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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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43/85

第13話 支援を断る人 Part3 選びやすい方


十七時を過ぎる頃には、相川市から届く通知の間隔が少し長くなっていた。

昼間のうちに回答した世帯が多かったらしい。

《対象世帯 四百八十二》

《回答済み 四百五十一》

《利用する 三百五十六》

《一部変更して利用する 五十》

《今回は利用しない 二十九》

《後で確認 十六》

《未回答 三十一》

悠真は数字を見た。

受容予測九十六・一パーセント。

現時点で《利用する》と《一部変更して利用する》を合わせれば九割近い。

ただし、《後で確認》も《未回答》も残っている。

最終的にどうなるかは、まだ分からない。

「思ったより断ってますね」

岸本が言った。

「二十九世帯か」

「でも、サービスには影響なし」

「ああ」

「設備側でも全部対応できてる」

「今のところは」

「じゃあ、ちゃんと断れる」

岸本は確認するように言った。

悠真も頷く。

少なくとも、今日一日見た範囲ではそうだった。

《今回は利用しない》

を選んでも、

電気が止まるわけではない。

料金が上がるわけでもない。

公共サービスの利用資格が変わるわけでもない。

理由を書かなくてもいい。

代替案も、本人が望まなければ出てこない。

断った結果は正式な入力として設備側へ渡され、設備の方が再計算される。

自由は、制度上だけではなく実際に残っている。

悠真は画面を閉じた。

「今日は終わりか」

「私はあと一件あります」

岸本が予定を確認する。

《相川市 個別調整結果確認》

「何の?」

「非受諾世帯の分類」

「分類?」

「利用しない理由の記録区分です」

「また言葉の仕事か」

「佐伯さんも入ってますよ」

悠真の端末にも、少し遅れて通知が出た。

《十七時二十分》

《個別調整結果確認》

《対象 生活時間帯変更提案》

《目的 非受諾理由と設備対応区分の照合》

「本当だ」

「行きます?」

「ああ」

二人は端末を持って、小会議区画へ移動した。

十七時二十分。

相川市の担当者を含めて四人だけの短い確認だった。

画面には、非受諾世帯の理由が匿名化されて並んでいる。

《今回は利用しない 二十九世帯》

《理由入力あり 二十二世帯》

《理由入力なし 七世帯》

入力された理由は、さらに分類されていた。

《勤務・通学時間との不一致 六》

《家事・育児・介護との不一致 五》

《現在生活を維持したい 七》

《設備・機器利用上の事情 三》

《その他 一》

「七世帯は理由なしなんですね」

岸本が言った。

「はい」

相川市の担当者が答える。

「理由入力は任意ですので、《今回は利用しない》のみで処理を完了しています」

「その七世帯には再確認は?」

「ありません」

「何で断ったか、聞かない?」

「本人が追加相談を選択していないため、聞きません」

岸本は頷いた。

「分かりました」

次に、設備対応区分が表示される。

《現行条件維持 十八》

《本人希望による代替案適用 八》

《個別相談後に設備条件変更 三》

合計二十九。

すべて処理済みだった。

《設備安全基準不適合 〇》

《公共サービス変更 〇》

《生活支援区分変更 〇》

《本人への再提案継続 〇》

最後の項目を見て、悠真は少しだけ目を止めた。

「再提案継続はゼロなんですね」

「今回の通知に対する処理としてはゼロです」

担当者が答える。

「本人が《今後の提案へ反映》を選択した場合は、次回以降の候補生成条件へ今回の選択を反映します」

「今回断った案を、また送ることは?」

「設備条件や本人の生活条件に変化がなければ、同じ案の優先度は下がります」

「なくなるわけではない?」

「候補から完全に除外するかどうかは、本人設定によります」

画面に例が出る。

《今後の提案へ反映》

《初期候補の優先順位を調整》

《今回のみ》

《次回提案条件へ反映しない》

さらに、

《同種の提案を表示しない》

という選択肢もあった。

「そこまでできるんですね」

岸本が言った。

「はい。ただし、法令上の安全通知や重大な設備変更に伴う案内は別です」

「普通の最適化提案だけ?」

「はい」

悠真は画面を見る。

提案そのものを、表示しないようにすることもできる。

それなら自由はかなり強い。

「これ、最初から見えてました?」

岸本が尋ねた。

担当者が一度資料を確認する。

「通知の詳細設定から確認できます」

「最初の画面には?」

「表示していません」

