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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第15話 静かな転居 Part2 近い場所


十三時十二分。

会社へ戻ると、岸本が昼食を終えたところだった。

「おかえりなさい」

「ただいま」

「旧宅、どうでした?」

「普通」

「普通?」

「空き家だった」

「それはそうでしょう」

岸本は笑った。

悠真は自席へ座り、現地確認の完了処理を開く。

《相川市生活基盤更新計画》

《住宅需要条件変更》

《旧居設備処理 完了》

《転居後需要登録 確認済み》

《追加設備対応 不要》

特に修正する項目はない。

《完了》

を押す。

画面が閉じる。

「何で引っ越した人だったんです?」

岸本が尋ねた。

「生活支援」

「支援で引っ越し?」

「中央生活圏に移ったらしい」

「駅の方?」

「ああ」

岸本は少し考えた。

「便利ですね」

「病院も窓口も近い」

「旧宅から遠かったんですか?」

「電車とかバスで十九分くらい」

「微妙」

「だろ」

「近いと言えば近いし、毎日なら面倒」

「そんな感じ」

岸本は自分の端末を開いた。

「転居先は本人が選んだんですよね?」

「ああ」

「ならいいんじゃないですか」

「俺もそう思う」

「何か気になった?」

「いや」

悠真は椅子へ深く座る。

「通える距離でも、近い方へ引っ越すことあるんだなと思っただけ」

「ありますよ」

「そう?」

「職場まで一時間半から四十分になるなら引っ越す人いるじゃないですか」

「それはあるな」

「病院だって同じでしょう」

「まあな」

「私なら十九分なら引っ越さないですけど」

「何で?」

「引っ越し面倒だから」

「そういう理由かよ」

「重要ですよ」

岸本は笑う。

「荷造りして、住所変更して、家具入れ直して」

「手続きは支援してくれるらしい」

「それでも荷物は自分でしょう」

「費用補助もある」

「ますます便利」

岸本は少し考えた。

「でも、そこまでしてくれるなら引っ越す人増えそうですね」

「必要ならな」

「必要って、誰が決めるんです?」

悠真は朝見た制度説明を思い出す。

《現在居住地より、必要な生活支援への到達性が高い地域への転居を希望する世帯》

「希望する本人じゃないか」

「候補が出るのは?」

「それは支援側だろ」

「じゃあ、最初に『引っ越すと楽ですよ』って言われる」

「言い方」

「だいたいそうじゃないですか」

「比較が出るだけだ」

「今の家も候補に入ってる?」

「あった」

「なら選べる」

「ああ」

岸本は頷いた。

「ちゃんとしてる」

またその言葉だった。

悠真は少し笑う。

「好きだな、それ」

「佐伯さんも最近好きですよ」

「そうか?」

「結構言ってます」

「覚えてない」

「便利だからですよ」

岸本はそう言って、自分の仕事へ戻った。

十四時四十分。

悠真の端末に、相川市から追加確認が届いた。

《生活環境転居支援》

《設備需要確認補足》

《対象 転居後地域》

現地確認は終わっている。

設備側で追加することがあるのかと思い、開く。

《確認目的》

《転居後の生活支援利用による地域設備需要の初期補正》

新居そのものではない。

転居後に利用するサービスが、地域設備へどの程度影響するか。

《予定利用》

《健康相談》

《生活手続き支援》

《地域移動支援》

《日中滞在支援》

個人名はない。

利用回数も細かくは表示されない。

代わりに、

《地域需要変化》

《公共施設利用 増加》

《地域交通利用 増加》

《住居日中需要 変化小》

と整理されている。

「また相川?」

岸本が気づく。

「ああ」

「引っ越した人?」

「新居側」

「設備に影響あるんですか?」

「支援使うから、その分」

悠真は地域需要グラフを開いた。

中央生活圏。

元々、施設利用の多い地域だった。

一世帯分増えたところで、大きくは変わらない。

《公共施設需要補正》

《既存予測範囲内》

《地域交通需要補正》

《既存予測範囲内》

《追加設備対応》

《不要》

「問題なし」

