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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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37/85

第11話 本人への通知 Part3 同じ回答

翌朝。

悠真が出勤すると、昨日確認した資料に一件の更新が入っていた。

《資料分類・説明条件確認支援》

《確認済み資料 更新一件》

《更新区分 本人向け通知》

今日は確認支援の二日目だった。

昨日の作業はすでに完了している。

設備需要記載にも変更はなかった。

それでも本人向け通知の一部が更新されたため、昨日の確認担当者にも再表示されたらしい。

悠真は詳細を開いた。

《対象》

《急落事象》

《関連手続き》

《異議申立て》

《所管確認 完了》

《本人通知 送信済み》

昨日の夕方に見たものより、一項目増えている。

《本人通知》

通知そのものを開ける状態になっていた。

ただし、その前に共有範囲が表示される。

《閲覧範囲》

《通知文》

《生活支援区分》

《再計算・異議申立て手続結果》

《支援案内》

《非表示》

《申立内容》

《監査確認詳細》

《N-Index詳細推移》

《個人識別情報》

悠真は《通知文を確認》を選んだ。

灰色の枠の中に、本人へ送られた文章が表示された。

《生活支援区分に関する確認結果をお知らせします》

《お申し立ていただいた内容について、監査局による確認が完了しました》

続いて、

《確認結果》

《生活支援区分 D》

《変更なし》

その下には、理由が並んでいた。

ただし、区分がAからDになった理由ではない。

今回、Dのままにした理由だった。

《確認した項目》

《変更処理時の入力記録》

《データ欠損の有無》

《通信・処理異常の有無》

《適用モデル版》

《再計算結果》

《生活支援区分変更手続》

《確認結果》

《重大な入力欠損 確認されず》

《重大な通信・処理異常 確認されず》

《再計算結果 一致》

《手続上の不備 確認されず》

悠真は最後まで読む。

どれも、以前から見てきた内容だった。

入力は残っている。

通信障害はない。

処理異常もない。

再計算しても同じ。

手続きも規定どおり。

だから、現在の区分を変更する理由は確認できなかった。

文章はさらに続く。

《一方、生活支援区分が短期間に大きく変更された個別要因については、現在も確認を継続しています》

悠真の指が止まった。

昨日の最初の通知にも似た文章があった。

《現在確認できる生活記録には、区分変更を説明できる重大な変化はありません》

最初の通知では、理由が分からないと伝えていた。

異議申立て後の通知でも、理由が分からないことは変わっていない。

違うのは、その間に確認された項目が増えたことだった。

《今回の確認は、個別要因の特定完了を意味するものではありません》

《調査中に新たな情報が確認された場合は、必要に応じて再度お知らせします》

その下に、また選択肢がある。

《監査結果の説明を確認》

《支援内容を確認》

《追加の申立てについて確認》

《相談窓口を利用》

手続きは終わっていなかった。

今回の異議は確認された。

区分は維持された。

だが、本人がさらに説明を求めることもできる。

相談もできる。

「何か変わりました?」

声をかけてきたのは、昨日と同じ確認支援の社員だった。

「本人向けの結果通知が出ました」

「異議の?」

「ああ」

「区分は?」

「Dのまま」

「やっぱり再計算一致ですか」

「それも書いてあります」

社員は頷いた。

「なら、変える理由がないんでしょうね」

悠真は画面を見る。

それは、通知に書かれている内容とほぼ同じだった。

変える根拠が見つからない。

だから維持する。

不自然ではない。

「原因は?」

悠真が尋ねた。

「何の?」

「最初にDになった原因」

社員は少し考えた。

「それは、まだ分からないんでしたっけ」

「ああ」

「でも、間違いも見つかってない」

「そうですね」

「難しいですね」

社員はそれだけ言って、自分の資料へ戻った。

肯定も否定もしなかった。

悠真も続きを読む。

通知文の下には、確認支援用の対応表があった。

《本人向け表現》

《監査記録》

《設備・生活基盤への影響》

三列に分かれている。

最初の項目。

《本人向け表現》

《生活支援区分 D》

《監査記録》

《区分変更 維持》

《設備・生活基盤への影響》

《現在の支援条件を継続》

次。

《本人向け表現》

《再計算結果 一致》

《監査記録》

《同一有効入力・同一モデル版による再計算一致》