「何でです?」

「通常利用では必要性が低いためです」

担当者の返答は早かった。

「初回画面には、今回の提案への回答を優先して表示します。将来の提案設定については、《詳細設定》から変更できます」

岸本は自分の端末で模擬画面を開いた。

《利用する》

《一部変更して利用する》

《今回は利用しない》

《後で確認》

その下。

《詳細設定》

小さな文字で表示されている。

岸本が押す。

《今後の同種提案》

《通常どおり表示》

《優先度を下げる》

《表示しない》

「ある」

「隠してはいないだろ」

悠真が言った。

「はい」

岸本は画面を閉じる。

「でも、最初には出てない」

「毎回全部出したら長いだろ」

「それもそうですね」

彼女はあっさり頷いた。

担当者が次へ進める。

《今回の確認事項》

《本人選択と設備対応区分の一致》

悠真たちの担当だった。

二十九世帯。

一件ずつではなく、区分ごとの集計で照合する。

《現行条件維持 十八》

本人側。

《現在生活を維持》

《代替案希望なし》

設備側。

《既存運用範囲で対応》

一致。

《代替案適用 八》

本人側。

《生活時間帯変更なし、設備制御案を利用》

または、

《一部項目のみ変更》

設備側。

《蓄電池制御》

《需要時間分散》

《局所補正》

一致。

最後の三件。

《個別相談後に設備条件変更》

いずれも本人の生活時間は維持されている。

設備側だけが変わったものだった。

《本人生活条件 変更なし》

《周辺設備制御 変更》

《本人宅蓄電池制御 変更》

《系統運用余裕 確保》

悠真は確認する。

「全部、本人側の選択と合ってます」

「岸本さんは理由区分をお願いします」

岸本が画面を見た。

最初の分類。

《現在生活を維持したい 七》

そのうち一件を開く。

《本人原文》

《今のままで困っていないので変えたくない》

《分類》

《現在生活を維持したい》

「問題ないですね」

次。

《本人原文》

《仕事も家のことも今の時間で回っている》

《分類》

《現在生活を維持したい》

岸本は少しだけ考えた。

「勤務時間との不一致じゃなくて?」

相川市の担当者が答える。

「本人は勤務時間だけを理由にしていません」

「家のことも含んでるから?」

「はい。特定事情による変更困難ではなく、現在生活全体の維持希望として分類しています」

「なるほど」

次。

《本人原文》

《勧められている理由は分かるけど、そこまで変える必要を感じない》

《分類》

《現在生活を維持したい》

岸本が読み直す。

「これも?」

「はい」

「理由は理解してる」

「本人もそう記載しています」

「でも使わない」

「はい」

岸本はそのまま確認を付けた。

《理由分類 適正》

悠真は隣で聞いていた。

説明が足りないから断るとは限らない。

内容を理解したうえで断る人もいる。

制度側も、それを《理解不足》にはしていない。

ただ、

《現在生活を維持したい》

と記録する。

「いいですね」

岸本が言った。

「何が?」

「ちゃんと、分かって断ってるって残る」

「そうだな」

「前なら……」

岸本はそこで言葉を止めた。

悠真が見る。

「何?」

「何でもないです」

「言いかけただろ」

「昔の資料なら、まとめ方が違ったかもしれないなって思っただけです」

「昔?」

「相川の最初の要約とか」

今回は話数ではなく、出来事として言った。

悠真は少し考える。

以前の住民意見では、

《現在の生活に不便を感じていない》

という原文が、

《生活時間帯変更への一部懸念》

の中へまとめられていた。

間違いではなかった。

ただ、今目の前にある分類の方が、本人の意味には近い。

「今は原文そのまま残ってるからな」

「はい」

「分類も別にある」

「はい」

「前より細かくなってる」

岸本は笑った。

「私たちが細かくしたんじゃないですか?」

「全部俺たちのせいにするなよ」

「一部は?」

「少しは」

二人とも笑った。

確認は十七時四十六分に終わった。

《非受諾世帯 二十九》

《本人選択との不一致 〇》

《設備対応不一致 〇》

《追加確認 〇》

《処理完了》

相川市の担当者が言った。

「本日の回答結果は、明朝まで受け付けます。未回答世帯については、現行条件維持として設備側計算へ反映します」

「催促は?」

岸本が尋ねた。

「通知未開封の場合のみ、一度再通知します」

「開いて《後で確認》を選んだ人は?」

「再通知しません」

「未回答は?」

「通知を開いたまま選択していない場合も再通知しません」

「忘れてても?」

「本人が必要なら通知履歴から確認できます」

岸本は少し驚いた顔をした。

「結構放っておくんですね」

担当者は笑った。

「提案ですので」

それだけだった。

