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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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36/85

第11話 本人への通知 Part2 異議

《異議申立て》

《受付済み》

《結果は所管確認後に表示されます》

悠真は画面を下へ送った。

その先に、本人が入力した文章はなかった。

《申立内容》

《現在の担当業務には含まれません》

《共有範囲》

《手続状態》

《通知文》

《設備・生活基盤関連記載》

異議を申し立てたことは分かる。

何を理由に申し立てたのかは分からない。

設備需要を確認する悠真には、必要がない情報だった。

「佐伯さん」

斜め向かいの席から声がした。

同じ確認支援に参加している社員だった。

「異議のところ、見えてます?」

「手続状態だけです」

「こっちもです」

社員は自分の画面を指した。

「申立内容は担当外」

「同じですね」

「設備側で読む必要ないですもんね」

「たぶん」

社員は納得したように画面へ戻った。

悠真も資料を見直す。

再計算は、本人が選べる。

異議申立ても、本人が選べる。

二つは同じ場所に並んでいた。

しかし、同じ手続きではないらしい。

再計算については、結果まで表示されている。

《同一有効入力》

《同一モデル版》

《基準時点 同一》

《再計算結果 一致》

一方、異議申立てには、

《受付済み》

としか出ていない。

悠真は項目名に触れた。

《手続きについて》

説明が開く。

《再計算》

《処理条件を固定し、同一の計算処理を再実行します》

《計算結果の再現性を確認する手続きです》

続けて、

《異議申立て》

《本人からの申立内容を所管部署が確認します》

《必要に応じて、記録、適用条件、説明内容、支援措置を再確認します》

《異議申立ては、再計算とは別の手続きです》

悠真は最後の一文を読んだ。

「別なんだな」

今度は誰にも聞こえない程度の声だった。

再計算は、同じ計算をもう一度行う。

異議申立ては、人間がその結果の扱いまで含めて確認する。

少なくとも、説明を読む限りはそうだった。

画面にはさらに続きがある。

《異議申立ての確認先》

《監査局》

《通知・支援説明》

《生活誘導課》

《必要に応じて関係部署へ照会》

最初に本人へ通知を出したのは生活誘導課。

異議を確認するのは監査局。

同じ行政基盤を使っていても、役割は分かれている。

悠真が午前の説明で聞いた内容と一致していた。

一つの部署が、

区分を作り、

本人へ通知し、

異議を受け、

自分で正しかったと判断する。

そういう仕組みではない。

「ちゃんと分けてるんだな」

悠真は思った。

その方が自然だった。

間違いを見つける仕組みなら、判断した側とは別の人間が確認した方がいい。

会社でも同じだった。

資料を作った者。

確認する者。

承認する者。

全部を一人で行わない。

制度の規模が大きくなっても、その考え方は変わらないらしい。

悠真は担当画面へ戻った。

《確認事項》

《本人向け通知と外部影響記録の対応》

《異議申立て内容 担当範囲外》

《異議申立て結果 未確定》

《現在の記載確認へ影響なし》

今確認する文章は、異議の結論を待たなくても修正できる。

生活時間が「安定する」と書くのが適切か。

そこに、区分変更が正しかったかどうかは関係しない。

悠真が送った修正提案は、まだ確認中だった。

《修正提案 一件》

《確認先 生活誘導課》

《状態 確認中》

その横に、別の状態表示がある。

《異議申立て》

《確認先 監査局》

《状態 確認中》

同じ一件の資料に、二つの《確認中》が並んでいた。

扱っているものは違う。

一方は文章。

一方は行政判断。

悠真はそれ以上開かなかった。

十四時五分。

生活誘導課から修正回答が届いた。

《通知文修正提案》

《回答あり》

開く。

《対象》

《支援実施により、生活時間が安定する見込みです》

《提案》

《支援の利用状況に応じて、生活時間帯が変わる場合があります》

《回答》

《採用》

《理由》

《設備需要記録から確認可能な範囲を超える評価表現を削除》

悠真が入力した文章が、そのまま採用されていた。

その下に、補足がある。