《設備・生活基盤への影響》

《需要補正条件 変更なし》

次。

《本人向け表現》

《個別要因 確認継続中》

《監査記録》

《急落要因 確認できず》

《設備・生活基盤への影響》

《判定対象外》

ここだけ、設備側には何もない。

原因が分かっても、分からなくても、今の設備需要記載には直接影響しない。

本人にとっては、自分の区分が変わった理由そのもの。

監査局にとっては、調査対象。

悠真にとっては、担当外。

同じ一つの事象が、列によって違う意味になる。

《記載対応を確認してください》

悠真は三列を見比べた。

一か所、引っかかるものがあった。

本人向け通知。

《お申し立ていただいた内容について、監査局による確認が完了しました》

その直後。

《確認結果》

《生活支援区分 D》

《変更なし》

文章として間違ってはいない。

異議申立てを確認した結果、区分は変わらなかった。

ただ、その後まで読まなければ、

何が確認され、

何がまだ確認されていないのかは分からない。

昨日、相川市の公開文を見た時にも似たことを考えた。

短くすれば、読みやすくなる。

短くした文章が間違っているとは限らない。

それでも、どこまで読んだかで受け取る内容は変わる。

悠真は通知の概要表示を開いた。

本人の端末で、最初に表示された部分らしい。

《生活支援区分に関する確認が完了しました》

《現在の生活支援区分 D》

《変更はありません》

《詳細を確認》

それだけだった。

「これだけ先に出るのか」

悠真が呟いた。

詳細を開けば、理由がまだ調査中であることも読める。

だが開かなければ、

異議を出した。

確認された。

Dのままだった。

そこまでしか分からない。

確認支援画面には、閲覧状況も表示されていた。

《本人通知 送信済み》

《概要 閲覧済み》

《詳細 未確認》

悠真は指を止めた。

本人は通知を見ている。

ただし、まだ詳細を開いていない。

時刻を見る。

《送信 昨日十七時四十六分》

《概要閲覧 昨日十八時十二分》

それ以降の操作はない。

「詳細、読んでないんですね」

いつの間にか、隣の社員も同じ項目に気づいたらしい。

「今のところは」

「昨日の夜ですよね」

「ああ」

「あとで読むんじゃないですか」

「たぶん」

「長いですしね」

社員の言う通りだった。

詳細文は長い。

監査した項目。

再計算。

手続き。

調査継続。

相談窓口。

追加申立て。

仕事が終わった後に読むには、少し重い文章だった。

「通知って期限あります?」

社員が尋ねた。

悠真は表示を確認する。

《詳細確認期限 なし》

《未読による手続上の不利益 なし》

《重要な追加情報がある場合は再通知》

「ないみたいです」

「じゃあ、急がなくていい」

「ああ」

読まない自由もある。

今は読まないという選択もできる。

本人が詳細を開かなかったからといって、異議申立てが無効になるわけではない。

支援が止まるわけでもない。

制度は、読むことまで強制していなかった。

悠真は《記載対応を確認しました》を選んだ。

《確認完了》

それで、この更新に対する仕事は終わった。

十時を過ぎた頃。

岸本が資料を持って悠真の席へ来た。

「相川の外装仕様、確認お願いできます?」

「今?」

「十一時まででいいです」

「置いといて」

岸本が資料を置く。

戻ろうとして、悠真の画面に残った灰色の枠を見た。

「昨日の続きですか?」

「ああ」

「異議の?」

「結果通知まで出た」

「見えたんですね」

「通知文だけ」

「本人は?」

「何が?」

「納得したんですか?」

悠真は少し間を置いた。

「分からない」

「操作履歴は?」

「概要を見たところまで」

「返事とかないんですか?」

「本人の反応は担当範囲外」

岸本は「ああ」と頷いた。

「そりゃそうですよね」

「設備の確認だからな」

「でも、本人への通知を見る仕事なんですね」

「生活時間の説明が設備記録と合ってるかを見る」

「変な仕事ですね」

「何が?」

「本人への説明を見るのに、本人がどう受け取ったかは見ない」

悠真は画面を見る。

「受け取り方まで設備側で見る必要ないだろ」

「はい」

岸本はすぐに認めた。

「見えたら、それはそれで嫌です」

「だろ」

「何を読んで、どう思って、何を返したかまで会社に来たら」

「必要ない情報だ」

「そうですね」

岸本は資料から目を離した。

「じゃあ、通知が正しいかだけ見る」

「俺が見るのは設備のところだけ」

「通知全体が正しいかじゃない?」

「ああ」

「誰かは、全体を見てるんですかね」

悠真は昨日の画面を思い出す。

生活誘導課。

監査局。

調整局。

関係部署。

「それぞれの担当が見てるんだろ」

「全部を?」

