第13話 支援を断る人 Part2 変えないための調整
十一時二十七分。
悠真が設備更新見積の画面を閉じると、相川市案件に新しい通知が入った。
《個別調整依頼 一件》
《設備側確認 必要》
午前中に届いた三件の《今回は利用しない》とは、表示が少し違う。
《本人が個別相談を希望しています》
悠真は詳細を開いた。
《相談目的》
《現在の生活時間帯を維持したい》
《代替案がある場合は確認したい》
午前中の模擬事例に近い。
ただし、今度は実際の世帯だった。
氏名は表示されていない。
住所も、番地までは出ていない。
《対象》
《相川市北部》
《二人世帯》
《設備系統 北部第二系統》
《現在の主な需要時間帯》
《十八時三十分から二十時三十分》
生活の詳細は、それだけだった。
「来ました?」
岸本が隣から尋ねる。
「ああ。個別相談」
「断った人?」
「代替案は見たいらしい」
岸本も自分の画面を確認した。
彼女にも同じ案件が割り当てられている。
《十二時 個別調整》
《相川市・地域支援窓口・東央商事》
「昼休み、少しずれますね」
「十五分くらいだろ」
「予定では二十分です」
「終わらなかったら?」
「昼休みを後ろへずらす案が出てます」
岸本が自分の端末を見せた。
《休憩開始時刻を十二時二十五分へ変更しますか》
《変更する》
《現在の予定を維持》
「便利だな」
悠真が言う。
「変えます?」
「終わってから決める」
「そういうのもありなんですね」
「昼休みくらい自分で決めさせろ」
「会社に言ってください」
岸本は笑った。
*
十二時。
個別調整が始まった。
今回は住民宅へ行くわけではない。
本人は相川市の生活窓口から接続している。
映像も氏名も、東央商事側には表示されない。
悠真たちの画面に出ているのは、
《本人》
という文字だけだった。
相川市の担当者が最初に確認する。
「生活時間帯変更提案について、《今回は利用しない》をご選択いただいています」
端末越しに声が返る。
「はい」
男性の声だった。
年齢は分からない。
「その後、《別の案を見る》ではなく、《相談する》を選ばれています。現在の生活時間をなるべく変えずに、設備側で調整できる内容を確認したい、ということでよろしいでしょうか」
「そうです」
「承知しました」
地域支援窓口の担当者が続ける。
「最初に確認しますが、現在の生活時間帯を変更すること自体が難しいご事情がありますか」
少し間があった。
「難しいというより、変えたくないです」
悠真は画面を見た。
自由記述がそのまま表示される。
《本人回答》
《難しいというより、変えたくない》
担当者は言い換えなかった。
「分かりました。健康上、勤務上、育児・介護上など、特別な支援を必要とする事情ではないという理解でよろしいですか」
「はい。別に困ってないんです」
《現在の生活で特段の困難なし》
「では、生活支援の案内は行わず、設備側の代替条件だけ確認します」
「お願いします」
会話はそれだけだった。
変えたくない。
困っていない。
それで十分な理由として扱われた。
悠真の画面へ設備条件が送られる。
《現在条件》
《給湯利用 十九時前後》
《調理・大型家電利用 十八時三十分から二十時》
《家庭蓄電池充電 十九時台開始》
《本人希望》
《生活時間帯 変更なし》
最初の提案では、三つのうち二つをずらす内容になっていた。
《初回提案》
《給湯 二十一時以降》
《大型家電 二十時三十分以降》
《家庭蓄電池 二十三時以降》
本人はすべて断っている。
「まず蓄電池だけ確認します」
悠真が言った。
相川市の担当者が本人へ説明する。
「生活時間を変えず、家庭蓄電池の充電開始だけを自動調整する案を確認しています。家電の使用時刻や入浴時刻は変わりません」
「電気が使えなくなる時間はありますか」
「佐伯さん、お願いします」
悠真の画面に回答範囲が示される。
《設備・運用説明》
「ありません。家庭内で必要な電力は通常どおり使えます。蓄電池への充電開始を、需要が低い時間まで遅らせるだけです」
「停電の時は?」
「非常用残量は別管理です。災害時に必要な最低残量を下回る調整はしません」
「じゃあ、それならいいです」
地域支援窓口の担当者が確認する。
「生活時間帯は現在のまま、蓄電池の充電時刻だけ調整する案を利用しますか」
「はい」
画面が更新された。
《本人選択》
《生活時間帯変更 利用しない》
《家庭蓄電池制御調整 利用する》
《給湯利用時間 現行維持》
《大型家電利用時間 現行維持》
《本人生活時間の変更 なし》
悠真は需要計算を実行する。
本人の生活は変えない。
蓄電池だけが、本人の見えないところで動く。
《再計算》
《夕方最大需要への寄与 低減》
《設備安全余裕 基準内》
《追加設備対応 不要》
「問題ありません」
