでいる。

《北部生活圏》

《住宅需要 微減》

《中央生活圏》

《住宅需要 増加》

《東部生活圏》

《ほぼ横ばい》

《南部生活圏》

《微減》

大きな変化ではない。

人口移動として見れば誤差に近い。

悠真は中央生活圏を開いた。

《住宅需要増加要因》

《新規入居》

《世帯構成変更》

《転居》

《空室再利用》

昨日確認した一世帯も、この中に含まれているはずだった。

個別には分からない。

設備計画に必要なのは総数だけだ。

「中央、増えてます?」

岸本が声をかけた。

「ああ」

「昨日の人も?」

「入ってるとは思うけど、個別には出ない」

岸本が自分の画面から月次資料を開く。

「北は減ってる」

「ああ」

「中央は増えてる」

「そうだな」

「みんな駅の方に引っ越してるんですか?」

「みんなってほどじゃない」

数字を確認する。

《六月転居流入》

《中央生活圏 十三世帯》

《六月転居流出》

《中央生活圏 五世帯》

差し引き八世帯。

中央生活圏全体から見れば小さい。

「八世帯か」

岸本が言う。

「大した数じゃないな」

「でも増えてる」

「一か月だけじゃ分からない」

「前月は?」

悠真が比較を開く。

《五月》

《流入 十一》

《流出 六》

《純増 五》

《四月》

《流入 九》

《流出 七》

《純増 二》

岸本が少し笑う。

「ちょっとずつ増えてる」

「ああ」

「人気なんですね」

「駅近だからな」

「病院もある」

「商業施設も」

「行政窓口も」

「学校も近い」

理由はいくらでもある。

中央生活圏が便利なのは、生活支援制度があるからではない。

もともと市の中心部だった。

交通が集まり、

施設が集まり、

人が集まる。

その結果、さらに設備も集まっている。

自然なことだった。

悠真は月次資料を下へ送る。

《設備計画上の対応》

《中央生活圏》

《住宅需要増加 既存余裕内》

《公共施設需要増加 既存余裕内》

《地域蓄電池利用率 上昇》

《追加投資 現時点不要》

北部。

《住宅需要減少》

《地域蓄電池利用率 低下》

《公共交通利用 微減》

《設備維持条件 変更なし》

今は、どちらも問題ない。

「減った方も、そのままなんですね」

岸本が言う。

「何が?」

「北の設備」

「ああ。八世帯とか十世帯減ったくらいで設備撤去しないよ」

「ですよね」

「また増えるかもしれないし」

「空いた家に誰か来るかもしれない」

昨日の旧宅もそうだった。

次の住人が決まれば、需要は戻る。

設備はそのために残してある。

十時二十分。

月次確認の共同会議が始まった。

参加者は相川市と東央商事。

議題は需要分布の変化と、次四半期の設備運用だった。

相川市担当者が画面を共有する。

《人口・需要分布》

《短期変動 通常範囲》

《設備再配置 不要》

「中央生活圏の増加についても、現時点では既存設備余裕内です」

担当者が説明する。

「北部および南部の減少も、設備構成変更を必要とする水準ではありません」

悠真は確認を付ける。

特に問題はない。

次。

《生活支援利用分布》

悠真は少しだけ目を止めた。

設備計画に必要な範囲だけ、地域別の利用密度が表示されている。

個人単位ではない。

《中央生活圏 高》

《東部生活圏 標準》

《北部生活圏 低》

《南部生活圏 標準》

「これは何に使うんです?」

東央商事の社員が尋ねた。

相川市担当者が答える。

「支援施設利用に伴う公共施設需要と交通需要の予測補正です」

「支援対象者の人数?」

「直接の人数ではありません。利用時間、利用頻度、施設負荷を含めた地域需要区分です」

設備側では、それで十分だった。

悠真は中央生活圏を開く。

《主な需要》

《健康相談》

《生活手続き支援》

《地域移動支援》

《在宅支援連携》

《日中滞在支援》

昨日見た項目と似ている。

「中央に支援が集まってるから高い?」

悠真が確認する。

「それもあります」

担当者が答える。

「利用者も比較的多い地域です」

「施設があるから人が来るのか、人がいるから施設があるのか」

誰かが尋ねた。

担当者が少し笑った。

「両方です」

会議室に小さな笑いが起こる。

それ以上でも、それ以下でもなかった。

人が多い場所に施設を置く。

施設が多ければ、その近くへ住みたい人もいる。

駅前に店が集まり、

