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静国 -Silent Dominion-  作者: はやぽん


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35/85

第11話 本人への通知 Part1 支援内容更新

月曜日の朝、悠真は先週届いた業務提案を受諾した。

《資料分類・説明条件確認支援》

《期間 六月二十八日から三営業日》

《本日 一日目》

《担当範囲 設備需要記載および説明区分》

画面の下には、先週見た選定理由が並んでいる。

《外部検証資料の確認経験》

《原文・分類・要約の照合経験》

《自治体向け公開文の照会経験》

その下に、

《担当を受諾》

《日程変更を希望》

《今回は見送る》

の三つが表示されていた。

悠真は《担当を受諾》を押した。

《担当を確定しました》

《対象資料は十三時二十分から閲覧可能です》

《通常業務を優先してください》

特別な確認はなかった。

先週の夜には保留した。

週末を挟んで、月曜日の朝に決めた。

それだけだった。

「今日からなんですね」

朝食の席で、美咲が予定を見て言った。

「ああ」

「金曜に来てたやつ?」

「それ」

「悩んでた?」

「別に」

「端末伏せてたじゃん」

「今決めなくてよかったから」

「じゃあ、今は?」

「仕事の予定見たら、入れても問題なかった」

美咲は悠真の予定表を確認した。

《九時 部門定例》

《十時三十分 設備保守契約確認》

《十三時三十分 資料分類・説明条件確認支援》

《十五時三十分 相川市詳細設計引き継ぎ》

「普通に仕事で決めたんだ」

「仕事だからな」

「もっと、やりたいとかやりたくないとかないの?」

「やりたくない仕事なら毎回考えるけど」

「それもそうか」

美咲は笑って、蓮の皿へ卵を半分移した。

「ぼく、いらない」

「さっき食べるって言ったでしょ」

「きいろいところだけ」

「白いところも食べて」

「なんで?」

「卵だから」

「きいろいところもたまごだよ」

「全部卵です」

蓮は不満そうに白身を見た。

食卓の端では、陽菜が模型の紙を折っている。

先週作っていた二つの道の説明らしい。

「まだやってるのか?」

悠真が尋ねる。

「直してる」

「何を?」

「説明」

「道は同じだろ」

「うん」

「何が変わった?」

陽菜は紙を見せた。

《近い道》

《広い道》

その下に、前にはなかった短い説明が足されている。

《近い道 早く着きます》

《広い道 歩きやすいです》

「分かりやすくなったじゃないか」

「でも真央ちゃんに、広い道も遠くないって言われた」

「じゃあ直せば?」

「どう書くか考えてる」

「少し遠い、とか」

「少しって、人によって違うじゃん」

悠真は一瞬、答えに迷った。

「何分違うか書けばいいだろ」

「模型だから分かんない」

「じゃあ、近い方が早いだけでいいんじゃないか」

陽菜はまだ紙を見ている。

「それだと、広い方がすごく遅いみたい」

「そこまで考えるのか」

「選ぶ人が見るんだから」

陽菜は当然のように言った。

美咲が笑う。

「パパの仕事みたいになってきたね」

「俺は模型屋じゃない」

「説明する方」

「ああ」

悠真はコーヒーを飲んだ。

何を伝えるか。

どこまで書くか。

正しいことを書いても、受け取られ方まで同じとは限らない。

先週の相川市案件で何度も扱ったことだった。

今日の仕事も、名前を見る限りは似ている。

《資料分類・説明条件確認支援》

ただ、対象が何なのかはまだ表示されていなかった。

先週見た概要には、

《生活支援区分の変更事例》

《通常事例および要因未確認事例を含む》

とだけ書かれていた。

予定件数は七件。

その数字を見た時、Case-04を思い出した。

だが、七件すべてが急落事象だとは書かれていない。

通常事例も含む。

要因未確認事例も含む。