悠真が答える。
本人へ結果が伝えられる。
「現在の生活時間帯を変更せずに対応可能です」
「じゃあ、それでお願いします」
「承知しました」
《個別調整》
《完了》
二十分の予定だったが、十三分で終わった。
地域支援窓口の担当者が最後に確認する。
「今回、《生活時間帯を変えたくない》というご希望を記録します。今後、同様の提案を作成する際の条件として使用してよろしいでしょうか」
「どういう意味ですか?」
「現在の生活時間帯を維持したいというご希望を、次回以降の候補作成時に考慮します」
「毎回、同じ提案が来なくなるってことですか」
「同じ条件で有効性が低い提案は、優先度が下がります。ただし、設備条件や生活条件が大きく変わった場合は、再度ご案内することがあります」
「それならお願いします」
画面に選択肢が出る。
《今後の提案へ反映》
《今回のみ》
本人は、
《今後の提案へ反映》
を選んだ。
《選択を記録しました》
《現在の生活時間帯を優先条件として保持します》
個別調整が終了した。
本人との接続が切れる。
会議画面には、匿名化された結果だけが残った。
《初回提案 非受諾》
《本人希望 現在生活維持》
《設備制御代替 受諾》
《生活時間変更 なし》
《公共サービスへの影響 なし》
《今後の提案条件へ反映》
岸本が小さく言った。
「ちゃんと、何も変わってないですね」
「ああ」
「本人は」
「ああ」
「設備の方が変わった」
悠真は需要グラフを見る。
本人の十九時台の利用は、そのままだ。
変わったのは、家庭蓄電池の充電曲線だけだった。
「それで済むなら、その方がいいだろ」
「ですね」
岸本は頷いた。
「断ったからって、我慢させる必要ないですもんね」
その通りだった。
悠真は《設備条件確認済み》を押した。
*
昼食を終えて席へ戻ったのは、十三時二分だった。
休憩開始が遅れた分、午後の予定も自動的に三分だけ調整されている。
《保守契約条件照合》
《開始予定 十三時五分》
三分なら、そのままでいい。
悠真は予定を開かず、相川市の集計だけを確認した。
通知開始から三時間。
《対象世帯 四百八十二》
《回答済み 二百九十六》
《利用する 二百二十一》
《一部変更して利用する 三十七》
《今回は利用しない 二十一》
《後で確認 十七》
《未回答 百八十六》
まだ半数近くが答えていない。
《今回は利用しない》は二十一世帯。
受容予測より、現時点では少し多く見える。
ただ、回答時刻によって傾向は変わる。
今の数字から最終結果を判断する意味はない。
岸本も集計を見ていた。
「二十一」
「見えてる」
「予測より多くなりそう?」
「まだ分からない」
「ですよね」
岸本は画面を下へ送る。
《非受諾世帯 対応状況》
《現行条件維持 十二》
《代替案希望 六》
《相談希望 三》
「十二世帯は、そのまま終わってる」
「ああ」
「六世帯は別案」
「今の人みたいな感じだろ」
「三世帯は相談」
「理由次第だな」
岸本が一件を開こうとする。
画面に、
《担当外》
と表示された。
「あ、見えない」
「岸本の担当じゃないんだろ」
「佐伯さんは?」
悠真が確認する。
《設備側確認 未発生》
まだ東央商事へ渡す必要のない相談らしい。
「俺も見えない」
「何の相談なんでしょう」
「知らなくていいだろ」
「すぐそれ言う」
「設備に関係したら来るよ」
岸本は画面を閉じた。
「便利ですね、担当範囲」
「余計なもの見なくて済むからな」
「本気で言ってます?」
「本気」
悠真は保守契約資料を開いた。
*
十四時十八分。
相川市から設備確認が一件届いた。
《個別調整》
《本人希望 生活時間帯変更なし》
また同じ種類だった。
ただし、今回は設備制御だけでは吸収しきれない。
《現在条件維持時》
《局所需要 推奨上限超過予測》
《超過時間 十八分》
《設備安全基準 適合》
《運用余裕 低下》
危険ではない。
基準は満たしている。
ただ、通常より余裕が小さくなる。
候補が三つ表示された。
《案A》
《本人生活時間帯を一部変更》
《設備側追加対応 なし》
《案B》
《本人生活時間帯 現行維持》
《周辺蓄電池制御を追加調整》
《案C》
《本人生活時間帯 現行維持》
《設備運用余裕の低下を許容》
費用も、安全性も表示される。
案Bは周辺世帯の蓄電池制御を少し変える。
本人だけでなく、同じ系統の別の蓄電池も使う。
ただし、他世帯の生活時間には影響しない。
「これ、Bでいけるんじゃないですか」
岸本が言った。
悠真は確認する。
《周辺世帯への生活影響 なし》
《蓄電池保証範囲 適合》
《追加費用 なし》
《設備安全余裕 基準内》
問題はなかった。
「Bだな」
悠真が選択する。
だが確定ボタンは出ない。
《設備側候補として登録》
《最終選択は本人説明後》
