第14話 選びやすい方 Part3 次に出る時
翌週の月曜日。
岸本の席は、いつもと同じ場所にあった。
「おはようございます」
「おはよう」
「残念でしたね」
「何が?」
「異動してません」
「残念じゃないだろ」
「そうですか?」
「本人が選んだんだから」
「ですよね」
岸本は笑いながら端末を起動した。
人事支援室から届いていた配置提案は、すでに通常の業務画面へ移されている。
《本人選択を反映しました》
《所属》
《東央商事 エネルギー基盤事業部 国内計画課》
《変更なし》
《追加担当候補》
《自治体向け説明資料確認》
《生活基盤提案 設備条件確認》
《非受諾・代替案対応時の設備調整》
岸本は画面を下へ送った。
「八月からですね」
「ああ」
「今月は今までどおり」
「候補が来ることはあるんじゃないか」
「見てみます」
《担当拡張》
《適用開始 八月一日》
《適用開始前》
《本人希望および既存経験に基づく業務候補表示のみ実施》
「仕事が増えるのは八月から」
「だから昨日もそう言ってただろ」
「確認です」
岸本は画面を閉じようとして、指を止めた。
「これ」
「何?」
《今後の配置提案条件》
悠真も見る。
《現在所属内の調整を優先》
《配置変更提案 頻度低》
《本人希望との大きな適合変化がある場合に再提示》
その下に、
《次回提案時期》
という項目がある。
表示されていたのは、
《未定》
だった。
岸本はしばらく見ていた。
「未定」
「ああ」
「前は時期、出てませんでしたっけ」
「どうだったかな」
「少なくとも、また定期的に見直す感じでした」
悠真は詳細を開く。
《次回提案時期について》
《現在の本人希望と業務状態が安定しているため、定期的な配置変更提案は設定していません》
《適合条件に大きな変化が確認された場合、または本人が候補表示を希望した場合に再提示します》
「来ないって意味じゃないな」
悠真が言う。
「はい」
「必要になったら出る」
「そうですね」
「自分からも見れる?」
岸本が下へ送る。
《配置候補を確認》
という項目がある。
押す。
《現在の配置候補》
《利用者調整課》
《その他 二件》
以前の異動候補は残っていた。
《候補を比較》
《本人希望を変更》
《配置提案を希望》
どれも利用できる。
岸本はすぐに前の画面へ戻った。
「ちゃんとあります」
「じゃあ問題ない」
「はい」
画面にはもう一度、
《次回提案時期 未定》
が表示された。
岸本は少し笑った。
「でも、向こうからはしばらく来ない」
「今のままでいいって言ったからだろ」
「はい」
「しかも担当拡張まで選んだ」
「はい」
「なら、今また異動提案されても邪魔じゃない?」
「たぶん」
「じゃあ合ってる」
岸本は頷いた。
「そうなんですよね」
*
九時の部門定例。
今週から相川市案件は、詳細設計の工程へ移っている。
《生活時間帯変更》
《需要条件反映 完了》
《設備仕様確定準備》
《施工前確認 開始》
課長が工程表を説明する。
生活時間帯変更を利用しなかった世帯も、現在条件のまま需要計算へ入っている。
《現行条件維持世帯》
《設備側補正 反映済み》
《追加設備投資 不要》
《サービス条件変更 なし》
大きな問題はなかった。
「岸本さん」
課長が呼ぶ。
「はい」
「来月からの担当拡張、確認しました」
「はい」
「正式な業務配分は月末に出します。それまでは現在の担当を基本にしてください」
「分かりました」
「説明資料の確認依頼が出た場合は、候補として表示されることがあります。難しければ見送って構いません」
「評価には?」
「任意候補の見送りだけで評価を変更することはありません」
岸本が頷く。
「ありがとうございます」
それだけだった。
新しい面談もない。
追加研修もない。
異動の話もない。
悠真は自分の資料へ視線を戻した。
相川市の制御盤仕様。
系統接続。
施工条件。
いつもの仕事が続く。
*
十三時。
岸本に、自治体説明資料の確認依頼が一件届いた。
《業務候補》
《自治体向け説明資料確認》
《適合優先度 高》
《本人選択した担当拡張を反映》
岸本が開く。
「もう来た」
「何?」