「全部必要な部署があれば」

「あるんですか?」

「知らない」

岸本は少し笑った。

「佐伯さんが知らないって言うようになりましたね」

「知らないものは知らないだろ」

「前から?」

「前からだよ」

「そうでしたっけ」

岸本はそれ以上続けなかった。

「外装、お願いします」

「ああ」

彼女は自分の席へ戻った。

悠真も灰色の枠を閉じた。

昼前。

通知が一度だけ更新された。

《本人操作 更新》

業務上の記載変更ではないため、警告も音も出なかった。

履歴欄の数字が一つ増えただけだった。

悠真は、別の資料を閉じた時に気づいた。

《詳細 閲覧済み》

本人が詳細を開いた。

それ以上は表示されない。

何分読んだのか。

どこまでスクロールしたのか。

どの文章で止まったのか。

そういう情報は共有されていない。

《詳細 閲覧済み》

それだけだった。

続いて、

《監査結果の説明を確認》

の状態が変わる。

《確認済み》

再計算。

異議申立て。

監査結果。

本人は、すべて確認した。

その下にある三つの選択肢は変わらない。

《支援内容を確認》

《追加の申立てについて確認》

《相談窓口を利用》

どれを選ぶかは、まだ表示されていなかった。

悠真は少し待った。

画面が変わるわけではない。

「何待ってるんです?」

岸本が尋ねた。

「別に」

「何か押すんですか?」

「俺が押すものじゃない」

「じゃあ閉じれば?」

「ああ」

悠真は閉じた。

本人が何を選ぶか。

それを待つ理由はなかった。

午後の確認支援では、別の通常事例が一件割り当てられた。

《生活支援区分 CからB》

改善方向の変更だった。

長期の就労支援。

睡眠改善。

食事頻度の回復。

外出日数の増加。

未完了手続きの解消。

理由は十分に並んでいる。

《区分変更案》

《CからB》

《主な理由》

《生活状態の継続的改善》

《支援利用状況》

《就労状態の安定》

《本人通知》

《利用可能な支援内容を更新します》

こちらの本人も、変更理由を開いていた。

《理由詳細 閲覧済み》

《再計算 依頼なし》

《異議申立て なし》

《支援内容 確認》

設備側では、在宅時間が減り、通勤時間帯の公共交通利用が増えている。

《需要変動要因 確認済み》

《設備需要補正 適正》

すべて説明できる。

「戻る時も通知するんですね」

同じ資料を確認していた社員が言った。

「支援が減るからじゃないですか」

「Bになると?」

「Cで使える支援の一部が対象外になる」

「本人が継続希望したら?」

詳細を開く。

《区分変更後も継続可能な支援》

《本人希望により移行期間を設定可能》

《一部支援は通常サービスへ切替可能》

「いきなり切られるわけじゃないですね」

「ああ」

「ちゃんとしてますね」

社員はそう言った。

昨日も聞いた言葉だった。

ちゃんとしている。

実際、そうだった。

理由がある変更には理由を示す。

改善した場合にも通知する。

支援を減らす時にも移行期間を用意する。

再計算もできる。

異議も申し立てられる。

理由が分からない事象は監査する。

間違いが見つからなければ、結果は維持する。

仕組みとして、雑に扱っている部分は見当たらない。

悠真は通常事例へ確認を付けた。

《記載対応 適正》

十六時を過ぎた頃、朝見た急落事象の資料に最後の更新が入った。

《本人操作 更新》

悠真は少し迷ってから開いた。

担当期間中であるため、本人向け通知に関係する操作だけは確認できる。

《監査結果の説明 確認済み》

《支援内容 確認》

そこまでは先ほどと同じ。

新しく追加されたのは、その下だった。

《追加の申立て》

《選択 行わない》

悠真は一度読み返した。

相談窓口も使っていない。

《相談窓口》

《利用 なし》

本人は、

変更理由を読んだ。

再計算を頼んだ。

結果を読んだ。

異議を申し立てた。

監査結果を読んだ。

そして、追加の申立てはしなかった。

それ以上の意味は表示されていない。

納得した。

諦めた。

面倒になった。

十分だと思った。

支援を使うことにした。

どれも書かれていない。

《本人操作》

《手続完了》

画面は、それだけを示していた。

「終わったんですか?」

隣の社員が言った。

「手続きは」

「本人も納得?」

悠真は画面を見た。

「そこまでは分からないです」

「ああ、そうか」

社員は苦笑した。

「申立てしないイコール納得、ではないですもんね」

「たぶん」

「でも、これ以上やらないって本人が選んだ」

「ああ」

それは記録から言える。

追加の申立てを行わない。

本人がその選択肢を選んだ。

制度が打ち切ったわけではない。

申立て回数の上限に達したわけでもない。

続ける方法は残っている。