東央商事が決めるのではない。
設備として可能な案を出すだけだった。
数分後、相川市から回答が返る。
《本人説明完了》
《案Bを利用》
《生活時間帯 現行維持》
《設備制御 周辺調整》
悠真は結果を確認した。
また一人、生活を変えないまま処理が終わった。
ただ今回は、本人宅の設備だけではなく、周辺側が少し動いている。
「一人が断った分を、周りで吸収した」
岸本が言った。
「設備でな」
「でも周りの人は何もしてない」
「ああ」
「気づきもしない?」
「蓄電池の制御時刻が少し変わるだけだからな」
「それって、いいんですよね」
悠真は岸本を見る。
「何が?」
「別の人が断った分で、自分の設備が変わるの」
「契約条件の範囲内なら、普段から需要に合わせて変わってる」
「ああ」
岸本は納得した。
家庭蓄電池は、そもそも地域需要に応じて充放電時刻を調整する契約になっている。
誰か一人のために特別な負担を押し付けたわけではない。
需要が変わった。
制御が変わった。
通常運用の範囲だった。
「じゃあ、問題ない」
「ああ」
「断っても」
「問題ない」
悠真ははっきり答えた。
*
十五時を過ぎると、回答済み世帯は四百を超えた。
《回答済み 四百九》
《利用する 三百二十一》
《一部変更して利用する 四十六》
《今回は利用しない 二十六》
《後で確認 十六》
非受諾率は六パーセントを少し超えている。
まだ最終ではない。
ただ、九十六・一パーセントという受容予測から大きく外れているわけでもなかった。
悠真は設備側の一覧を見る。
《非受諾世帯 二十六》
《設備側確認完了 二十二》
《確認中 三》
《本人相談待ち 一》
《設備安全基準不適合 〇》
《追加設備投資必要 〇》
今のところ、全員を現行設備の範囲で受け入れられている。
生活を変えない人がいても、設備は壊れない。
サービスも止まらない。
料金制度から外されるわけでもない。
「かなり余裕あるんですね」
岸本が言った。
「最初から全員受け入れる前提で設備作ってるわけじゃないだろ」
「受容予測九十六パーセントなのに?」
「予測が外れても動くようにはする」
「そりゃそうか」
「全員が従う前提の設備なんて組めないよ」
悠真は画面を閉じる。
それが答えのように思えた。
この社会は、人間が全員同じ選択をすることを必要としていない。
予測は高い。
提案も多い。
けれど、外れる人間が存在する余地は最初から計算されている。
断る人。
返事をしない人。
一部だけ使う人。
その全員を含めて、設備は動く。
柔軟な制度だった。
*
十六時十一分。
午前中に個別相談をした世帯から、追加の通知が届いた。
設備変更ではない。
《本人設定更新》
《今後の提案条件》
悠真に表示されたのは、設備側に関係する部分だけだった。
《生活時間帯》
《現在条件を優先》
《家庭蓄電池制御》
《自動調整を許可》
その下に、
《次回提案時の初期候補》
がある。
悠真は何気なく開いた。
《候補生成条件を更新しました》
《給湯時間変更》
《優先度 低》
《大型家電利用時間変更》
《優先度 低》
《家庭蓄電池制御変更》
《優先度 高》
午前中に断った内容が、そのまま次の提案へ反映されている。
合理的だった。
本人は生活時間を変えたくないと言った。
なら、次からは生活を変えずに済む案を先に出した方がいい。
同じ提案を何度も断らせる必要はない。
「岸本」
「はい?」
「午前中の人、次から蓄電池の案が先に出るみたいだ」
岸本が画面を見る。
「学習したんですね」
「ああ」
「給湯と家電は?」
「優先度低」
「消えたわけじゃない?」
「まだある」
「じゃあいいんじゃないですか」
「ああ」
岸本は自分の端末へ戻ろうとして、もう一度画面を見た。
「これ、本人が望んだんですよね」
「今後の提案へ反映、を選んでた」
「なら、ちゃんと合ってる」
「ああ」
本人の希望を覚えている。
その方が便利だ。
悠真もそう思った。
同じ説明を何度もする必要がなくなる。
同じ提案を何度も断る必要もない。
画面の下に、
《候補表示設定》
という項目があった。
《初期表示》
《家庭蓄電池制御変更》
《詳細を表示した場合》
《給湯時間変更》
《大型家電利用時間変更》
最初に見える候補は一つになった。
残り二つは、消えたわけではない。
《詳細を表示》
を押せば出てくる。
悠真はそのまま画面を閉じた。
本人が自分で選んだ条件だ。
何も問題はない。
その時、岸本が小さく言った。
「次は、選ぶの楽ですね」
「ああ」
「最初から、一番断らなそうなのが出る」
悠真は少しだけ彼女を見る。
岸本はもう、自分の仕事へ戻っていた。
画面には相川市の回答数が増え続けている。
利用する。
一部変更する。
利用しない。
後で確認する。
選択肢は、まだ全部残っていた。