店があるからまた人が来る。

昔からある都市の形だった。

相川市担当者が次へ進める。

《次四半期設備需要予測》

中央生活圏。

《住宅需要 微増》

《公共施設需要 微増》

《交通需要 微増》

北部生活圏。

《住宅需要 微減》

《公共施設需要 横ばい》

《交通需要 微減》

数字はどれも小さい。

「予測要因は?」

悠真が尋ねる。

《住宅契約更新》

《転居意向》

《新規入居予定》

《支援利用予定》

《就業・就学移動》

通常の要因に、

《転居意向》

が入っている。

「転居意向って、住宅検索の履歴ですか?」

「それだけではありません」

担当者が答える。

「住宅候補の閲覧、転居支援への相談、契約予定、本人が登録した居住希望などを、集計上の予測要因として使用しています」

「本人が決めてない段階も入る?」

「確定需要には入れません。予測幅へ反映します」

画面にも注意が出る。

《転居意向は転居決定を意味しません》

《設備計画上の将来需要幅として使用します》

悠真は頷いた。

工場の増設予定と同じだった。

まだ契約していなくても、将来需要の可能性として見る。

決定してから設備を考え始めていては遅い。

会議の終盤。

一つの参考資料が開かれた。

《地域別住宅候補提示傾向》

「これも設備側で見るんですか?」

悠真が尋ねる。

「来年度需要の参考です」

担当者が答える。

地域別に、

住宅候補として表示された回数が整理されている。

《中央生活圏 増加》

《東部生活圏 横ばい》

《北部生活圏 減少》

《南部生活圏 横ばい》

岸本が横から画面を見る。

「実際に引っ越した数じゃないんですよね」

「はい」

「候補として出た回数」

「地域単位の集計です」

「中央が出やすくなってる?」

「現在の住宅需要条件では、そうなっています」

「どうして?」

担当者が理由欄を開く。

《主な候補条件》

《公共交通到達性》

《医療・行政施設到達性》

《住宅供給量》

《生活支援到達性》

《通勤・就学条件》

《本人希望条件》

どれも中央生活圏が強い項目だった。

「便利だからですね」

岸本が言う。

「総合条件では候補になりやすい地域です」

「北部は?」

担当者が開く。

《北部生活圏》

《住宅費 良好》

《居住面積 良好》

《静穏性 良好》

《公共交通到達性 標準以下》

《医療・行政施設到達性 標準以下》

《生活支援到達性 標準以下》

「良いところもある」

岸本が言う。

「もちろんです」

「広くて安い」

「はい」

「でも、候補としては減ってる」

「現在の利用者条件全体では、中央生活圏の適合率が上がっています」

「利用者条件全体?」

「住宅候補を利用している世帯の希望条件です」

岸本は少し考える。

「広さとか静かさより、近さを選ぶ人が増えた?」

担当者は断定しなかった。

「現時点の集計では、交通・医療・行政への到達性を高く設定する世帯が増えています」

「自分で設定してる?」

「本人設定だけでなく、過去の住宅選択も候補生成条件へ反映されます」

昨日見た仕組みだった。

悠真は特に驚かなかった。

一度駅の近さを重視した人に、

次も駅の近い住宅を先に出す。

一度広さを選んだ人には、

広い家を先に出す。

その方が検索は楽になる。

「候補自体は全部見られるんですよね」

岸本が確認する。

「条件を解除すれば、市内全域を表示できます」

「最初に出ないだけ」

「はい」

岸本は頷いた。

それ以上は聞かなかった。

十一時四十八分。

会議が終わる。

自席へ戻りながら、岸本が言った。

「家まで同じですね」

「何が?」

「異動と」

悠真は少し考える。

「ああ。候補の出し方?」

「はい」

「そりゃ検索なんて全部そうだろ」

「通販も?」

「買った物に近いの出る」

「動画も?」

「見たやつに近いの出る」

「ご飯も?」

「よく行く店が上に出る」

「住宅も」

「ああ」

岸本が笑う。

「全部、選びやすくなる」

「便利だろ」

「便利です」

今日はすぐに答えた。

「でも、中央ばっかり上に出たら」

「何?」

「中央に住む人、増えますよね」

「便利ならな」

「そうすると施設も増える?」

「需要が増えれば」

「もっと便利になる」

悠真は歩きながら岸本を見る。

「何が言いたい?」

「別に」

岸本は首を振る。

「駅前が栄えるのと同じですね」