それ以上は、今日の担当範囲を開くまで分からない。

「行ってきます」

悠真が立ち上がる。

「いってらっしゃい」

「パパ」

陽菜が呼んだ。

「何だ?」

「近い道、何分早かったら近い?」

「それを俺に聞くのか?」

「参考」

「五分くらい?」

「じゃあ四分は?」

「近いんじゃないか」

「三分は?」

「もう同じでいいだろ」

「じゃあ何分から違うの?」

「知らないよ」

「ちゃんと考えて」

「仕事行くから」

陽菜は不満そうだったが、紙へ視線を戻した。

悠真が玄関を出る直前、家庭用端末の声が聞こえた。

『経路差を模型上の距離比から推定できます』

「やらなくていい!」

陽菜の声が飛んだ。

悠真は笑いながら扉を閉じた。

九時の部門定例は、十二分で終わった。

相川市の詳細設計については、先週確定した設計条件がそのまま引き継がれている。

《外装反射率 低減》

《夜間照明 住宅側漏光抑制》

《工事車両経路 対象住宅前回避》

追加の住民説明は相川市側で続いている。

東央商事から新たに確認する事項はなかった。

最後に、基盤運用統括室からの確認支援について簡単な説明が入った。

「本日から三営業日、資料確認の応援が入っています」

課長が画面を切り替える。

《資料分類・説明条件確認支援》

《参加者 五名》

《対象 生活支援関連資料》

《目的 設備・生活基盤記載の整合確認》

悠真を含む五人の名前が表示された。

岸本の名前はない。

「資料には生活支援区分に関する匿名情報が含まれます」

課長が続ける。

「確認対象は、本人向け通知と外部影響記載の対応です。生活支援区分の妥当性や、N-Index判定そのものを確認する業務ではありません」

《担当範囲》

《本人向け通知に記載された生活基盤上の影響》

《支援実施後の設備需要記載》

《記載区分の対応》

《担当範囲外》

《本人氏名》

《住所》

《N-Index詳細値》

《生活支援区分変更の妥当性》

《予測モデル内部情報》

「通知の中身まで見るんですか?」

参加者の一人が尋ねた。

「匿名化された通知文です」

「本人が実際に受け取ったもの?」

「表示内容を再構成した検証用資料です。本人の端末へ直接アクセスするわけではありません」

「本人の操作履歴は?」

「必要な範囲だけ含まれる場合があります」

「何を選んだか、とか?」

「再計算、異議申立て、支援内容確認など、通知手続きとの対応確認に必要な操作だけです」

悠真はその言葉で、以前見た通常事例を思い出した。

BからCへ変わった単身者。

理由が並んでいた。

就労状態。

睡眠。

食事。

外出。

未完了手続き。

本人は理由を読み、再計算も異議も申し立てず、支援内容を確認した。

あの通知は分かりやすかった。

なぜ区分が変わったのかが、本人にも表示されていた。

今回の資料には、要因未確認事例も含まれる。

理由が分からない場合、本人には何が表示されるのか。

悠真はそこまで考えて、画面へ視線を戻した。

「対象資料は十三時二十分から開きます」

課長が言った。

「通常業務優先です。予定時間内で終わらなければ翌日に繰り越してください」

《優先度 標準》

《期限超過時の影響 軽微》

《追加勤務 推奨しない》

これまでと同じだった。

「質問は?」

誰も手を挙げなかった。

悠真も何も聞かなかった。

午後になれば表示される。

今、推測する必要はなかった。

十三時二十分。

業務画面に灰色の枠が現れた。

《資料分類・説明条件確認支援》

《本日の担当資料 二件》

七件すべてを一人で見るわけではなかった。

参加者五人へ分けられている。

悠真の担当は二件。

一件目を開く。

《資料A》

《生活支援区分変更事例》

《変更幅 一段階》

《変更要因 確認済み》

通常事例だった。

詳細は、以前確認したBからCへの区分変更事例とよく似ている。

生活の変化が先にある。

その後に区分が変わる。

本人向け通知にも、理由が並んでいた。

《生活支援内容を更新しました》

