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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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第12話 七件 Part3 七人

十七時を過ぎても、七件という数字は頭の片隅に残っていた。

悠真は設備保守契約の更新画面を開いていた。

《交換対象 制御盤三基》

《交換推奨時期 九月》

《契約更新案 現行条件維持》

《部品価格改定 プラス二・六パーセント》

普段なら、こういう数字を見ている方が落ち着く。

交換時期。

価格。

納期。

どれも理由がある。

価格が上がったなら、材料費や輸送費の内訳を確認できる。

納期が延びたなら、製造計画や在庫が表示される。

数字の後ろに、別の数字がある。

悠真は見積書を開いた。

《主要価格変動要因》

《電子部品調達費》

《物流費》

《保守人員単価》

「佐伯さん」

岸本が隣から呼んだ。

「何?」

「さっきの話、もう一個だけいいですか」

「七件?」

「はい」

岸本は椅子を少しだけこちらへ向けた。

「七件って、全員Dなんですか?」

悠真は手を止めた。

「そこまでは見てない」

「Case-04はAからDですよね」

「ああ」

「ほかも?」

「条件は二段階以上の低下だった。最終区分までは集計に出てなかった」

「じゃあ、AからCかもしれない」

「あるかもしれない」

「BからDとか」

「それも」

岸本は頷いた。

「同じじゃないんですね」

「何が?」

「落ち方」

「詳細は分からない」

「でも、急落ってまとめられてる」

「条件に入るからな」

岸本は少し考えた。

「年齢も違うかもしれない」

「ああ」

「仕事も」

「ああ」

「住んでる場所も」

「全国だからな」

「家族も」

「知らない」

岸本は机の上のペンを一本転がした。

「じゃあ、本当に七件しか共通してること分からないですね」

「七件しかって何だよ」

「急に落ちた。理由が分からない。再計算しても同じ」

「それは共通してる」

「三つ」

「監査条件も含めればもう少しある」

「でも、その人たち自身に共通するものは?」

悠真は答えなかった。

今日の資料では、そこを確認していない。

七人の年齢。

性別。

職業。

家族。

生活地域。

健康状態。

細かなN-Index推移。

それらは設備影響集計には必要なかった。

「調べてるんじゃないか」

悠真が言った。

「監査局が?」

「ああ」

「見つかったら?」

「必要なら対応するだろ」

「必要なら、ですか」

「原因が分かれば、制度側で何かするんじゃないか」

「モデルを直すとか?」

「モデルが原因ならな」

「入力なら?」

「入力を直す」

「どっちでもなかったら?」

悠真は岸本を見る。

「そこまで俺に聞くなよ」

岸本が笑った。

「すみません」

「監査局に入ったら?」

「嫌です」

「即答か」

「だって、分からないものをずっと調べる仕事でしょう」

「設備でもあるぞ」

「設備は壊れてたら壊れてるじゃないですか」

「原因不明の不具合もある」

「でも、最後は部品替えたりするでしょ」

「まあな」

「人は替えられないですから」

岸本は何気なく言って、自分の画面へ戻った。

悠真は少しだけその言葉を考えた。

人は替えられない。

だから支援する。

原因が分からなくても。

今ある区分に合わせて、生活が破綻しないように支える。

少なくとも、この三日間で見た制度はそう動いていた。

本人に何も知らせず分類だけ変えたわけではない。

理由が分からないことも通知した。

再計算を受け付けた。

異議も確認した。

それでも原因が分からなかった。

だから、調査を続けながら支援も続ける。

「合理的だよな」

悠真は独り言のように言った。

岸本が顔を上げる。

「何がです?」

「原因が分かるまで何もしないよりは」

「ああ」

岸本はすぐに理解した。

「支援の話」

「うん」

「それはそうだと思います」

「だろ」

「急にDになって、調査中だから何もできませんって言われる方が困りますよね」

「ああ」

「仕事とか生活が本当に悪くなるかもしれないし」

「予測が正しければな」

岸本の手が止まった。

悠真自身も、言ってから少し意外に思った。

「予測が正しければ」

岸本が繰り返した。

「そりゃそうだろ」

「前提ですよね」

「ああ」

それ以上、何も続かなかった。

正しいかどうかを確認している途中だからこそ、監査が続いている。

それでも制度は、結果を使わなければならない。

使わないという判断もまた、判断になる。

悠真は契約更新画面へ戻った。

《現行条件で更新しますか》

《更新》

《条件変更を照会》

《保留》

こちらには、保留がある。

九月まで時間があるからだ。

悠真は《保留》を選んだ。

来週、別の仕入先価格が出てから決めればいい。

画面が閉じた。

十八時二分。

退勤準備を始めたところで、相川市案件から一件の通知が届いた。

《生活時間帯変更対象世帯》

《個別対応工程 開始準備》

相川市では、設備配置が決まり、詳細設計へ進んでいる。

次は、設備運用に合わせた生活時間帯の提案だった。

四百八十二世帯。

以前から計画されていた工程だ。

《対象世帯 四百八十二》

《一括通知予定 七月一日》

《個別調整対象 通知後に確定》

《設備側確認担当 国内計画課》

悠真は内容を開いた。

生活時間帯の提案は、設備を使いやすくするためだけのものではない。

電力需要の集中を避ければ、設備の余裕が増える。

緊急時の切替も安定する。

住民側にも、料金や待機時間の利点がある。