「説明資料」
「やるの?」
「見ます」
案件は別の自治体だった。
設備更新工事に伴う、住民向け案内。
対象は百二十七世帯。
《工事車両通行予定》
《平日 九時から十六時》
《住宅前通行 最大一日六回》
《工期 二十六日間》
住民向け概要。
《工事期間中、一部時間帯で工事車両が通行します》
岸本が画面を見る。
「六回、最初には書かないんですね」
自治体担当者が答える。
「詳細欄には記載しています」
《詳細を確認》
《一日最大六回》
《連続通行なし》
《通学時間帯を除外》
「概要だけ見た人は、どのくらい通るか分からない」
「はい」
「六回って確定値ですよね」
悠真へ確認が飛ぶ。
「ああ。設備・施工条件としては確定」
岸本は修正案を入力した。
《工事期間中、一日最大六回、一部時間帯で工事車両が通行します》
《修正理由》
《生活影響の程度を概要から判断可能にするため》
自治体担当者が確認する。
「採用します」
《修正反映》
それで終わった。
会議を出る。
「向いてるな」
悠真が言った。
「何が?」
「こういうの」
「相川で慣れただけですよ」
「だから候補に出たんだろ」
「そうですね」
岸本は少し嬉しそうだった。
「残って正解だった?」
悠真が尋ねる。
「まだ月曜日ですよ」
「そういう意味じゃなくて」
「分かってます」
岸本は少し考えた。
「今のところは、良かったです」
「ならいいじゃん」
「はい」
今回はすぐに返事をした。
*
十六時過ぎ。
岸本が朝の人事画面をもう一度開いていた。
悠真が気づく。
「まだ見てるのか」
「ちょっとだけ」
「何を?」
「異動候補」
《配置候補を確認》
《利用者調整課》
候補は残っている。
詳細も開ける。
適合予測も見られる。
《本人適合予測 九十四パーセント》
《業務満足度予測 八十九パーセント》
数字も消えていない。
「朝見たのと同じだろ」
「はい」
「じゃあ?」
「本当に残ってるなと思って」
「だから言っただろ」
「見ようと思えば見られる」
「ああ」
「でも、人事支援室から次に出してくる時期は未定」
「ああ」
岸本は画面を閉じない。
「どっちも本当なんですよね」
悠真が見る。
「何が?」
「選択肢は残ってる」
「うん」
「でも、向こうからは出てこない」
「今の希望に合わせてるんだから」
「はい」
「嫌なら設定変えれば?」
岸本が《配置提案を希望》を開く。
《定期的に候補を表示》
《現在の条件を維持》
選べる。
現在は、
《現在の条件を維持》
になっている。
「変えられますね」
「なら問題ない」
「はい」
岸本は変更しなかった。
画面を閉じる。
「自分から見たいほどじゃないんですよ」
「じゃあ、本当に合ってるじゃん」
「そうなんですよね」
また同じ答えだった。
*
退勤前。
岸本の端末に、その日の業務支援結果が表示された。
《本人選択を反映しています》
《現在所属 継続》
《利用者調整関連業務 担当候補》
《配置変更提案 頻度低》
《次回提案時期 未定》
岸本が最後の一行を見る。
悠真は帰り支度をしながら言った。
「まだ気になる?」
「何が?」
「未定」
「少し」
「何で?」
「前なら、また来るって分かってたじゃないですか」
「来てほしいの?」
「今は別に」
「じゃあいいだろ」
「はい」
岸本は端末をポケットへ入れた。
二人でエレベーターへ向かう。
「でも」
悠真が振り向く。
「また?」
岸本が笑う。
「次に異動したくなる時、自分から探すんですよね」
「そうだろ」
「面倒かも」
「だったらその時、提案設定戻せばいい」
「それもそうですね」
エレベーターが来る。
二人で乗る。
一階を押す必要はなかった。
退勤予定から自動で選択されている。
扉が閉じる。
岸本が壁にもたれる。
「便利ですね」
「ああ」
「今の私には」
悠真は横を見る。
岸本はもう、別の話をする顔に戻っていた。
一階に着く。
扉が開く。
二人は外へ出た。
異動の選択肢は消えていない。
必要なら、自分から開ける。
設定も戻せる。
何も禁止されていない。
ただ、
次にいつその選択肢が向こうから現れるのかだけは、
もう予定されていなかった。
第14話 完