「そうだろ」

「北は?」

「広くて安いんだろ」

「それを選ぶ人が住む」

「ああ」

岸本は納得した。

「じゃあ住み分けですね」

「昔からあるだろ」

「ですね」

二人は席へ戻った。

十三時半。

悠真は別の設備案件を処理していた。

ふと、相川市の北部生活圏について追加通知が出る。

《地域設備運用参考》

《利用率変化》

緊急ではない。

月次資料の自動補足だった。

《北部生活圏》

《地域相談拠点》

《平均利用率 低下傾向》

《設備負荷 低》

《運用継続》

悠真は詳細を開く。

相談拠点といっても大きな施設ではない。

週数日の窓口。

簡易な健康確認。

行政手続き端末。

地域交通との接続。

《運用評価》

《現時点 継続適正》

《次回評価 三か月後》

それだけ。

閉じようとすると、その下に、

《将来需要幅》

がある。

《低下予測》

理由。

《地域人口微減》

《近隣代替拠点利用増加》

《住宅候補提示減少》

悠真の指が少し止まった。

住宅候補の提示回数まで、拠点需要の予測に使われている。

まだ誰も引っ越していない段階の候補が、

将来設備の判断材料になっている。

ただ、それは先ほど説明された通りだった。

将来需要を見越すため。

合理的な予測だ。

《次回評価》

《三か月後》

今すぐ何かが変わるわけではない。

悠真は画面を閉じた。

十六時。

相川市から、北部生活圏について一件の確認依頼が届いた。

《北部生活圏》

《地域相談拠点 運用時間案》

悠真は詳細を開く。

画面の上部には、検討経緯が表示されていた。

《検討開始 五月》

《前回評価 六月》

《次四半期運用候補》

今日の月次確認を受けて、新しく作られた案ではなかった。

利用率の低下を受け、以前から次四半期の運用候補として検討されていたものらしい。

《現在》

《月曜から金曜》

《九時から十七時》

《変更候補》

《月曜・水曜・金曜》

《九時から十七時》

《検討理由》

《窓口利用率低下》

《近隣拠点利用増加》

《予約利用への移行》

《設備・人員運用効率》

その下に、

《今回の月次確認結果》

が追加されている。

《従来予測との大きな差異 なし》

《検討継続》

悠真は少しだけ画面を見る。

今日の数字で話が始まったわけではない。

前から利用者は減っていた。

前から代替拠点の利用は増えていた。

今日確認した需要分布も、その傾向から外れていなかった。

「減らすんですか?」

岸本が気づいた。

「まだ案」

悠真が答える。

「今日決まったんです?」

「違う。前から検討してたみたいだ」

画面を岸本へ向ける。

「五月から?」

「ああ」

「じゃあ、今日の中央の増加を見て急に?」

「そういう話じゃない」

「なるほど」

岸本は頷いた。

悠真の確認対象は、設備側だけだった。

《設備側確認項目》

《休止日の待機電力》

《通信》

《防災設備》

《無人運用》

「火曜と木曜、閉まる?」

「変更されたら窓口はな」

「使いたい人がいたら?」

悠真は概要を開いた。

《利用者対応案》

《予約済み利用者 個別連絡》

《火曜・木曜の利用希望者》

《中央生活圏常設拠点》

《東部生活圏窓口》

《オンライン相談》

《訪問支援》

代替手段は複数用意されている。

その下には、

《比較案》

も残っていた。

《現在の運用を維持》

《週三日運用へ変更》

費用。

利用件数。

平均移動時間。

対応可能人数。

運営人員。

どちらの案にも数値が付いている。

「まだ決まってない」

悠真が言った。

「誰が決めるんです?」

「相川市」

画面にも表示されている。

《候補生成》

《Nexus-21》

《運用検討》

《相川市 生活基盤部》

《最終決定》

《相川市 生活基盤部責任者》

岸本が画面を見る。

「住民は?」

「その前に確認するみたいだぞ」

《運用変更前確認》

《対象地域へ事前通知》

《現在利用状況の再確認》

《火曜・木曜利用希望の確認》

《代替困難世帯の個別確認》

《住民回答を反映後、運用案を再評価》

「ちゃんとしてる」

悠真が先に言った。

岸本が笑う。

「取られた」

「今日は俺の番」

「じゃあ問題ないですね」

「まだ決まってないけどな」

二人とも笑った。

悠真は設備条件へ戻る。

火曜と木曜に窓口業務を休止しても、通信設備は維持される。