《提案内容例》

《給湯利用推奨時間帯》

《家庭蓄電池充放電時間》

《大型家電利用時間帯》

《変更による予測効果》

世帯ごとに内容は異なる。

全員へ同じ時間を押し付けるわけではない。

生活予定に合わせて候補が作られる。

以前見た受容予測も表示されていた。

《提案受容予測 九十六・一パーセント》

高い。

ほとんどの世帯は受け入れると予測されている。

ただし、その下に注意書きがある。

《受容予測は個別判断を代替しません》

《提案を利用しない場合も、設備サービスは継続されます》

《本人の選択理由に応じて代替条件を提示します》

悠真は最後の一文を読んだ。

代替条件。

「岸本」

「はい?」

「明日、相川の生活時間帯通知出るぞ」

「四百八十二世帯の?」

「ああ」

岸本が予定を確認する。

「あ、本当だ」

《九時 三者確認》

《相川市》

《東央商事》

《地域支援窓口》

「地域支援窓口も入るんですね」

「断った世帯の調整があるからじゃないか」

「最初から断る人を想定してる」

「そりゃいるだろ」

「九十六・一パーセントなら……」

岸本が計算しかけてやめた。

「十何世帯?」

「十八か十九くらいじゃないか」

「結構いますね」

「予測どおりならな」

「また、それ」

「予測だからな」

岸本は笑った。

悠真も予定を開く。

明日の午前に、個別調整の確認が入っている。

《確認目的》

《提案非受諾時の設備条件および代替支援》

《本人への再提案可否を決定するものではありません》

《本人の選択を変更させることを目的としません》

悠真は少しだけ目を止めた。

拒否した人を説得する仕事ではない。

拒否した状態で、どう設備と生活を合わせるかを見る。

「佐伯さんも入ってます?」

「ああ」

「私もです」

「今度は一緒だな」

「七件よりは普通の仕事ですね」

「相川だからな」

「断った人の話ですけど」

「断るくらい普通だろ」

岸本は一度だけ悠真を見た。

「そうですね」

会社を出ると、雨が降り始めていた。

朝、鞄へ入れた折り畳み傘を取り出す。

生活端末には帰宅経路が表示されている。

《通常経路》

《到着予測 十九時三分》

その下に、別の候補が出た。

《迂回経路》

《屋内移動時間 十一分増》

《雨天区間 六分短縮》

悠真は通常経路を選んだ。

傘がある。

十一分遠回りするほどではない。

《通常経路を使用します》

《混雑状況に応じて案内を更新します》

駅まで歩く。

傘に雨粒が当たる音が続く。

今日知った七人が、今どこで何をしているのかは分からない。

支援を使っている者。

仕事を続けている者。

休んでいる者。

家族と暮らしている者。

一人でいる者。

それすら知らない。

七件という数字だけを知った。

数字になる前には、それぞれ一人の生活だったはずだ。

悠真はそこで考えるのをやめた。

知らないことを埋める材料はない。

本人たちの生活を想像しても、結局は自分が作った話になる。

駅へ着く。

改札の上に、雨による混雑案内が出ていた。

《通常運行》

電車も止まっていない。

街も変わらない。

全国で七件の原因不明の急落事象が調査されていることを、駅を歩く人々が知っているかは分からない。

知らなくても、生活に困ることはない。

悠真も、昨日までは知らなかった。

それで何か困ったこともなかった。

電車が到着する。

空いた席へ座り、端末を開いた。

確認支援は予定表から消えている。

残っているのは明日の相川市案件だった。

《生活時間帯変更提案》

《非受諾世帯への個別調整》

七件とは関係のない仕事。

少なくとも、今見えている範囲では。

悠真は予定を閉じた。

家へ着くと、陽菜の模型は食卓から片付けられていた。

代わりに、蓮が床いっぱいに車を並べている。

「パパ、ここ通って」

「どこ?」

「ここ」

車と車の間に、幅の狭い道が一本だけ空いている。

「無理だろ」

「通れるよ」

「足が?」

「車が」

「俺じゃないのか」

蓮は赤い車を渡してきた。

悠真はしゃがみ、道へ置いた。

真っすぐ進めば通れる。

途中で少し曲がると、隣の車に当たる。

「狭いな」

「でも、ちかい」

「近いのか」

「こっちは広い」

蓮が別の道を指した。

大きく遠回りしている。

「どっち?」

「何が?」

「パパ、どっちいく?」

悠真は赤い車を持ったまま、二つの道を見る。

「近い方」

「なんで?」

「早いから」

「ぶつかるよ」

「じゃあ広い方」

「おそいよ」

「面倒だな」

蓮が笑った。

「えらんで」

悠真も笑った。

「広い方」

「なんで?」

「ぶつからないから」

「じゃあこっちね」

蓮はそれだけで納得し、広い道の入口へ別の車を動かした。

理由を聞いた。

答えた。

それで終わった。

台所から美咲が呼ぶ。

「ご飯できるよ」

「はーい」

蓮は車をその場に残して走っていった。

悠真も立ち上がる。

生活端末が振動した。

《明日の予定に確認事項があります》

開く。

《相川市生活時間帯変更提案》

《一部世帯が事前設定で提案利用を希望していません》

《個別調整が必要です》

件数はまだ表示されていない。

その下に、短い一文がある。

《提案を利用しない選択によって、公共サービスの利用資格が失われることはありません》

悠真は読んで、画面を閉じた。

断れる。

それなら、問題はない。

明日は、断った後の話を確認すればいい。

「パパ、ごはん!」

「今行く」

端末を伏せる。

七件の調査は、どこかで続いている。

佐伯家では、夕食が始まる。

どちらも、この国の日常だった。

第12話 完


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