悠真が言う。

「便利なところって、そういうのも余裕あるんですね」

岸本が画面を見る。

「ああ」

「人が多いから設備も多い」

「利用者が増える前提で作ってる」

「じゃあ、支援が必要な人は中央に住んだ方が合理的」

「場合によるけどな」

「旧宅みたいなところよりは」

悠真は地域設備図を見る。

確かにそうだった。

中央生活圏なら、一人増えても設備側はほぼ何もしなくていい。

旧宅地域では、同じ支援を提供しようとすれば、

交通。

訪問支援。

予約枠。

場合によっては地域設備の追加調整。

複数の手間が生じる。

人が支援へ近づく方が、簡単だった。

「これ、自治体側にも得なんですか?」

岸本が尋ねた。

「何が?」

「中央に住んでもらう方が」

「設備だけなら楽」

「支援側も?」

「知らない」

「たぶん楽ですよね」

「たぶんで仕事するなよ」

「今は仕事じゃないです」

「余計だめだろ」

岸本は笑った。

だが、悠真も同じことを考えていた。

一人のために遠くまで支援を運ぶより、

支援のある場所へ一人が移る。

本人も便利になる。

行政も効率がいい。

設備も対応しやすい。

全員に得があるように見える。

《設備需要補正 適正》

悠真は確認を付けた。

十五時十五分。

確認結果を送ると、関連資料として一つの概要が表示された。

《生活環境転居支援》

《地域設備参考情報》

設備担当向けの一般資料だった。

悠真はそのまま開く。

《転居候補生成時の主な比較項目》

《生活支援到達時間》

《医療アクセス》

《行政アクセス》

《公共交通》

《住居費》

《家族・就業条件》

《本人希望》

特に変わった項目はない。

下へ送る。

《候補生成上の基本方針》

《現在生活の継続を候補から除外しない》

《本人が指定した生活条件を優先する》

《転居による負担を含めて比較する》

《本人確認前に契約・転居処理を開始しない》

岸本が横から覗く。

「徹底してますね」

「何が?」

「残る選択肢」

「ああ」

「絶対入れるんだ」

「転居支援なんだから、勝手に引っ越させたら駄目だろ」

「そりゃそうですけど」

さらに下に、参考表示があった。

《候補提示例》

《現在居住地を継続》

《近隣生活圏へ転居》

《支援集約地域へ転居》

《家族・就業先近接地域へ転居》

候補は複数。

その横に、

《比較表示順》

という項目がある。

悠真は開いた。

《本人希望》

《生活上の必要条件》

《利用予定支援》

《過去の選択》

《住居費条件》

《移動負担》

「順番も変わるんですね」

岸本が言う。

「そりゃ人によって違うだろ」

「今の家が一番上の人もいる?」

「あるんじゃないか」

《現在居住地を継続》

が必ず最初に出るとは書かれていない。

あくまで候補から除外しない。

表示順は、本人条件に合わせる。

「今回の人は何が最初だったんでしょう」

「見えない」

「設備側だから?」

「ああ」

「残る案が下だったかもしれない」

「かもしれない」

「上だったかもしれない」

「ああ」

「分からない」

「そういうこと」

岸本は納得して自席へ戻った。

悠真も資料を閉じようとする。

その直前。

画面下部に、

《転居候補選択後》

という項目があった。

開く。

《本人が選択した条件を次回候補生成へ反映》

《例》

《公共交通近接を選択》

→《今後の住宅候補で公共交通条件を高優先》

《医療近接を選択》

→《医療アクセスを高優先》

《現在地継続を選択》

→《転居提案頻度を低下》

見覚えのある仕組みだった。

人事。

生活時間帯。

休日候補。

選んだ理由を次に使う。

引っ越しでも同じ。

「岸本」

「はい?」

「これ」

彼女が再び画面を見る。

《現在地継続を選択》

→《転居提案頻度を低下》

「またですね」

「ああ」

「一回残ると、次から引っ越し提案が減る」

「本人が残りたいって選んだからだろ」

「はい」

「逆もあるんじゃないか」

悠真が《詳細》を開く。

あった。

《支援集約地域への転居を選択》

→《今後の住宅候補で支援到達性を高優先》

《本人が転居による利便性を重視した選択として記録》

岸本が読む。