《生活の安定性に関する評価は、別の支援記録で管理します》

《設備需要資料との対応確認では使用しません》

「通りました?」

近くの社員が聞いた。

「ああ」

「何の修正でした?」

「生活時間が安定する、って書いてあったところです」

「駄目だったんですか?」

「設備資料じゃ、変わったことまでは分かるけど、安定したかまでは分からない」

「ああ」

社員は少し考えた。

「でも、支援した側では安定したって分かってるかもしれないですよね」

「その評価は別の記録にあるらしいです」

「じゃあ文章としては間違ってない?」

「かもしれません」

「でも消した」

「この資料で確認できないからな」

社員は頷いた。

「担当範囲の話か」

「そういうことだと思います」

正しいか、間違っているか。

それだけではなかった。

誰が、その文章を確認できるのか。

何を根拠として確認したのか。

それも残る。

相川市の資料でも同じだった。

住民の原文を確認した者。

設備条件を確認した者。

採用案を決めた者。

公開文を確定した者。

それぞれが違う。

誰か一人が全部を確認したことにはならない。

今回もそうだった。

《修正反映》

《本人向け通知テンプレートへ適用》

悠真は表示を見た。

「テンプレート?」

詳細を開く。

《適用範囲》

《同種支援通知における生活基盤関連記載》

《過去通知原文は変更しません》

《今後の生成文へ反映》

本人が当時受け取った通知を書き換えるわけではない。

過去の通知は、その時点の記録として残る。

修正された文章は、今後同じ種類の通知を作るときに使われる。

「これ、一人分を直して終わりじゃないんですね」

社員が言った。

「みたいですね」

「次から変わる」

「ああ」

一つの確認が、次の文章へ使われる。

それ自体は効率的だった。

同じ指摘を何度も人間が行う必要はない。

悠真は《修正反映を確認しました》を選んだ。

《設備・生活基盤関連記載》

《確認完了》

一件の業務としては、これで終わりだった。

だが画面は閉じなかった。

上部に、

《関連手続き 確認中》

と残っている。

異議申立て。

それは悠真の仕事ではない。

確認が終われば、自動的に結果だけが反映される可能性がある。

「次の資料、行きます?」

社員が尋ねた。

「俺は今日二件だけです」

「じゃあ終わり?」

「十五時半まで時間ありますけど」

《本日の担当資料 二件》

《確認済み 二件》

《修正提案 一件》

《未処理 〇件》

《追加作業 なし》

画面にはそう表示されている。

「なら終わりですね」

社員は自分の資料へ戻った。

悠真も閉じようとした。

その前に、一つだけ確認する。

《異議申立て結果が確定した場合》

《担当期間中で、確認済み資料の記載条件に影響する場合のみ通知します》

結果そのものを知らせるわけではない。

悠真の確認した文章に影響する場合だけ、再度表示される。

区分が変わる。

支援が変わる。

生活時間調整の対象から外れる。

そうなれば、設備需要記載にも影響する。

逆に、異議が棄却されても設備条件が変わらなければ、悠真が知る必要はない。

「合理的だな」

画面を閉じた。

十五時三十分からの相川市詳細設計引き継ぎは、予定より十四分早く終わった。

設備の外装仕様。

照明。

工事車両経路。

住民説明工程から渡された条件が、技術資料へ変換されている。

《外装反射率 上限設定》

《照明照射方向 住宅側制限》

《夜間作業時間 制限》

《工事車両経路 西側幹線経由》

以前は、

庭から大きく見える。

窓から光が入るかもしれない。

家の前を大型車が通るのは困る。

という言葉だった。

今は設計条件になっている。

悠真が確認するのは、その条件が設備設計へ正しく入っているかだった。

「外装、少し高くなりますね」

岸本が見積もりを見ながら言った。

「反射率指定したからな」

「いくら?」

「標準仕様比で百八十万」

「一億四千二百万よりは安い」

「比べるものじゃないだろ」

「B案にしなかった分、ここに使ったって見えません?」

「見えない」

「即答ですね」

「別の判断だからな」

代替配置案Bを採用しなかったことと、外装仕様を変えることは別だった。

前者は施設位置の判断。

後者は採用された配置での生活影響を減らす設計。

同じ住民意見から生まれているが、帳簿上も判断上も別の処理だった。

「でも、住民の人からしたら同じ案件ですよね」

岸本が言った。

「ああ」