《生活支援区分 BからC》

《現在確認されている生活変化》

《就労状況》

《睡眠》

《食事・外出》

《手続き未完了》

《利用可能な支援が追加されました》

《理由詳細を確認》

《再計算を依頼》

《異議を申し立てる》

《支援内容を確認》

その下に、設備側の記載が続く。

《支援実施後》

《日中在宅時間 増加》

《住居内電力使用 通常比プラス九パーセント》

《公共交通利用 減少》

《地域窓口利用 二回》

《設備需要補正 適正》

悠真が見るべきなのは、ここだった。

本人向け通知では、

《在宅型支援を利用する場合、住居内の利用時間が増える可能性があります》

と記載されている。

設備側では、実際に在宅時間が増えている。

矛盾はない。

《通知記載と外部影響記録》

《対応 適正》

悠真は確認を付けた。

《記載対応を確認しました》

一件目は、それで終わった。

二件目を開く。

画面上部の表示が変わった。

《資料B》

《生活支援区分変更事例》

《変更幅 三段階》

《変更要因 確認できず》

悠真の指が止まった。

その下に、注意書きが表示される。

《本資料は急落事象に関する限定共有資料です》

《本人向け表示には内部管理表記を使用していません》

Case-04という文字は、まだない。

ただ、三段階。

要因確認できず。

急落事象。

条件は一致している。

悠真は画面を下へ送った。

《本人向け通知》

時刻が表示されている。

四月の平日。

朝。

《生活支援内容を更新しました》

最初の一文は、通常事例と同じだった。

その下へ続く。

《生活支援区分が変更されました》

《現在の生活支援区分 D》

《利用可能な支援が追加されています》

AからDという表示はない。

少なくとも、この最初の画面には。

悠真は詳細を開く。

《変更内容を確認》

《変更前 A》

《変更後 D》

《変更理由》

その下に、通常事例のような項目は並んでいなかった。

就労。

睡眠。

食事。

外出。

健康。

そういう生活上の理由がない。

代わりに表示されていた。

《複数の生活情報をもとに、将来の支援必要性が大きく変化する可能性が確認されました》

《現在確認できる生活記録には、区分変更を説明できる重大な変化はありません》

《詳細な要因を確認しています》

悠真は文章を読み直した。

理由は分からない。

そのこと自体は、本人にも伝えている。

隠してはいなかった。

さらに下へ送る。

《本変更は処罰ではありません》

《現在の支援必要性に備え、利用可能な支援範囲を拡張するものです》

《以下の手続きが利用できます》

《変更内容の詳細を確認》

《再計算を依頼》

《異議を申し立てる》

《支援内容を確認》

通常事例と同じ選択肢が並んでいる。

「再計算、できるんだ」

悠真は小さく呟いた。

隣の席の社員が顔を上げた。

「急落?」

「たぶん」

「こっちは通常事例です」

「理由、出てます?」

「出てます。介護離職と睡眠変化」

「なら普通の方だな」

社員はそれ以上覗かなかった。

担当資料は個別表示になっている。

口頭で共有できるのも、担当範囲の一般的な内容だけだった。

悠真は通知へ戻る。

再計算。

異議申立て。

支援内容確認。

本人が区分変更を受け入れなければ、確認する手段は用意されている。

少なくとも、何も言えないまま決定されるわけではない。

理由が分からないなら、再計算を頼めばいい。

それでもおかしいと思えば、異議を申し立てられる。

手続きとしては、公正に見えた。

悠真はさらに下へ送った。

《本人操作》

《変更内容の詳細 閲覧済み》

次の項目が表示される。

《再計算 依頼》

悠真は少しだけ姿勢を変えた。

本人は、使っていた。

《受付完了》

《同一有効入力》

《同一モデル版》

《基準時点 同一》

《再計算実施》

その下は折り畳まれていた。

《再計算結果》

悠真が開く。

《一致》

以前、監査資料で見た言葉だった。