防災機能も変わらない。

緊急端末も利用可能。

建物そのものを閉鎖する案ではない。

《設備条件》

《週三日窓口運用 対応可能》

《現行運用継続 対応可能》

どちらでも、設備上の問題はない。

悠真が確認するのはそこまでだった。

《設備条件確認》

《対応可能》

確認を付ける。

《東央商事確認 完了》

《本確認は運用案の採用判断を意味しません》

いつもの一文が表示された。

悠真は画面を閉じた。

窓口を三日にするか。

五日のまま残すか。

それを決めるのは、相川市だった。

東央商事は、どちらを選んでも設備が成立することを確認しただけだった。

十七時三十分。

相川市から住民向けの事前通知案が回ってきた。

岸本が候補担当として呼ばれている。

「来ました」

「何?」

「北部の窓口」

悠真も設備記載部分だけ共有される。

《地域相談拠点 運用時間見直し案》

《現在》

《平日 九時から十七時》

《変更候補》

《月曜・水曜・金曜 九時から十七時》

《変更理由》

《利用状況と地域需要の変化》

《現在の運用を継続する案も含めて検討中です》

《火曜・木曜の利用希望がある方はお知らせください》

《代替が難しい場合は個別に調整します》

岸本が読む。

「まだ案ってちゃんと書いてある」

「ああ」

「使いたい人は言える」

「ああ」

「言わなかったら?」

「利用希望なしとして集計するんじゃないか」

「ですよね」

通知の下に、

《回答》

がある。

《現在の運用を希望》

《変更案で問題なし》

《どちらでもよい》

《個別相談》

回答は任意。

期限は一週間。

「ちゃんと選べる」

岸本が言う。

「そうだな」

悠真もそう思った。

北部の住民が現在の窓口を必要としているなら、

そう答えればいい。

必要ない人は、

変更案で問題ないと答える。

どちらでもいいなら、

そう答えられる。

行政は、その結果を見て決める。

何もおかしくない。

岸本は通知案に修正を一件だけ入れた。

《近隣拠点をご利用いただけます》

から、

《中央生活圏常設拠点、東部生活圏窓口、オンライン相談等をご利用いただけます》

へ。

《修正理由》

《代替手段を概要から確認可能にするため》

相川市担当者が承認する。

《修正採用》

それで終了した。

退勤前。

悠真は朝から見てきた相川市の需要図を閉じた。

中央は少し増えている。

北部は少し減っている。

中央の施設利用は増えている。

北部の相談拠点は、利用率が下がっている。

だから、市は週二日の窓口休止を検討する。

休止して困る人がいれば、意見を出せる。

代替もある。

人が移ったから閉じるのではない。

使う人が減ったから、運用を見直す。

ただそれだけだった。

「帰ります?」

岸本が立ち上がる。

「ああ」

「北部、どうなると思います?」

「何が?」

「窓口」

「知らない」

「予測は?」

「俺に聞くなよ」

岸本が笑う。

「変更になる気がします」

「何で?」

「使ってる人少ないんでしょう」

「必要な人が多ければ残るかもよ」

「そうですね」

二人はエレベーターへ向かう。

悠真の端末には、相川市の需要図がまだ履歴として残っている。

中央生活圏。

北部生活圏。

どちらへ住むかは自由だった。

今の場所に残ることもできる。

便利な方へ移ることもできる。

支援を使うことも、

使わないこともできる。

その選択が積み重なれば、

設備の使われ方も変わる。

施設の使われ方も変わる。

行政は、その結果へ合わせて運用を変える。

それもまた、

選ばれた後の話だった。

エレベーターが一階に着く。

外へ出る。

駅へ向かう途中、岸本が言った。

「中央に引っ越した人、北の窓口が減るなんて考えてなかったでしょうね」

悠真は歩きながら答えた。

「一世帯で決まる話じゃないだろ」

「はい」

「その人は、その人に便利な方を選んだだけだ」

「そうですよね」

「北に残った人も、残る方を選んでる」

「はい」

「なら、どっちも本人の選択だろ」

岸本は少しだけ考えてから頷いた。

「そうですね」

信号が青になる。

二人は横断歩道を渡った。

その日の夕方、

北部生活圏の住民端末には、

窓口の運用時間見直し案が届き始めていた。

第15話 完


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