「私たちは分ける」

「仕事だからな」

「便利な言葉です」

「それ、何回言うんだよ」

岸本は笑った。

《詳細設計引き継ぎ》

《確認完了》

今日の相川市案件も終わった。

悠真の予定表から二つの業務が消える。

《資料分類・説明条件確認支援》

《本日の作業 完了》

《相川市詳細設計引き継ぎ》

《完了》

残るのは、通常業務だけだった。

十七時十二分。

退勤まで一時間ほどになった頃、業務画面の端に通知が出た。

《確認済み資料に関連更新があります》

悠真は反射的に開いた。

昼に確認した急落事象の資料だった。

《資料B》

《関連手続き更新》

《異議申立て》

《所管確認 完了》

一瞬、結果が表示されるのかと思った。

だが、次に出たのは案内だった。

《異議申立ての詳細内容は、現在の担当業務には含まれません》

《設備・生活基盤関連記載への影響を確認します》

処理中の表示が出る。

数秒後。

《設備需要記載への変更 なし》

《支援利用記録への変更 なし》

《追加修正 不要》

それだけだった。

異議が認められたのか。

認められなかったのか。

その表現すらない。

悠真が知る必要があるのは、自分が確認した設備記載に変更が生じたかどうか。

生じていない。

「何か来ました?」

岸本が尋ねた。

「昼の資料」

「修正?」

「いや。異議申立ての確認が終わったらしい」

「結果は?」

「表示されない」

「何で?」

「俺の担当じゃないから」

岸本が少しだけ身を乗り出す。

「じゃあ、何が分かったんです?」

「設備記載は変わらない」

「それだけ?」

「ああ」

岸本は自分の席へ戻った。

「気になりますね」

「まあな」

「照会します?」

悠真は画面を見る。

《所管照会》

ボタンはあった。

押せないわけではない。

理由を入力すれば、問い合わせることはできる。

ただし、昼の確認業務はもう終わっている。

設備記載にも変更はない。

「しない」

「必要ないから?」

「ああ」

「本当に?」

「仕事ではな」

岸本が笑った。

「また、その言い方」

「気になるだけで見る理由にはならないだろ」

「そうでした」

悠真は通知を閉じようとした。

その時、画面の下に小さな項目があることに気づいた。

《手続結果に伴う共有可能情報》

開く。

表示されたのは、二行だけだった。

《区分変更 維持》

《再計算結果との不一致 なし》

悠真は指を止めた。

異議申立てをした。

監査局が確認した。

それでも、区分は変わらなかった。

再計算結果との不一致もない。

「維持だった?」

岸本が尋ねる。

「ああ」

「じゃあ、異議も通らなかった?」

「そう書いてはいない」

「でも区分は変わってない」

「結果としてはな」

悠真は表示を読み直した。

《区分変更 維持》

《再計算結果との不一致 なし》

異議申立ての理由は見えない。

監査局が何を確認したのかも、詳細までは分からない。

ただ、最終的にDのままだった。

再計算しても同じ。

異議を申し立てても、変更されなかった。

「本人は、何を聞いたんでしょうね」

岸本が言った。

悠真は答えなかった。

何を不服だと思ったのか。

何を説明してほしかったのか。

それは、今の画面にはない。

分かるのは、

理由を確認した。

再計算を依頼した。

異議を申し立てた。

という操作だけだった。

その結果として、

区分は変わらなかった。

「手続きは使ってるんだな」

悠真が言った。

「はい」

「再計算も、異議も」

「はい」

「なら、確認はされてる」

岸本はすぐには返事をしなかった。

しばらくして、

「何を確認したかは、私たちには見えませんけどね」

と言った。

「ああ」

それも、その通りだった。

悠真は画面を閉じた。

業務一覧へ戻る。

《本日の担当資料 二件》

《確認完了》

《追加対応 なし》

仕事としては、終わっていた。

けれど、昼に見た本人向け通知の文章だけが、少し残った。

《現在確認できる生活記録には、区分変更を説明できる重大な変化はありません》

理由が分からない。

その状態で、

再計算。

異議申立て。

二つの手続きが用意されている。

そして、どちらを使っても、区分は変わらなかった。

悠真は時計を見る。

十七時二十分。

退勤まで、まだ少しある。

次の業務を開いた。


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