同じ入力。

同じモデル。

同じ基準時点。

同じ結果。

処理は再現されている。

本人向け通知にも、それは表示されていた。

《再計算の結果、生活支援区分は変更されませんでした》

《現在の生活支援区分 D》

続いて、説明文がある。

《再計算は、同じ条件で処理を再実行し、結果に処理上の不一致がないか確認する手続きです》

《区分変更の個別要因については、引き続き確認中です》

結果は同じ。

理由はまだ分からない。

二つが、同じ画面に並んでいた。

悠真はしばらくそこを見た。

再計算を依頼できる。

実際に再計算された。

結果も返っている。

「ちゃんとしてるな」

声に出したつもりはなかった。

だが、隣の社員がまた顔を上げた。

「何がです?」

「再計算」

「一致しました?」

「ああ」

「じゃあ、計算ミスじゃないんですね」

社員はそう言ってから、自分の画面へ戻った。

悠真も返事をしなかった。

計算ミスではない。

少なくとも、同じ処理をすれば同じ結果になる。

それ以上の意味は、表示されていない。

悠真が確認するのも、そこではなかった。

担当欄へ戻る。

《本人向け通知と外部影響記録の対応確認》

区分変更後、支援が始まっている。

《健康相談》

《生活手続き補助》

《就労継続支援》

《生活時間調整》

《住居内安全確認》

本人が何を選んだかは、設備需要に関係する範囲だけ表示されていた。

《生活時間調整 利用》

《在宅支援 利用》

《外出支援 利用》

その結果、

《日中在宅率 増加》

《公共交通利用時間帯 変更》

《住居内電力需要 夜間から昼間へ一部移動》

《設備需要補正 実施》

通知文にも、対応する説明がある。

《支援の利用状況に応じて、生活時間や利用サービスが変化する場合があります》

意味は合っている。

ただ、一か所だけ気になる表現があった。

《支援実施により、生活時間が安定する見込みです》

設備側の記録では、

《生活時間帯 変更》

とはなっている。

だが、

《安定》

という判定はない。

支援開始後に需要の集中が減った。

利用時刻のばらつきも小さくなっている。

結果として安定しているようには見える。

それでも、設備資料で確認できるのは、時間帯が変化したことまでだった。

本人の生活が「安定した」と、悠真の担当資料から判断することはできない。

修正提案欄を開く。

《修正対象》

《本人向け通知 生活基盤記載》

《修正理由》

《外部影響記録との表現差》

《担当範囲を超える評価》

《その他》

悠真は《担当範囲を超える評価》を選んだ。

修正候補が表示される。

《支援の利用により、生活時間が変更される見込みです》

少し硬い。

悠真は自由記述を開いた。

《支援の利用状況に応じて、生活時間帯が変わる場合があります》

入力する。

読み直す。

設備側で確認できることだけになった。

安定するとも、改善するとも書いていない。

変わる場合がある。

それなら、記録と一致する。

《修正提案を送信しますか》

《送信》

悠真は押した。

《修正提案を登録しました》

《生活誘導課が確認します》

通知文を作ったのは生活誘導課。

急落事象を調べているのは監査局。

設備側の影響を確認しているのは東央商事。

一つの通知でも、全部を一つの部署が決めているわけではない。

悠真が直せるのも、生活基盤に関する一文だけだった。

画面を閉じる前に、再計算結果がもう一度目に入る。

《再計算結果 一致》

その下。

《個別要因 確認中》

本人は、この二つを同時に読んでいる。

結果は変わらない。

理由はまだ分からない。

悠真は、次の欄を開いた。

《異議申立て》

状態が表示された。

《受付済み》

そこで、画面が止まった。

《結果は所管確認後に表示されます》

今日の担当資料には、まだその先が含まれていなかった。


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