会社を出たのは十八時十二分だった。

雨は止んでいた。

路面にだけ水が残っている。

悠真の端末が帰宅経路を表示する。

《通常経路》

《到着予測 十九時〇六分》

今日は別の候補が出ない。

悠真はそのまま駅へ向かった。

途中、相川市の回答状況が一度だけ通知された。

《回答済み 四百六十四》

《未回答 十八》

《後で確認 十三》

《今回は利用しない 三十一》

断った世帯が、二件増えている。

悠真は通知を閉じた。

問題はない。

三十一世帯が生活を変えなくても、今の設備で対応できている。

もしもっと増えても、まず設備側で調整する。

それでも難しければ、本人へ別の候補を提示する。

それも断れる。

制度はかなり丁寧に作られている。

駅の改札を通る。

ホームへ降りる途中で、昼に見た画面を思い出した。

《今後の提案へ反映》

《給湯時間変更 優先度 低》

《大型家電利用時間変更 優先度 低》

《家庭蓄電池制御変更 優先度 高》

本人が断った結果、次の提案は本人に合う形へ変わる。

便利なことだった。

断るほど、提案が自分に合っていく。

何度も説明する必要がなくなる。

何度も断る必要もなくなる。

その方が楽だ。

悠真はホームへ出た。

電車がまだ来ていない。

端末を見ると、相川市とは関係のない生活提案が一件届いていた。

《健康維持のため、今週末の屋外活動を提案します》

《土曜日午前》

《近隣公園》

《混雑予測 低》

《家族予定との競合 なし》

悠真は画面を眺めた。

先週、公園へ行ったばかりだ。

今週末はまだ何も決めていない。

《候補へ追加》

《今回は見送る》

《詳細》

三つ並んでいる。

悠真は《今回は見送る》を押した。

《今後の提案精度向上のため、理由をご選択ください》

《別の予定を検討中》

《休養を優先》

《屋外活動を希望しない》

《その他》

少し考える。

どれでもない。

ただ、今は決めたくないだけだった。

《その他》

を開く。

自由記述欄が出る。

文字を入れようとして、やめた。

その下に、

《理由を入力せず見送る》

があった。

悠真はそれを選んだ。

《提案を見送りました》

《今回の選択は今後の候補優先度へ反映しません》

画面が閉じる。

理由を書かなければ、次の提案は変わらない。

それでいい。

今回は、ただ見送っただけだ。

電車がホームへ入ってくる。

悠真は端末をポケットへ入れた。

帰宅すると、美咲がリビングで洗濯物を畳んでいた。

「おかえり」

「ただいま」

「今日、陽菜が模型片付けたよ」

「やっと?」

「写真撮って学校に持っていくって」

「完成したのか」

「本人は完成って言ってた」

リビングの棚には、模型がなくなった跡だけが残っている。

数日間そこにあったので、何もないと少し広く見えた。

「道も?」

「そのまま」

「知らない人は?」

「分かれ道に置いたまま」

悠真は笑った。

「結局選ばなかったのか」

「陽菜に聞いたらね」

美咲が畳んだシャツを重ねる。

「『この人は選ばなくても困ってないから』だって」

「店には行かないのか」

「行きたくなったら動くんじゃない?」

「模型なのに」

「陽菜の中では生きてるみたい」

美咲は笑った。

悠真も上着を脱ぐ。

「今日、仕事で似たようなの見たよ」

「模型?」

「違う」

「分かってる」

「生活の提案を断った人」

美咲の手が少し止まる。

「仕事の話、大丈夫なの?」

「内容じゃなくて仕組みだけ」

「うん」

「断っても、今の生活をそのまま続けられる」

「普通じゃない?」

「ああ」

「何か変だと思ってたの?」

「いや」

悠真は首を振る。

「確認しただけ」

美咲が少し笑った。

「仕事っぽい」

「仕事だからな」

「また言った」

二人とも笑った。

生活端末が夕食時間を知らせる。

『蓮さんの入浴希望時刻を考慮すると、夕食後二十分以内に入浴準備を始めると待機が少なくなります』

キッチンから蓮の声が飛んでくる。

「きょうはあと!」

『承知しました』

美咲が笑う。

「すぐ断った」

「理由も聞かなかったな」

『本人希望を一時的な変更として扱いました。次回以降の提案条件は変更しません』

悠真は端末を見る。

「ちゃんと分けるんだな」

「何が?」

「今回だけか、次からもか」

「便利じゃん」

「ああ」

便利だった。

一度断ったことを覚えてもらうこともできる。

今回だけ忘れてもらうこともできる。

提案自体を表示しないようにもできる。

選択肢は残っている。

悠真はそう思った。

その夜、相川市では未回答世帯を含めた最終需要計算が行われた。

悠真が見るのは、翌朝になってからだった。

第13話 完


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