本人が、今は使わなかった。

《手続状況》

《完了》

《生活支援区分 D》

《再計算結果 一致》

《急落要因 確認できず》

《調査 継続中》

本人側の手続きは終わった。

監査局の調査は終わっていない。

同じ事例の中で、二つの時間が別々に進んでいる。

悠真は画面を閉じた。

退勤前。

今日の確認支援結果がまとめられた。

《本日の担当資料 二件》

《記載確認 二件》

《修正提案 〇件》

《追加照会 〇件》

《未処理 〇件》

その下に、

《明日の確認対象》

と表示される。

《設備影響集計資料》

《急落事象関連》

《基盤運用統括室 会議区画》

今日までとは少し違う。

個別事例ではなく、集計資料。

悠真は詳細を開いた。

《目的》

《生活支援開始後の設備需要影響を地域横断で確認》

《担当範囲》

《設備需要》

《交通・施設利用》

《生活時間帯変化》

《個人情報 非表示》

《急落要因分析 担当範囲外》

《監査判断 担当範囲外》

所要時間は九十分。

参加者は今日と同じ五人だった。

その下に件数は表示されていない。

悠真は予定を確認しただけで閉じた。

「明日も同じですか?」

帰り支度をしていた岸本が尋ねる。

「集計資料らしい」

「今日みたいな通知じゃなくて?」

「ああ。設備影響」

「いつもの仕事に戻りましたね」

「最初から設備の仕事だよ」

「通知まで読んでましたけど」

「必要だったからな」

岸本は鞄を持ち上げた。

「本人、どうなったんです?」

悠真も端末を閉じる。

「区分はDのまま」

「支援は?」

「継続」

「異議は?」

「確認されて、変更なし」

「原因は?」

「まだ調査中」

岸本は一つずつ聞き、最後に頷いた。

「じゃあ、最初と同じですね」

悠真は少し考えた。

最初と同じ。

AからD。

理由は分からない。

再計算一致。

調査継続。

確かに、結果だけならほとんど変わっていない。

ただ、その間に本人は手続きを使った。

「同じではあるけど」

悠真が言う。

「何です?」

「確認は増えた」

入力。

通信。

処理。

再計算。

手続き。

監査。

一つずつ確認された。

その結果、同じ場所へ戻った。

岸本は少し考えてから、

「同じところに戻るために、ちゃんと回ったんですね」

と言った。

「ああ」

それ以上、二人とも何も言わなかった。

帰宅すると、陽菜が模型を食卓へ持ってきた。

二つの道の説明が完成したらしい。

《近い道》

《広い道》

その下に、小さな文字が増えている。

《近い道 目的地まで短い》

《広い道 人が多い時も歩きやすい》

「時間は書かなかったのか?」

悠真が尋ねる。

「分からないから」

「模型でも計ればいいだろ」

「歩く人で速さ違うじゃん」

「確かに」

「だから、分かることだけ書いた」

陽菜は説明用の紙を指した。

「こっちに詳しいのもあるよ」

別の紙には、

道幅。

途中のベンチ。

店までの曲がり角。

そういう情報が書かれている。

「おすすめは?」

「書いてない」

「何で?」

「どっちがいいか分かんないから」

「作った陽菜にも?」

「私は広い方が好き」

「なら広い方がおすすめじゃないか」

「でも、早く行きたい人は近い方でしょ」

陽菜は人形を分かれ目へ置いた。

「この人は?」

悠真が聞く。

「まだ考えてる」

「ずっと考えてるな」

「だって、この人のこと分かんないもん」

陽菜は人形を指でつまみ、一度だけ持ち上げた。

それから、また同じ場所へ戻した。

「分からないなら、決めなくていいのか」

悠真が言う。

「うん」

陽菜は簡単に答えた。

「でも、ずっとここにいたら?」

「その時考える」

「道を選ばないまま?」

「別にいいんじゃない?」

悠真は笑った。

「模型だからな」

「模型じゃなくてもでしょ」

陽菜は人形を置いたまま、夕食の準備を手伝いに台所へ向かった。

悠真だけが、分かれ目に残った小さな人形を見た。

理由が分からdaiない時に、決めなくてもいいものもある。

理由が分からなくても、決めなければならないものもある。

今日見た資料では、支援は後者だった。

区分の理由が分からなくても、将来必要になる可能性がある支援は始める。

間違いが見つからない限り、現在の区分を使う。

調査が終わるまで、本人の生活を何も変えずに待つわけにはいかない。

それも、合理的だった。

生活端末が振動する。

《明日の業務予定が更新されました》

悠真は開いた。

《十三時三十分》

《急落事象 設備影響集計確認》

それだけ確認して閉じる。

件数は、まだ表示されていなかった。

第11話 完


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