「一回便利な方へ引っ越すと、次も便利な場所が先に出る」

「その方が合ってる可能性高いだろ」

「そうですね」

「嫌なら条件変えられる」

《本人設定》

《住宅候補条件を変更》

《優先項目を再設定》

表示されている。

岸本は頷いた。

「戻せる」

「ああ」

「じゃあ問題ない」

「今日は俺が言おうと思ったのに」

「遅いです」

岸本は笑った。

十六時三十分。

別の通常業務へ戻っていた悠真に、相川市から最後の通知が入った。

《住宅需要条件変更》

《全工程完了》

《旧居需要 解除》

《新居需要 登録》

《地域支援需要 補正》

《設備側処理 完了》

これで本当に終わりだった。

その下に、

《次回設備確認》

《新規入居または契約条件変更時》

とある。

転居した本人について、悠真へ今後の通知は来ない。

新居でどんな生活をするのか。

支援を使い続けるのか。

中央生活圏を気に入るのか。

再び引っ越すのか。

設備条件が変わらなければ、知ることはない。

それでいい。

悠真は完了通知を閉じた。

「終わりました?」

岸本が尋ねる。

「ああ」

「引っ越しの人」

「設備側はな」

「新しい場所の方が便利なんでしょう?」

「支援は近い」

「本人が選んだ」

「ああ」

「設備も楽」

「そうだな」

岸本は少し考える。

「みんな良いじゃないですか」

「何が?」

「本人は便利になる。行政は支援しやすい。設備も楽」

「ああ」

「旧宅だけ空く」

悠真は朝見た家を思い出した。

玄関横の蓄電池。

空の駐車場。

止まった給湯需要。

「次の人が入るだろ」

「そうですね」

「普通の引っ越しだよ」

岸本は頷いた。

「ですよね」

会話はそこで終わった。

十八時前。

退勤準備をしていると、悠真の生活端末に住宅関連の通知が一件表示された。

相川市とは関係ない。

佐伯家向けだった。

《居住環境情報》

《現在の生活条件に基づき、住宅環境の参考候補を更新しました》

「何だこれ」

悠真は開く。

引っ越し提案ではない。

《現在住居》

《生活適合度 高》

《通勤条件 良好》

《教育条件 良好》

《医療到達性 良好》

《住宅費条件 安定》

その下。

《参考候補を表示》

《今回は確認しない》

住宅情報の定期更新らしい。

悠真は《参考候補を表示》を押してみた。

三件出る。

《候補1》

《現在生活圏》

《家族条件との適合 高》

《現在住居からの利便性改善 小》

《候補2》

《都内南部生活圏》

《通勤条件改善 小》

《住宅費 増加》

《候補3》

《現在住居》

《継続》

最後に今の家がある。

「佐伯さんも引っ越すんですか?」

岸本が画面を見た。

「しないよ」

「候補出てる」

「参考だって」

「どこが一番?」

悠真は三件を比較する。

現在住居。

《総合適合 九十三》

候補1。

《九十一》

候補2。

《八十七》

「今の家」

「じゃあ動く理由ないですね」

「ああ」

《現在住居を継続》

を選ぶ必要すらない。

これは契約提案ではなく参考情報だ。

悠真は閉じようとした。

その時、

《住宅環境の希望を記録》

という項目が目に入る。

《現在地を優先》

《通勤を優先》

《教育環境を優先》

《住宅費を優先》

《特に設定しない》

悠真は一瞬だけ見る。

今の家に不満はない。

通勤も悪くない。

子どもたちの学校もある。

美咲もここで生活している。

わざわざ条件を設定する必要はない。

《特に設定しない》

を選んだ。

《現在の候補条件を維持します》

それだけだった。

「設定しないんですね」

岸本が言う。

「引っ越す予定ないし」

「でも設定したら、もっと合う家出るかもしれない」

「今の家九十三だぞ」

「九十四があるかも」

「一点のために引っ越すのかよ」

岸本が笑った。

「しませんね」

「だろ」

悠真は端末をポケットへ入れた。

朝見た旧宅とは違う。

佐伯家には、引っ越す理由がない。

今の生活で困っていない。

なら、動かなくていい。

それもまた、

きちんと候補の中に残されていた。


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